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#196 「根源」 2021-12-24 (Fri)

荷物

 明日はクリスマスイブだというのにLittle Mustaphaの周りでは何も起きませんでした。あのコマリタというアンドロイドのようなものの言っていたことは嘘だったのか、あるいはあの出来事自体が夢かなんかじゃなかったのか、とLittle Mustaphaは思い始めていました。

 しかし、コマリタの言ったとおりのことは起きていました。Little Mustaphaが用事で外に出ようとして玄関のドアを開けた時、足下に段ボール箱が置いてあるのに気付いたのです。

 置き配ならそう言ってくれないと、と思ったLittle Mustaphaですが、もしかすると未来では置き配が当たり前だから言わなかったのかな?とか、どうでも良いところで深読みもしていました。

 そんなことよりも、大事なのはこの荷物です。大きさは片手で持つには大きすぎるけど、両手で持つとお歳暮を持って玄関先で中の人が出てくるのを待っている宅配便の人みたいになる大きさです。

 それはつまり、ビールとかジュースが1ダースぐらい並べて入っている、ギフト用の平たい箱みたいな大きさということです。

 荷物を持ち上げたLittle Mustaphaが、この状態だと両手が塞がっていて玄関のドアが開けづらいのはどうにかならないのか?と思いながら、片足をあげて荷物が落ちないように支えながら、片手を離してドアを開けると、部屋に戻って荷物を開けてみました。


 コマリタが言うには、これを使えばLittle Mustapha達がクリスマスのプレゼントをもらう事が出来る、ということでした。段ボール箱を開けると、中には白い厚紙の箱がピッタリサイズで入っていました。

 これはなんとなく精密機械って感じの梱包だと思ったので、Little Mustaphaは取り出しづらくても慎重にピッタリサイズの箱を引っ張り出しました。

 商品名とかは特に書いていないので、今度は白い厚紙の箱を開けると、一番上に説明書のようなもの。その下には発泡スチロールがあって、その中のものを衝撃から守っていました。

 これは精密機械に違いないということで、予想が当たったちょっとした満足感を味わったLittle Mustaphaですが、まずは説明書のようなものを見てみることにしました。

 表紙には大きな文字で「AD-2021」と書かれていて、その下には小さめの文字で「悪魔デバイス・ポータブル」と書かれていました。つまり「AD」というのは「悪魔、デバイス」ってことか、と思ったあとにそれはどうでも良いという事に気づいて、それからLittle Mustaphaはだんだん嬉しくなってきました。

 これは去年のクリスマスにも活躍した「悪魔デバイス」の改良版に違いないのです。そして、その悪魔デバイスとは、サンタの孫娘さんが所属している何かの組織がLittle Mustaphaに作らせたものだったのです。「何かの組織」という言い方は怪しい感じもしますが、これまで何度もLittle Mustapha達を助けたり、密かに世界を救っている組織であるので、そんな人達が関わっているのなら、これはかなり期待が出来そうなのです。


 説明書を読むと悪魔デバイス・ポータブルは、やはりコンピューターのようなものでしたが、重要なところはポータブルなところのようです。そして、小学生の使うようなお道具箱サイズになっても性能はこれまでで一番良いということも書かれていました。

 しかし、それがプレゼントとどういう関係があるのかは解りません。すぐにでもスイッチを入れてみたいと思ったLittle Mustaphaでしたが、注意書きとしてクリスマスイブになるまでは、使わない方が良いと書かれていたので、使いたい気持ちを抑えるしかありませんでした。


 Little Mustaphaは一度悪魔デバイス・ポータブルを箱にしまうと、やることがなくなったので、テレビをつけました。どのチャンネルもドラマの再放送かワイドショーだったので、Little Mustaphaはテレビを消して、クリスマスイブになるのを楽しみに待つことにしました。

テレビ局

 先程Little Mustaphaがテレビをつけたようなので、ここで去年のクリスマスに意外な活躍を見せた彼女達の様子も見てみることにする。

 いつもと変わらないように見えるテレビ局内であるが、一年経つといくつかの変化もあるようである。

 今も無難に昼のニュースを担当している腹パンこと腹屁端アナが、その仕事を終えてスタジオから出てくると、少し離れたところにウッチーこと内屁端アナの姿を見つけた。

 先輩を見つけたらとりあえず挨拶。入社したころに内屁端から教わったこういったことを守っているから今の地位があるのかも知れないが、腹屁端が内屁端に挨拶をすると、今は少しタイミングが悪かったのではなかったでしょうか?という感じになっていたのである。

「おはようございます、ウッチー先輩」

「ああ。元気か?」

どうやらウッチー先輩は機嫌が悪いようで、裏の顔丸出しの話し方になっている。腹屁端は少しマズい状況だと思ったのだが、このまま去って行くのも不自然だと思って、少し話を続ける覚悟を決めたようである。

「あの、おかげさまで…。そういえば、今度から同じ番組に出られますね」

それを聞いて内屁端が腹屁端をキッと睨み付けた。腹屁端が驚いていたので内屁端は少し表情を緩めた。悪いのは腹屁端ではないのである。その辺の分別はまだ出来る状態の内屁端ではあった。

「ああ、あれな。あの話は取り消しだってよ。チクショー…。女子アナなめやがって…」

「エッ、どうしてですか?ウッチー先輩の天気予報コーナーはなくなったんですか?」

「やってられないよな。気象予報士の資格が偽装ってバレたからとか適当な理由を付けやがってよ。でも、そのあとの話を聞いて本当の理由が解ったわけよ。どっかのアイドル崩れみたいなのが売り込みに来てたらしいんだが、そいつが気象予報士の資格持ってたらしくて。でもあのクソオヤジどもは資格なんてなんとも思ってないよな。どうせ若い方が良いってことだろ。まったく女子アナなめてるよな」

腹屁端は気の毒に思った。それと同時に最近の内屁端の振る舞いは少し問題があるとも思った。これは内屁端の最大のライバルである亜毛パンこと亜毛屁端が原因に違いないのである。

 昨年の冬に自主出版で発売した、露出多めの亜毛パンの写真集が大成功して、亜毛パン人気に火が付いたのである。その勢いで亜毛パンはフリーアナウンサーとなり、各方面で大活躍。ドラマに出演したりトーク番組にゲストとして招かれたり。そのトーク番組では歌にも興味があるとか話していて、歌手デビューも狙っている節もあったのだ。今の彼女はアナウンサーとは名ばかりの人気タレント状態になっているのである。

 そんな状況は内屁端にとっては面白くない。彼女の態度が荒れ気味なのも仕方のないことである。しかし腹屁端はそういう内屁端の態度が女子アナらしからぬものだとも思っていたのである。そこで、意を決して思っていた事を口にしたのである。

「ウッチー先輩。最近ウンサーが足りてないんじゃないですかぁ?」

「はぁ?なんだよ、そのウンサーって?」

「え?知らなかったのですか?…実は私も去年まで知らなかったのですが。リコール社社長の内屁端さんに聞いたんです。女子アナとは女子のアナウンサー。そしてアナウンサーとはアナのウンサー」

「ウンサーかぁ…」

なぜかこの説明で理解してしまった内屁端であるが、女子アナなので解るのだろう。理解してもらったところで腹屁端が続けた。

「実際、亜毛パンなんかもウンサーという面では私達よりも優れていたのではないでしょうか」

亜毛パンの名前が出てきたところで、ウッチーは眉毛のところがピクッとしてしまったが、腹屁端が熱心に喋っているのでそのまま聞いていた。

「私の知っている、ある女子アナの先輩も亜毛パンはスゴいウンサーの持ち主だと絶賛していたんですけど。でも亜毛パンはウンサーの使い方を間違ったのだと思うのです。そして、今ではウンサーをすっかり使い果たしてしまいました。確かに人気者にはなりましたが、まったく女子アナには見えなくなっていませんでしょうか?」

「そうかも知れないが、それがどうしたんだ?」

「私はウッチー先輩にはもっと良いウンサーが出せると思っているんです。だから資格を偽装したりするよりも、もっと女子アナとしてのウッチー先輩で勝負して欲しいんです。ウッチー先輩のウンサーで」

腹屁端の言うことを聞いていたら、ちょっと良い気分になって内屁端の中から亜毛屁端に対する劣等感のようなものが消えていった。

「うん、そうかな。私も最近上手くいかないことが続いたりしてたから。それで態度や言葉遣いなんかも、ちょっとだけ乱れてたかも知れないな」

ちょっとどころではないが、気にしてはいけない。

「なんか生意気なことを言ってしまってすいません」

「全然良いの。こういうことは先輩後輩関係なく、お互いを高め合うっていうのが大事でしょ。可愛い後輩のおかげでウッチー目が覚めたって感じ。天気予報コーナーはなくなったけど、今年もクリスマスの中継は二人で頑張ろう」

「はい、よろしくお願いします」

やっと機嫌を直して去って行く内屁端を見て腹屁端はホッと胸をなで下ろしていたのである。

 一方で内屁端はというと、やはり自分には女子アナしかないと思って、密かに構想を練っていた亜毛パンを越える自主出版のスゴい写真集の企画書を頭の中でクシャクシャに丸めて捨てたのである。