「炎上」

08. エフ・ビー・エル・ビルディング周辺

 大量の猫達の検査で大混乱の研究室にたまりかねたスケアリーはエフ・ビー・エル・ビルディングを出て街を歩いていた。息抜きついでに遅めの昼食にしようと思ったのだが、いつものお気に入りの店ではランチタイムはとっくに終わっていた。仕方ないので近くのファーストフード店で済ませようか、という事になったのだが、ファーストフードというのはスケアリーのプライドが許さないとか、そんな密かな心の中の葛藤があって、スケアリーはしばらくブラブラと街中を歩き回っていた。

 するとスケアリーの背後から彼女を呼び止める声がして、彼女は「何かしら?」と思って振り返った。そこには一人の女性がいる。スケアリーはこの女性に初めて会うのだが、それは真利多小春だった。

「スケアリーさんですね」

真利多は緊張しているのか、どこか怯えたような目つきで言った。スケアリーの視線は真利多が持っていたファーストフード店の紙袋に向いていたのだが、そこから真利多自身へと移った。

「えーっと…。どちら様でしたかしら?」

スケアリーが聞いたが真利多は自分の事は話さなかった。

「あなたのパートナーのモオルダアさんですが。あの人は何か間違った事をしているかも知れません。問題が起きる前にあの人を止めないとペケファイル課の存続に関わります」

「どういう事ですの?大体あなたはいきなりやって来て、名乗りもせずにそんな…」

スケアリーが少し語気を強め始めたのだが、真利多がじっと彼女を見つめるのでその先が続けられなくなってしまった。その目は少し涙ぐんでいるようにも見える。どうしてそんな目であたくしを見つめるんですの?と思ってスケアリーは言葉を詰まらせたのだった。

「あなた方の追うべき相手は他にいるのです」

そう言うと真利多はファーストフードの袋と一緒に持っていた紙切れをスケアリーに渡した。

スケアリーは真利多がどういう人物か解っていないが、彼女がこういうことをするということは、そこには何か重要な情報が書かれているに違いない。

 スケアリーが紙切れを受け取ると、それまでその紙切れが触れていた袋の中の温かい食べ物の熱気で少し湿っているようだった。ヨレヨレになった紙切れを慎重に受け取ってからスケアリーが真利多の方を見ると、またあの潤んだ瞳からの視線が目に刺さってスケアリーはまた言葉を詰まらせてしまった。

 真利多は何も言わずに振り返るとその場から去って行った。

 スケアリーは不思議な余韻を感じながら真利多の後ろ姿を目で追っていたが、手に持っている紙切れのことを思い出すと「ファーストフードも良いかも知れませんわね」と思って、近くにあるファーストフード店へと向かった。


 ファーストフード店に入ると、一般的なファーストフード店に良くあるセットのメニューを買ってスケアリーは席に着いた。そろそろ夕方になろうかという空席の目立つ時間なので、どこにでも座れたのだが、スケアリーはなんとなく窓際よりも壁際の方の席を選んだ。食べながら捜査資料を見たりしようと思っていたので、なるべくなら人に覗かれづらい席を選んだのだろう。

 お腹が空けばネコ屋敷の猫達の放っていた悪臭のことなど忘れられるというのは無免許医師でもあるスケアリーが身につけた特技なのかは解らない。だが特に食欲がなくなる事もなかった彼女はハンバーガーの包みを開けて食べ始めた。

 真利多の持っていたファーストフード店の紙袋を見てから、ミョーにハンバーガーが食べたくなってしまったのだが、こうして実際に食べてみると、どうしてあんなに美味しそうに思えたのか不思議なくらい、普通の味でもあった。

 だが今はそんなことはどうでもイイですわ、と思ったスケアリーは食べながら先程真利多からもらった紙切れを確認することにした。

 そこに書かれていたものを見てスケアリーは首をかしげていた。それはいくつかの言葉が走り書きされたそんなメモだったのだ。「小根野」「もうひとり」「米多堀議員」「旨方議員」と、書かれていたのはそれだけだった。そして「小根野」「米多堀議員」が線で結ばれているのは今朝の事件の事を示しているのかも知れない。

 スケアリーには真利多がどんな人間なのか解らないが、モオルダアの事を話していたのだから彼の知り合いに違いありませんわ、とかそんなふうに考えていた。そして、先程モオルダアと電話で話していた時の彼の緊張感のなさからして、真利多がスケアリーに伝えようとしていた事も大したことはないと半ば決めつけていた。

 スケアリーはハンバーガーを片手に持ったまま、机の上に落ちたパンくずなどを一度手で払ってから今度は自分で持って来た小根野に関する捜査資料を机の上に広げた。区議会議員を襲うという事件のあとなので、猫屋敷を調べたあととは違って、どういうところを重点的に読めば良いのかはだいたい解っている。

 スケアリーはそれなりの厚さのある資料をめくっていった。スケアリーの目をひいたのは、小根野が最近になって社会的、政治的運動を行う団体に加わっていたということだ。

 団体といってもそれは極少人数で構成されていて、活動期間もほとんどないに等しかったが、それでも署名活動などを行っていたことが解っている。それが長続きしなかったのはあの家や今日の小根野の様子から考えれば簡単に解りそうだ。

 結局政治運動なんてものは小根野には向いていなかったのだが、ある法案によって彼女はいても経ってもいられなくなったのかも知れない。何しろその法案が採決されると野良ネコの殺処分が今よりも簡単に出来るようになる、というものだったのだ。

 ここまで読んでスケアリーは「なるほど、興味深いですわね」と思っていた。そして、短時間でこれだけの情報を集めたエフ・ビー・エルの無名の捜査官に感謝したい気持ちになっていた。しかし、その先を読み進めていくと、彼女の中で世界が動きを止めたかのような変な時間が流れた。

 小根野が米多堀を襲った理由は彼が例の法案を推進していたからに他ならないのだが、彼の他にもその法案に賛成していた人物がいたようだ。そして、そのリストの中にスケアリーは旨方という名前を見付けた。真利多にもらったメモとこの捜査資料に同じ名前の人物が登場したことは偶然とは思えない。

 スケアリーは頭の中でこれらの情報を整理して、そして次に起こりうる事を推測した。

 これってもしかして大変な事かも知れませんわね、と思って彼女は慌ててハンバーガーの残りを口の中に押し込んだ。

 更にまだ手をつけていないポテトなども一気に食べて外に出ようと思ったのだが、そんなヒマはないような気がしてきたので、スケアリーは店員に紙袋をもらって、残りの食べ物とアイスコーヒーをそこへ入れるとファーストフード店を出ることにした。

 店を出たのはイイのだが、一体どこに行けば良いのかしら?と一瞬立ち止まってしまったスケアリーだが

、考えても埒があかないこういう時には足の向く方へ行くしかない。