「炎上」

11. F.B.lビルディング・会議室

 スケアリーは不満をあらわにしてこの会議室で上役達の前に座っている。本来なら狙われているか、あるいは誰かを狙っているという旨方議員の事務所の前で張り込みをしているべきなのだが、緊急の会議に招集されてここへやって来なければならなかったのだ。

 旨方議員の事務所の方は仕方なくスキヤナーに任せたのだが、彼がどのくらい信頼できるのかは良く解らない。なにしろスケアリーとスキヤナーは全く逆の理由であの事務所の前に行ったのだし、そうなると何を注意して見るのかとか、そういう部分はだいぶ違ってくる。しかし少なくとも誰かがそこにいれば事件が起きた時に迅速に対応できるはずである。

 それよりも腹が立つのは本来ここにスケアリーと一緒に呼び出されているはずのモオルダアの姿がないことだ。スケアリーもその前から何度も連絡しているのに、彼は電話に出ない。ここで議論されていることの内容を考えれば、スケアリー一人の方が都合が良い部分もあるのだが、全てがスケアリーの責任になるというのが納得いかないところでもある。

「それで、ネコの処分はどうするつもりなのかね?大体どうしてあの大量のネコを我々が調べる必要があったのかね?」

そう言ったのはエフ・ビー・エルの偉い人に違いないが、大規模な組織になってしまった今のエフ・ビー・エルなのでスケアリーもこの人が誰なのか良く解っていない。とにかく彼が聞いた事に対してそれなりの理由を述べないとスケアリーが何らかの処分を受けることになってしまう。

「あのネコ達の中の一匹が人間にも感染するウイルスに感染していた疑いがあったんですのよ。ですから全てのネコに異常がないか確認することは当然の処置ですわ」

「そのウイルスとは?そんなものに感染した猫がこのビルにいるのは問題ではないのかね?」

さっきとは違う偉そうな人が聞いた。

「詳しい事は解っていませんのよ。でも今のところ空気感染はしないことは解っていますから問題はありませんわ」

「それで、ウイルスに感染した猫はいたのかね?」

「感染が確認された猫はいませんでしたわ」

スケアリーがそう言うと前にいる上役達は手で口元を覆ってなにやらささやき声で話し合いながら何度か頷いていた。そしてさらに別の一人がスケアリーに聞いた。

「では、猫達の処分はどうするのかね?」

そう言うとその上役は自分のポケットからスマートフォンを取り出した。

「もうすでに大きな騒ぎになっているようなのだが。私のSNSにもずいぶんとコメントが増えているのだよ。これを炎上というのかな」

そう言いながら上役がスマートフォンの画面を隣の上役に見せた。その後、二人はお互いを見合ってニヤニヤしていた。

 そんなことはどうでもイイですわ!とスケアリーは思っていた。そして、そんなSNSはやめてしまえばイイとも思ったのだが、炎上することで注目されてニヤニヤして喜んでいるようではやめるワケはありませんわね、とも思った。だがここでは感情にまかせて思ったことを口にすることは出来ない。

「異常がないと解った猫なら助けることが出来ると思いますわ。ボランティアの方の助けを借りる必要があるかも知れませんけれど、適切な対応をすればそんな騒ぎはすぐに収まりますわよ」

そう言ってからスケアリーは「これってあたくしがわざわざここで説明すべきことなのかしら?」と考えて不満だらけの表情になっていた。しかし上役達はそんなところには気付きもせずにまたヒソヒソと話し合っていた。そして最初にスケアリーに質問した上役が話し始めた。

「よろしい。ではスケアリー特別捜査官。これから事件の捜査は警察に任せるとして、キミは猫達に適切な対応をしてくれたまえ」

これを聞いてスケアリーは思わず立ち上がってしまいそうになったのを必死にこらえた。しかし黙っているワケにはいかない。

「待ってくださいな!事件はまだ終わっていませんのよ。命を狙われているかも知れない都議会議員や、あるいは区議会議員かも知れませんけれど。その方達に何かあったら、猫の処分どころではありませんわ。大炎上ですのよ!」

「しかし、そこにキミ達ペケファイル課の人間がいる必要があるのかね?未知のウイルスでさえキミ達が捜査すべきものか怪しいところだが、それすら見つからなかったのだからね」

「まさか犯人は化け猫だとでも?」

そう横から口を挟んだのはさっきのSNS自慢の上役だった。それのどこが面白いのか解らなかったが、上役達は低い声で短く笑った。

 この下らないジョークのせいでスケアリーは頭に血が上って反論のための言葉を見付けるのに苦労してしまった。そして、彼女が黙っている間に上役達は席を立ち始めた。スケアリーが何と言おうとも最初からこうなることは決まっていたような感じもした。

 スケアリーは部屋から出て行く上役達を見ているしかなかった。