「炎上」

09.

 スケアリーは歩きながらスマートフォンを取りだしてどこかへ電話をかけようとした。しかし、電話をしようにも番号が解らないということに気付いて、一度メモ帳を取り出して番号を確認するために立ち止まらなければいけなかった。

 なんだかスマートフォンになってからこんな作業がとっても面倒に感じますわ!と思いながら番号を入力して電話をかけると相手はすぐに電話に出た。

「もしもし。あたくしエフ・ビー・エルのスケアリーですのよ。今日の襲撃事件に関してですけれど、あなたの事務所を襲った犯人は捕まりましたけれど、それで終わりとは思えませんので、外出などは極力控えるように米多堀さまにお伝えしていただけるかしら」

スケアリーが一方的に話しているような感じだが、それだけ緊急だということなのかも知れない。相手は米多堀ではなくて、彼の事務所の誰かだろう。スケアリーが用件を伝えたあとに少しの間を置いてから返事が返ってきた。それを聞いたスケアリーは怒ったのか呆れたのか解らないような変な表情をしていた。

「お寿司なんてどうだって良いんですのよ!命に関わることなんですのよ。それにお寿司だったら出前にすれば良いんですわ!何かあってからでは遅いんですからね。もう」

スケアリーがプリプリしながら電話を切ると、彼女は米多堀の事務所とは別の場所へと向かった。


 目的地へと到着したスケアリーは、コインパーキングに自分の車を止めてからここに歩いてくるまで何度もモオルダアに電話をかけていたのだが、彼は電話に出なかった。その事に少し腹が立っていたのでスケアリーはこのまま早足で目的地に乗り込んでしまいそうな勢いだったのだが、この場所にどこか違和感を感じて一度足を止めた。

 彼女がやって来たのは旨方内蔵(ムネカタ・ナイゾウ)という名の都議会議員の事務所である。

 スケアリーが真利多にもらったメモやエフ・ビー・エルで入手した資料から推測したことによると、先に区議会議員の米多堀が襲われたのはたまたまではなく、採決されると野良ネコが簡単に殺されるようになる法案に賛成していたからだった。そして、同じ法案に賛成の旨方議員も狙われていると考えるのが当然である。区議会議員と都議会議員という違いがあるが、推進派としては区の条例として目立たない感じで始めて、そこから都の条例、最終的には法律として制定させるのが狙いなのだろう。

 重要なのは襲撃犯は一人ではないというところだった。メモに書かれていた「もうひとり」という部分。もしも、それが小根野の仲間ということなら一人が逮捕されたからといって安心は出来ないのである。

 彼らは恐らく心神喪失状態を装って議員を襲撃するのだろう。それに関しては小根野を厳密に取り調べる必要がありそうだが、今は他の襲撃犯を警戒しなくてはいけない。

 スケアリーは議員事務所のある道の向かい側にある電柱の影から様子をうかがっている。モオルダアは電話に出なかったが、スケアリーはこの事をエフ・ビー・エルに知らせてあったので、そこから議員事務所へ連絡がいっているはずだった。なので事務所内はそれなりの警戒態勢にはなっているはずである。

 スケアリーが気にしているのはその外に止まっている一台の車だった。ここへやって来た時に感じた違和感の原因はその車に違いなかったのだ。議員事務所の目の前ではなくて少し距離を開けて止まっている。そして、中が見えづらいスモークフィルムの貼られたウィンドウガラスを通して、幽かに人の姿が見えている。

 スケアリーは後方からこの車に近づいていった。途中で念のために腰につけた銃のホルスターのフラップを外して、そこからは普通の歩行者のようにして歩いた。車の中の人影はほとんど動いていないようだが、もしかするとドアミラーなどを通してスケアリーの姿を確認しているかも知れない。

 中の人がいきなり襲ってくるなんてことがあるかしら?とスケアリーは考えた。こういう場合、相手が目的を持って誰かを襲撃しようとしているのなら、そういうことはしないはずである。目的を見破られないように、計画を実行する瞬間まで普通の人のフリをするはずである。

 ただスケアリーはここで余計なことを考えてしまった。モオルダアなら、この事件をネコに精神を乗っ取られた人間の犯行とか言うに違いないのだ。本当にそうだった場合、ここでスケアリーがエフ・ビー・エルの身分証を見せて話を聞こうとした時に、何かに肉体を乗っ取られた人間はどういう反応を示すのだろうか。

 スケアリーは少し恐くなって、身分証ではなくて銃を取り出した方がイイのではないかと思ってしまったが、もう車は目の前なので予定どおりエフ・ビー・エルの身分証を掲げながら、中のほとんど見えないウィンドウガラスをノックした。

「おいスケアリー何をやっているんだ!」

小声だったがウインドウガラスが開いたと同時に厳しい口調で言われてスケアリーは驚いて息が止まってしまった。しかしウインドウの向こうに見えた顔を確認して「それはこっちの台詞ですわ!」と言い返したくなっていた。

 車の中にいたのはスキヤナー副長官だったのである。

「あなたこそ何をやっているんですの?」

「何を、って。見て解らんかね?」

張り込みっぽい事をしていたのはなんとなく解るが、なぜこの場所なのか?ということは良く解らない。解らない事が多すぎてスケアリーは何を聞いて良いのか解らない様子だった。

「モオルダアは一緒じゃないのか?」

スケアリーが質問を探している間に先にスキヤナーが聞いた。

「知りませんわ。どこにいるのか解りませんけれど、あたくしは独自の捜査によって得た情報でここに来たんですのよ」

「本当に?私はモオルダアに頼まれてここを見張っているんだが」

思ってもないなかったことを言われてスケアリーはさらに混乱してきた。

「どうしてモオルダアはこの議員のことを知っているんですの?」

「さあな。匿名の情報とかで。ここの旨方って議員がどこかの区議会議員の命を狙ってるとか。それが今朝の米多堀襲撃事件と関係しているとか」

「何を言っているんですの?そうではありませんわよ。ここの旨方議員が今朝襲撃事件を起こした小根野の仲間に狙われているんですのよ」

「なんでそうなるんだ?今朝の事件は捜査の目をそらすためで、犯人の狙いは別の区議会議員だってことだぞ。だけど、その議員はすでに危険を察知して安全な場所に逃げているから、ここを張り込んでいれば事件に関係した人物がやって来るってことなんだが」

「それって、モオルダアが話したことなんですの?良くそんな話を信じましたわね。旨方議員は犯人ではなくて狙われているんですのよ。動機だってハッキリしていますのよ」

二人は話しに夢中になっていて、すぐ後ろに警官が近づいて来ているのに気付いていなかった。そして警官が二人に声をかけた時に、スケアリーはしまったと思って頭を抱えてしまいそうになった。

 スケアリーの指示で旨方議員の事務所に危険な事があるかも知れないから厳重注意するように、とエフ・ビー・エルから連絡がしてあったのだが、事務所の外で怪しい人物が口論しているということで、事務所の職員が警察を呼んだのだった。

 警官の事はエフ・ビー・エルの身分証を見せたらなんとかなるかも知れないのだが、その他は何がどうなっているのかワケが解らない。もうイヤになってしまいますわ!とスケアリーは思っていた。そして、張り込みをスキヤナーに任せたままどこへ行ったのかも解らないモオルダアに対する怒りがこみ上げてくるのを感じていた。