「ゲロニンゲン」

14. 病院

 スケアリーの姉が入院している病室にはスケアリーの母とゴンノショウがいた。スケアリーの姉は相変わらず生命を維持するための色々な器具につながれていて、そんな我が娘を見て心配で仕方のなかったスケアリーの母は先程まで一睡も出来ずにこの病室の椅子に座って娘の回復を心で祈っていた。

 ゴンノショウはスケアリーの姉のかたわらで、彼女の魂を救うための祈祷を続けていた。それはいつものように誰にも理解できないヘンな方言による祈祷だったのだが、モオルダアにした時のように声を張り上げたりしなかったので、他の病室にいる人間はだれもここにいる怪しい老人のことには気付かなかった。

 ゴンノショウはスケアリーの母が眠ってからもスケアリーの姉の横に座って彼女の様子を見守っていた。ゴンノショウには何か嫌な予感がしていたのである。彼が先程受けた連絡によると、北土井那珂村で生まれた「白黒の柄が迷路になっている乳牛」は生まれて間もなく母親の母乳を飲まなくなったということだった。そしてその後、母親が倒れてそのまま死んでしまったということだった。ゴンノショウは「一つの命を助けるためにもう一つの命が犠牲になることもあるべな」という彼の父の言葉を思い出し、この乳牛に起きた悲劇が何かを暗示しているのではないかと不安に感じながらスケアリーの姉の横で彼女の手を握っていた。

 もしもスケアリーの姉の命を犠牲にして誰かが助かるというのなら…、とゴンノショウは考えていたが、その時に背後に気配を感じて振り返った。するとそこには急ぎ足でここへやって来た様子のスキヤナーの姿があった。

「ダネエ・スケアリーさんはこの部屋で良いのかな?」

スキヤナーが聞くとスケアリーの母もそれに気付いて目を覚ました。神経が緊張している状態ではちょっとした変化にも敏感に反応して目を覚ましてしまう。目覚めたばかりでまだ頭の中はハッキリしていなかったが、スケアリーの母は初対面のスキヤナーを緊張した感じで見つめた。

「私はエフ・ビー・エルのスキヤナーというものです。娘さんのダナアさんがどうしてもここへ来られないということで、私が代わりにやってきたと言うことなんですが…」

本当はスケアリーの母にかける言葉などもちゃんと考えてきたスキヤナーだったが、病室に予想外の怪しい老人がいたりしたために多少しどろもどろな感じになってしまった。スケアリーの母にとってはそんなことはどうでも良いようだった。ここに来たのが誰だか解ると椅子から立ち上がってスキヤナーに聞いた。

「いったいダナアは何をしていると言うんですの?あの子の姉がこんな状態だっていうのに、なんの連絡もよこさないんですのよ。あなたはダナアに会ったんですの?」

スキヤナーは母と娘が同じ喋り方なのを気にしてしまいそうになったが、そこはあえてこらえてスケアリーの母に説明した。

「スケアリーさん。ダナアさんはいま困難な状況にあってここへ来ることが出来ないんです」

「それはどういうことなんですの?この子がこんな状況なのにやって来ないということは、それはとても危険な状況なんじゃございませんの?」

「いや、そこは心配しないでください。エフ・ビー・エルの捜査官として復職できたらすぐにでもここへ来ることが可能になりますから」

「そうなんですの…」

そう答えるとスケアリーの母はまた力無くうつむいた。

 その時、開けっぱなしになっている部屋の扉の外に少し大きめの足音がして、部屋にいた一同が揃ってそちらの方へと視線を移した。その視線の先には、およそこの病院にはにつかわしくないスーツ姿の男が部屋の中をチラチラ見ながら通り過ぎていくのが見えた。

「あんあんちゃらずんずんでばこんひゃさなぐむればよ」

ゴンノショウの言葉に反応してスキヤナーが彼の方へ振り返ったのだが何を言ったのかはまったく理解できなかった。スケアリーの母も同様だったのだが、彼女はずっとこの病室にいたので、ゴンノショウが何を言いたかったのかはなんとなく解っていた。

「今、外を通ったあの方ですけれど、ずっとこの部屋を監視しているみたいな気がするんですのよ」

スキヤナーはそれを聞いて、それはかなり怪しいことに違いないと確信して、ドアの所へ行き先程の男が歩いて行った先を確認した。そして一度振り返るとゴンノショウの方へ視線を向けて聞いた。

「キミはいったい誰なんだ?」

「おらあ、ナバホ・ゴンノショウちゅうもんじゃて。あんさのまんさのモオルダアに頼まれたれでばこんここにおるちゅうワケだがや」

スキヤナーには半分以上理解できたので、聞き直すことはしなかった。それよりも、先程のスーツをきた男の方が気になるのだ。

「そういうことなら、キミはここで見張っていてくれ」

ゴンノショウが「んだ!」と言って頷くと、それを見たスキヤナーは急いで部屋をでて、先程のスーツの男を追いかけていった。


 スキヤナーが先程の男の曲がっていた廊下の先に行くとすでに男の姿はなかったのだが、スキヤナーが周りを良く見てみると、階段に続く扉を見付けた。他には病室しかないこの場所で男が行くとすればその階段に違いない。スキヤナーは急いで扉を開けて階段の所に来ると耳を澄ました。すると下の方で足音が聞こえた。

 スキヤナーは足音を追いかけて階段を降りてくると、スキヤナーのいる階の少し下の階で扉を開ける音がして足音は消えた。スキヤナーがさらに一つ下の階まで降りてくると、階段から病院の廊下へと続く扉が閉まろうとしているのが見えた。その扉にはこういう場所でよく見かけられるゆっくりと勝手に扉が閉まっていく油圧式のクローザがついていたので、男がそこから出ていった違いないということが解った。スキヤナーはその扉が閉まるよりも先に扉に手をかけて、それを開けると廊下の方へと顔を出して左右の様子をうかがった。すると、ほとんど人のいない廊下の中程に先程と同じような感じでゆっくりとしまろうとする扉を見付けた。

 先程の男はその部屋に隠れたに違いない、と確信したスキヤナーはその扉のある前までやってきた。急いではいたが慎重になっていたのは、中で男がスキヤナーのことを待ちかまえていないかと思ったからである。

 スキヤナーは一つ大きく深呼吸するとドアノブに手をかけて扉を開けた。

 扉を開けたスキヤナーは目の前に現れた予想外の光景にちょっとの間固まってしまった。

「ああ…、これは失礼…」

と言いながらもスキヤナーはまだ身動きが取れない。スキヤナーが今「見てはいけない」と思いながらも凝視してしまっているその視線の先にはダイナマイトボディの女性が黒いイヤラシイ下着姿で立っていたのだ。「ダイナマイトボディ」って何だ?という感じかも知れないが、スキヤナー的な感覚でいう「ダイナマイトボディ」とはセクシーで巨乳で爆乳の美女ということになる。

 スキヤナーは目の前の巨乳で爆乳から目を離すのが惜しいという気もしていたのだが、今はそれどころではない。彼の目は巨乳で爆乳の谷間を見つめたままだったが、何とか手を動かしてドアを閉めようとした。しかし、それよりも前にダイナマイトボディの手が伸びてきてスキヤナーのネクタイを掴むとグイッと自分の方へ引き寄せた。

「あら、もう行ってしまうの?そんなに急がなくても良いじゃない」

ダイナマイトボディにネクタイを引かれてスキヤナーの顔はダイナマイトボディの胸の谷間の目の前まで迫っていた。

「わたし、あなたみたいなたくましいおじ様を見るとゾクゾクしちゃうのよ。だからこの部屋で二人きりで楽しむのはどう?あなたもきっとゾクゾクするでしょう?こんな美女と一緒に部屋の中でゾクゾクしたら、それから何が起きると思う?」

「いや、その…、小生は今それどころではないのでありまして…」

ネクタイを引っぱられてほとんどダイナマイトボディの胸元に顔を埋めてしまいそうな状態のスキヤナーが何とかダイナマイトボディの胸元から離れようとしていたのだが、巨乳で爆乳の谷間の前からはなかなか離れることが出来そうにない。

 スキヤナーが目の前の10センチほど先にあるダイナマイトな谷間と葛藤しているとダイナマイトボディの美女の手がスッとスキヤナーの着ているスーツの内ポケットにのびてきた。そして、そのポケットの中からあのメモリーカードが入っているケースを取り出したのだった。ダイナマイトボディはその手を自分の後ろに回してスキヤナーから見えないようにすると、スキヤナーのネクタイを掴んでいた手をさらに引いた。するとスキヤナーの頭は簡単にダイナマイトボディの胸元に埋まっていった。

「好きにして良いのよ。おじ様」

簡単に誘惑に負けてしまったスキヤナーだったが、ダイナマイトボディの巨乳とか爆乳の谷間に顔を埋めると、何か嫌な臭いがして不意に我に返ってしまった。

「いや、私はこんなことをしている場合ではないのです」

ダイナマイトボディの肩を押して突き放すとスキヤナーが悪い夢から覚めたような表情で言った。それから妙に凛々しい感じで部屋の扉を閉めて先程の男を捜しに行ったのだが、彼のポケットの中からメモリーカードが抜かれたことに気付くのにはそれからかなりの時間がかかった。


 スキヤナーが居なくなると、ダイナマイトボディのいた部屋の奥に隠れていた男が出てきた。

「はい、これが欲しかったものでしょ?」

そう言ってダイナマイトボディが男にメモリーカードの入ったケースを渡した。それを受け取ったのはクライチ君だった。

「良くやってくれたね。もう元に戻って良いよ」

クライチ君がそう言うとダイナマイトボディは小刻みに震え始めた。小さな震えが共振しあって体全体をブルブルと大きく揺さぶっているような感じだったが、ダイナマイトボディの体に変化が起き始めていた。それまでの、どんな男でもニヤニヤしてしまいそうな体型が次第に崩れ始め全体的にブヨブヨした感じになってきたのだ。そして、いつの間にか元のダイナマイトボディは原型をほとんどとどめなくなって、まったく別の人間に変わってしまった。それは人間と言うよりも人間のような形をした生物と言った方が良いのだろうか?ダイナマイトボディが変身していき最後に辿り着いたその形は、スケアリーの姉を襲ったゲロから生まれた謎の人間にそっくりだった。

 クライチ君は部屋のドアを開けて外を確認してスキヤナーが何処かへ行ってしまったのを確認するとゲロニンゲンに変身したダイナマイトボディを連れて外へと出ていった。