11. まだ鉱山会社の跡地
開いた扉から入って進んでいくと、彼らの前に広がった光景は、モオルダアにとってもスケアリーにとっても、予想どおりでなければ驚くべき光景でもなかった。ただし、それは異様な光景といって間違いないものではあった。
扉を開けると、そこは岩盤のむき出しになった洞穴のようなトンネルであった。灯りがないので、その穴がどこまで続いているのかは解らなかったが、おそらくそれは坑道か、坑道へと続く道であったに違いない。それだけでは、そこは特に異様という感じではないのだが、この洞穴を進んでいくと側壁に書類を入れるための棚が隙間なく並べられた場所に来たのである。
アッと驚くような光景が扉の向こうに広がっていて何かが見付かると思っていた二人はビミョーな感じで驚いていたのだが、秘密の暗証番号で開いた扉の中にある書類棚の中には何か重要な物が隠されているに違いないとも思ったので、二人とも中に進んで一番手前の書類棚の引き出しを開けてみた。
「これ、何なんだ?」
モオルダアにはそこにある書類が何なのかは解らなかったようだが、スケアリーは、それがどこかで見たことのある形式で書かれている書類であることに気付いたようだった。
「これは、医療記録ですわね。カルテともいいますけど。名前が書いてあってアイウエオ順で並べられているようですわ」
そんなことが解ってもモオルダアはあまり興味を示さなかった。そんなものよりももっとすごい物がこの先にあるのだと思って、暗くなっている洞穴の先に進んでいった。
モオルダアが少し進むと、すぐに書類棚の間の壁にスイッチがあるのが解った。暗がりでもスイッチの位置が解るように小さなライトがついていてその場所を教えてくれるようになっていたのである。慎重な人間なら、そういうスイッチを見付けても動かしてみたりはしないのだが、そうでない人間とモオルダアはスイッチを見つければ動かしてしまうのである。
スイッチを入れると、洞穴の中に明かりが灯ってモオルダアの先にどこまでも続くか解らないような洞穴の先が照らし出された。ここが鉱山だったことを考えればそれは特に驚くべき事ではないのだが、モオルダアはそれ以外のものを目にして一瞬言葉を失ってしまった。
数百メートルもの先まで続いていそうな洞穴の側壁には、さっき彼らがみたような書類棚がびっしりと置かれていたのだった。
「ちょっと、スケアリー…」
モオルダアが洞穴の先を見つめたまま言うと、スケアリーも振り返って彼の見ているものをみて驚いていた。
「何なんですの?!これは?」
大量の書類棚を目撃してしばらくの間、呆然とそれを眺めていた二人だったが、ひととおりの混乱が収まるとモオルダアが基本的な問題を気にし始めた。
「それで、そのファイルには何が書いてあるんだ?」
モオルダア同様に頭の中の混乱が収まりつつあったスケアリーも冷静にモオルダアの質問に答えた。
「これは出生証明書とか、そういった個人情報とか、それに予防接種の記録も書いてありますわ。さっきも言ったように医療記録ですけれど。それにこんなものもありますわ」
スケアリーはそう言って汚く丸められた紙切れのようなものを指さした。
「これ何?」
「これはとても古いティッシュペーパーですわ。古くなって黄ばんでボロボロですけれど、この時代ですとまだネピアではなさそうですわね」
モオルダアはどうしてスケアリーがこんなにネピアのティッシュに詳しいのか不思議だったが、問題はそこにあるわけではないので気にしないことにした。
「それから、組織サンプルも保管してあるみたいですわ。この容器はとても古いものですけれど、これは昔使われていたものなんですのよ」
「それは、ここにある全部の書類についてるの?」
「そのようですわね。ここにある書類は全て同じ年に生まれた方達のものみたいですわね。生まれた年の順に並んでいるということは…」
スケアリーはそこまで言うと何かに気付いて洞穴の先へと小走りに向かっていった。書類棚の引き出しにはその中に情報が保管されている人間の生まれた年が書かれていて、それは奥に進むほど新しいものになっていくようだった。スケアリーはその中の一つの引き出しを見付けてその中に見付かった書類に夢中になっている。
モオルダアは、そういうことをするのは自分の役目のはずだ、と思いながらスケアリーの方へと近づいていった。書類に気をとられていたスケアリーがモオルダアから、何があったのか?と聞かれるまで彼が近くに来ていることに気付かなかったのだが、その時ハッとして戸棚に手を当てるとそこに書いてあった数字を隠した。スケアリーの手に隠される直前にモオルダアはそこに書かれている数字に目をやったのだが最初の19だけしか確認できなかった。
「これはあたくしの書類ですわ!」
いろいろと焦っている感じのスケアリーは不自然な感じで書類棚に手をかけているが、彼女にとってそれは数字を隠しているのではなくて、体を支えていることになっているのだったが、その体勢は余りにも不自然だ。モオルダアは「そういえば、スケアリーって何歳なんだろう?」とか思ってしまったのだが、ここでそこを気にしている場合ではないし、この前後の棚に書かれている数字を見れば、それは彼の思っているスケアリーの生まれた年とだいたい同じようなので、ここでそのことについてスケアリーに聞くような失敗はしなかった。
「どうしてキミは自分の書類がここにあると解ったんだ?」
「それは…、ただそんな気がしただけなんですのよ」
本当はスケアリーは首の後ろから見付かった謎の金属で出来たグリコのオマケの事が気になっていたのだ。あれがいつ彼女の体内に埋め込まれたのか、スケアリーは気がかりでしかたがなかった。しかし、そういうことをモオルダアに話せば、いつもモオルダアが言って彼女が否定するような話を半分認めざるをえなくなるような気もしていたのである。エイリアンに誘拐されると記憶が消されるとか、きっとそういう話に発展していくに違いないのだ。そして今のところ彼女にはそれを全て否定できるだけの自信がなかった。
「それで、そこには何が書いてあるの?」
モオルダアはここにスケアリーの書類があることに関してはそれほど気にしていないようなのでスケアリーは少し安心した。
「ほかのと一緒ですわ。出生証明に医療記録に…。でもどうしてあたくしの組織サンプルがここにあるんですの?それにこれはあたくしが使ったティッシュですわ」
「どうして、キミの使ったティッシュだって解るんだ?」
「あたくしはティッシュを捨てる前にティッシュのはしに折り鶴を作るクセがあるんですの」
「まさか、そんな…」
と、思ったモオルダアだったが、スケアリーの指さす先をみると、そこにあるティッシュの角の部分には小さな折り鶴が作られていた。
「これはきっと夜中にゴミの集積場所をあさっている人達の仕業だな」
「あの方達はお金になりそうなものをあさっているんですのよ」
「それは、表向きのことで、実際には違うかも知れないし。それよりも、キミの書類があるって事は、もしかするとボクのもあるのかな?あってもなくても、この場所は何だか意味が解らないよね」
スケアリーはモオルダアが妙に気楽な感じなのに腹が立ったのだが、それはなるべくモオルダアに悟られないように努めていた。
モオルダアは書類棚に書かれている数字を見ながら自分の生まれた年と同じ数字が書かれているものを探しながら洞穴の中を戻っていった。スケアリーはここでやっと不自然な体勢で戸棚の引き出しにあてていた手を離してモオルダアの後を追っていった。
「あれえ?おかしいなあ。なんでキミの書類があってボクのがないんだ?」
「それは、あなたが取るに足らない人間だからですわよ」
「まあ、そうかも知れないけどね」
モオルダアがこんなふうに自分の言うことを素直に受け入れるとなんとなく気味が悪いスケアリーだった。
「でも、キミのがあればボクのもあって当然だと思ったんだけど」
「それは、どういう意味ですの?」
「ボクがはじめに考えたのは、ここには何かある人達の記録が保存されている、ということだったんだけど」
「何かある、ってどういう事ですの?」
「例えばエイリアンに誘拐されたとか」
「あたくしは、エイリアンに誘拐なんかされてませんわよ!」
「まあ、そうだよねえ。でもキミはホントに誘拐されたとしてもなんとかして否定するはずだけどね。でもこれまでの話でキミがエイリアンに誘拐されるとか、そんな事はなかったから。だからボクのはじめの考えは間違っていたんだという事になりそうだけどね。でもここにボクの書類がないのは何だか気になるんだよ」
「だから、さっきも言ったように、あなたが取るに足らない…」
「アッ!」
さっきから、何かを考えながらモヤモヤした感じで話していたモオルダアだったが、ここに来ていきなり少女的第六感を働かせてしまったようだ。スケアリーの言葉を遮ると、モオルダアは別の書類棚に向かった。
モオルダアが立ち止まったのはモオルダアの生まれた年よりも二年前に生まれた人達の書類が保管されている棚だった。「あ・か・さ・た・な・は・ま…」そういいながら書類の束をめくっているモオルダアはいつになく慌てた様子だった。
「あった!あったよ」
「あった、って。何がですの?」
モオルダアは書類を取り出してそれを開いた。
「この人知ってる?」
モオルダアは書類をスケアリーに見せながら聞いた。
「モルダー・ムスタファって、もしかしてあなたのお兄さんですの?」
「そうなんだよ。苗字と名前とか滅茶苦茶だけど、これがボクの兄なんだよ。やっぱりボクの兄は存在していたんだよ、スケアリー」
モオルダアは多少興奮していたが、スケアリーにはその興奮がどこから来るのか解らないぐらい、モオルダアは複雑な表情をしていた。モオルダアは書類を見ていたが、そこには彼の知っていることしか書かれていなかった。しかし、彼はその書類にどこか他の書類と違っているところを発見した。
「ちょっと、スケアリーこれ見てよ」
そういってモオルダアは書類の見出しに書かれている兄の名前の部分を指さしていた。スケアリーも一目見てそれが他の書類と違っていることが解った。その見出しは誰かの名前が書いてあったものの上に訂正用のシールが貼られて、そこにモオルダアの兄の名前が書いてあったのだ。
モオルダアがその訂正用のシールを剥がすと、そこには「オックス・モオルダア・ムスタファ」と書かれていた。
「ということは、この書類は元々ボクのために作られていたんだよね?」
「そうかも知れませんわね…」
だから何だというのか?二人は目の前にある大量のファイルの中に驚くべき真実を発見したようなしないような、ヘンな気分になっていた。とにかくこの場所には、誰にも知られないように、たくさんの人間に関する書類が保管されていて、その中にモオルダアとスケアリーの名前があったということだけは事実だった。何をどう納得して良いのか解らないまま呆然としていた二人だったが、その時に遠くの方から、というよりは、この洞穴の奥の方から地面を震わせるような低い音が聞こえてきた。そして、その音は次第に大きくなっていき、実際に彼らの周りにある棚をガタガタと震わせ始めた。
「ちょいと、モオルダア?何なんですの?」
モオルダアもこれが何なのか解らなかったが、何かすごい物に違いないと心のどこかで彼の少女的第六感が彼に伝えていた。
「スケアリー。キミはここで待っているんだ」
そう言って、モオルダアは洞穴の出口の方へと走っていった。
「ちょいと、モオルダア!」
スケアリーはモオルダアを追いかけていきたい気もしたが、これが地震だったり土砂崩れの音だったとしたら、下手に動くよりはここにいた方が安全だと判断したので、ここにとどまっていた。
洞穴を大急ぎで戻って鉱山会社の建物の中まで戻って来たモオルダアは窓の外に光が動いているのを発見した。それは車のヘッドライトのようでもあったが、それにしては数が多すぎるし、それは余りにも巨大だった。巨大な車の巨大なヘッドライトだとしても、彼が見ている先にある窓は普通の建物でいう3階くらいの高さにあるのだ。そこに何かが浮かんでいて、そしてそれは次第に高度を上げているように見えた。
古びた曇りガラスの向こうに何があるのか、モオルダアにはまったく解らなかったし、ガラスがなくてもその物体から発せられる光によって、そこに何があるのかは確認できなかっただろう。モオルダアは急いで出口に向かうと建物の外へと出てきた。
外に出ると先程から聞こえていた低い音はさらに大きくなり、モオルダアの腹の底に響いてきた。しかし、モオルダアにはそんなことを気にしている余裕はなかった。モオルダアが外に出て頭上を見上げると、そこには空に浮かぶことは不可能に近いと思われる巨大な物体があったのだ。余りにも大きいために、モオルダアの視界に空はまったく見えなかった。
「ちょ、ちょっと、これは…」
モオルダアは上空をゆっくりと移動していく巨大な何かを見上げながら「ヤバイもの見ちゃったよ!」と思っていたが、それ以外に何も出来ずただ口を開けて上空を眺めているしかなかった。
上空にあった巨大な何かはゆっくりと動いて、モオルダアの頭上をかなりの時間をかけて通り過ぎると、モオルダアの見ている先には無数の星々がきらめき始めた。