「ゲロニンゲン」

10. 夕暮れ時、鉱山会社の跡地

 いくら掘っても何も出てこない鉱山は、もう鉱山としての意味がなくなり、その鉱山の一画に建てられた鉱山会社の建物も何かの役割を果たすことはなくなる。そういう建物は取り壊されるか、そのまま廃墟にすることに問題がなければ取り壊す費用を節約するために放っておかれることもある。或いはどこかの誰かが何かの目的でその廃墟のような建物を利用したりすることもあるかも知れない。


 山の中にあるこの廃墟にやってきたモオルダアとスケアリーはここが写真に写っていた場所で間違いないということがすぐにわかった。窓ガラスが割れていたり、壁のモルタルが剥がれ落ちたりしてはいたが、背後の山の稜線とその中にたたずむこの大きな建物は写真とまったく同じだった。

 ほとんど沈みかけた太陽の薄明かりの中に浮かび上がる廃墟のビルは周囲の風景の中にはあまり溶け込んでいなかった。この山が鉱山であった頃ならそうではなかったのだろうが、誰も訪れないような山の中にこのような大きな建物があるのは不自然で悪夢を見ているような気分になる。

「ここに何があるっていうんですの?」

この建物にあまり良い印象を持たなかったスケアリーがモオルダアに聞いた。聞いたところでモオルダアが答えを知っているとは思わなかったのだが、そうせずにはいられなかったようだ。

「それをこれから調べに行くんだけどね…」

そうは言っても、モオルダアもなんとなくこの廃墟になった建物の雰囲気に不気味な何かを感じていた。


 この廃墟は会社の建物ではあったが、事務の仕事をするような場所はほとんどなく、鉱山から掘り出した土砂の処理や鉱物をより分けたり、そして最終的に出てきたものを搬出するための施設のようで、会社というよりは工場のような内装だった。

 モオルダアとスケアリーが建物の中に入ると、今では到底動きそうにないような大きな機械がたくさん目に入ってきたのだが、その古めかしい機械の中に不自然な感じで稼働を続けているものがすぐに目に入ってきた。

 とっくの昔に使われなくなった施設に今でも動いている装置を見付けて、モオルダアは「これはシーズン2の最初の方の話とそっくりだなあ」と思っていた。しかし、そういう場所にはきっと何かがあるに違いない、ということも解っていた。

「ちょいと、モオルダア!これはいったい何なんですの?」

スケアリーもモオルダアと同様にこの施設の中に不自然な感じで設置されている装置を見て不思議な感覚を覚えたようだ。

 建物の中の壁には無数の扉が付いていて、その扉には暗証番号を入力するための数字の書いてあるボタンが付いていた。そこに正確な番号を入力すれば扉が開くのだろうが、それはどう考えても、この鉱山が閉鎖された後に作られたものであったし、タッチパネル式の液晶画面に表示されている入力ボタンはあきらかに最近設置されたものだった。それを見て、それが二人が探していたものに近づくための扉だということが解った。

「じゃあ、ボクは『なるほど』の『な』を開けてみようかな」

モオルダアがニヤニヤしながら言ったのだがスケアリーはこのネタを良く解っていないようだった。スケアリーが困惑気味に彼を見つめているのにはまったく気付かず、モオルダアが一つ目の扉のところに行ってタッチパネルに暗礁番号を入力し始めた。スケアリーはそれを見ながら隣の扉のところへと向かった。

 モオルダアは一つ目の扉で暗証番号を入力し終えたが扉もそこについているタッチパネルも何の反応も示さなかった。

「1972じゃ何にも起きないよ」

モオルダアは隣の扉のところで暗証番号を入力しているスケアリーに言った。

「なるほどの『る』もダメみたいですわ」

スケアリーも番号を入力し終えたのだが、そこでも何も起きなかった。

 なんだ、スケアリーもこのネタを解っていたのか、と思いながらモオルダアはスケアリーいる扉のもう一つ向こうにある扉へと向かった。

「ホントにこの番号であってるの?」

「ネピアの全国発売の年は1972年で間違いありませんわ!」

スケアリーもまた別の扉のところへと移動して番号を入力し始めた。

「こういう今風の装置が付いているんだったらエフ・ビー・エルのあの技術者とかを連れてきて調べさせたら、なんかスゴイ機械とかで暗証番号とか調べたり出来るんじゃないのかなあ?」

「そんなことは無理ですし、それにあたくし達は今エフ・ビー・エルの捜査官として正式な捜査をしているワケではないんですからね」

モオルダアはなんだそれ?と思っていたが、スケアリーは停職中でモオルダアはエフ・ビー・エル的には死んだことになっているので、現在二人はエフ・ビー・エルの捜査官ではないのである。

 モオルダアは色々と疑問に思っていたのだが、彼が疑問に思っていることをスケアリーに聞く前にスケアリーが暗証番号を入力していたタッチパネルに変化が起きて、それどころではなくなった。

 スケアリーが暗証番号を入力すると液晶画面が明るくなり「ロックヲ・カイジョ・シマシタ!」という機械的な音声が液晶画面についている小さなスピーカーから聞こえてきた。

「モオルダア、当たりは『なるほど』の『ほ』でしたわ」

モオルダアにとってそんなことはもうどうでも良かった。自分が当たりの扉を開けられなかったのがちょっと悔しかったのである。しかし、そんなこともどうでも良いのだ。クランポの謎めいたヒントを頼りにここまでやって来て、そのヒントのとおりに暗証番号を入力したら秘密の扉が開いたのである。きっとこの扉の向こうには、これまで隠されてきた重大な何かがあるに違いないのだ。

 モオルダアは意気揚々と扉の前へやって来るとそれを開けようとしたのだが、スケアリーには心の中で何かが引っ掛かるのを感じてモオルダアを静止した。

「ちょいと、モオルダア。ここは冷静にならないといけませんわよ。この先にあるものを見て、ここであなたのお父様が何をしていたのか解ってしまったら…それが、いけないものだと解ってしまってもあなたは大丈夫なんですの?」

スケアリーはそう言ってモオルダアを止めたのだが、彼女が気がかりなのはそれだけではなかった。彼女の首と背中の間から見付かった未知の金属で出来た小さなグリコのオマケや、マシュマロ男からの警告や、病院に担ぎ込まれた姉のことなどが、彼女を大いに不安にさせていたのである。この先にあるものが彼女の不安を裏付けるもののような気がしてならなかったのだ。

「こんな山の中まで来て、しかも秘密の暗証番号で開けた扉を前にして、このまま帰るわけにはいかないよ。それにボクの父さんは中途半端にパロディを続けてきた作者の被害者なんだよ。だから、そんなところを気にしている場合じゃないよね」

なんか、また私のせいにされてしまったが、モオルダアはそう言うと扉を開けるためにノブに手をかけてそれを力強く回したのだった。