14. ローン・ガマンのアジト
ヌリカベ君が今回の事件に登場した謎めいた人物達の事を調べているあいだ、モオルダアは予期せずに暇をもてあます事になってしまった。元部長は地下核シェルターに関する本に夢中になっていて、フロシキ君は別の部屋で警察無線の盗聴にいそしんでいる。
久々にここに謎めいた情報を持ってやった来たのだが、そういう時に何か言わないと気が済まないような二人が「黙っていないと出来ない事」をやっているので今日のローン・ガマンのアジトは妙に静かである。
(ローン・ガマンのメンバーについては[CAST]を参照。)
モオルダアは仕方なく部屋に置いてあったローン・ガマンの機関誌を手にとって読んでいたのだが、最近は陰謀ネタも尽きてきたのか、調査と称して三人が行った旅行の記録が書かれていたりした。モオルダアが機関誌に一通り目を通してからそれを元の場所に置くと、ちょうどその時ヌリカベ君がスッと立ち上がった。どうやら何かが解ったらしい。
「興味深いです」
ヌリカベ君がそう言ったのだが、無口な彼の話がその先に続くとは思えなかったので、モオルダアは調べた結果の表示されているコンピュータのモニタの方へ近づいた。
モニタには真知村議員の妻が写真が映っている。
「ああ、この人だよ。よくこんな情報があったね」
「エフ・ビー・エルの誰かが改ざんしたかも知れないデータより、ここにあるデータの方が頼りになるでしょ」
元部長が本を読むのをやめてモオルダアの隣に来て言った。元部長の言うこともあながち間違いではなく、モオルダアがここに来たのは今回の事件に関してはエフ・ビー・エルも信用ならないからであった。彼らは写真と一緒に表示されているプロフィールを読んだ。
「真知村・パクンマック・寛子?この名前って。どこの出身なんだろう?」
やはり元部長が加わると色々と騒がしくなってくる。
「出身なんてどうでもイイと思うよ。この名前だって本当の名前かどうか怪しいからね」
モオルダアもやっと盛り上がって来たということで、少し得意げな話し方である。
「そうなんです」
と、ヌリカベ君が言った。そしてコンピュータを操作して別の写真を表示させた。
写真は何十年も前に撮影されたような古びた写真だった。そこには若い女性が映っている。
「これ誰?」
モオルダアがヌリカベ君に聞いたが、こういう時は大抵元部長が答える。
「これはアジアのマタハリ…」
「アジアの?!東洋じゃなくて?」
「アジアで良いんです。その昔アジアを股にかけて暗躍した女スパイ。通称アジアのマタハリ。あくまでもウワサなんですけどね。この人がそうだってことになってるんですよ」
元部長はこの写真を見てどこか興奮を隠せないといった様子だった。
「それで、この人が何だって言うの?」
モオルダアが聞くと、今度はヌリカベ君が答えた。
「同一人物です」
そう言って彼は写真とは別の場所を指さした。
それは顔認識プログラムの実行結果で、それだけ見ても素人には何が書いてあるのかはわからない。だが同一人物と言っているのだから同一人物ということが解る実行結果なのだろう。つまり真知村の妻がアジアのマタハリだったということだ。
彼女はスパイとして真知村議員と接触して、そして妻になったということなのだろうか?しかし、そんな伝説的なスパイが区議会議員に何の用なのか?という気もする。しかし、一方で彼女は防衛省の建物から出てきた誰かと話していたりもした。これは確かに興味深い。そして、彼女が敵という事になれば手ごわい相手でもある。
モオルダアは「ウーン…」と唸ってからしばらく考え込んでいるようだったが、まだ調べていることがあるのを思いだした。
「それで他は?」
モオルダアに聞かれるとヌリカベ君はコンピュータに別のウィンドウを表示させた。今度は真知村議員の秘書の写真が映されている。
「瀬呉太郎(セクレ・タロウ)か。これは名刺に書いてあった情報と一緒だな」
「SNSの情報によると動物愛護団体の会員でもあります」
ヌリカベ君はたまにしかこういうことを喋らないのだが、喋る時にはそれが重要な情報だったりもするのだ。
「動物愛護って。それって人を傷つけてでも猫を助けたりするような。そういう人達?」
「そこまでは知りません」
確かにヌリカベ君がその情報を知っているとは思えない。しかし、これでようやくコレまでの良く解らない話につながりが出てきたような気がしてきた。とはいってもアジアのマタハリなんて人も出てきてややこしくなった部分もある。
「あとは小根野だけど」
モオルダアがさらに小根野に関する情報を得ようとしたのだが、ヌリカベ君はしばらく返事をしなかった。どういう事か?と思ってモオルダアが彼を見るとやっと口を開いた。
「ありません」
ありません、とはどういうことなのか?
「ないって。小根野に関する情報がないってこと?」
ヌリカベ君はただ頷いた。猫屋敷に住む変人だからといって個人情報が全くないなんて事はない。これはつまり、小根野という名前からして偽名であり、そして彼らが警察やエフ・ビー・エルで入手した情報は全て偽物ということにもなるかも知れない。
ここで少しは何かに近づけると思ったのだが、余計に話が複雑になって来てしまった。そこへ更なる事件が起こったりすることもある。モオルダアがここで得た情報を元にこれまでのことをまとめてみようとしていたところへフロシキ君が入ってきた。
「おい、面白い事聞いたぜ」
いつものようにフロシキ君は偉そうな喋り方なのに偉そうに見えない。
「犯人を移送中の刑事が車の中で気絶してるのが見つかったらしいんだが。その刑事の体中にオイルのようなものが付着してたって。これってどっかで聞いた話だよな」
フロシキ君は言ってからモオルダアの顔を見た。モオルダアもここは盛り上がらないワケにはいかないので、少し興奮気味に顔を紅潮させている。
「それで、その刑事が移送していた犯人ってのは?」
「それがどうも怪しいんだよな。現場に着いた警官が刑事の名前を出すと、いったん無線の通信が途絶えたんだ。それでしばらくしてからまた通信が始まったんだが、それによると、専門の部隊が行くから警官は何もせずに現場を見張ってろ、って話になってたな」
これでさらにモオルダアは忙しくなってきた。こうしてはいられないと、急いでローン・ガマンのアジトを出ようとした時に、モオルダアのスマートフォンに電話がかかってきた。それはスケアリーからだった。
なんでこういう時には色んな事が一度に起こるのか?と思ったモオルダアはウワァァ!となっていた。