「ゲロニンゲン」

19. 翌朝・スキヤナーのオフィス

 ウィスキーのボトルを持った男がスキヤナーのオフィスに入ってきた。スキヤナーは机の上の書類を見ながら忙しそうなフリをしていた。ウィスキー男はボトルのウィスキー男を一口飲んでからスキヤナーに声をかけた。

「キミは私に話があるということだそうだが」

声をかけられたスキヤナーは目だけをウィスキー男の方へ向けると、まだ忙しそうにもう一度書類へ目を向けてから立ち上がった。

「あなたの言っていたあのメモリーカードですけどねえ…」

スキヤナーはぎこちない感じで言った。スキヤナーは病院でメモリーカードを奪われたのだし、こういう駆け引きはあまり得意ではないのでそれはしかたがない。ウィスキー男は余裕の笑みを浮かべながらまたウィスキーを一口飲んだ。それでもスキヤナーは先を続けた。

「もしもモオルダアとスケアリーを復職させるのならあなたにメモリーカードを渡しても良いんですけどねえ」

そう言うスキヤナーの表情はガチガチに固まっていた。スキヤナーがメモリーカードを持っていないことを知っているウィスキー男はそんなことをほとんど気にしないような感じでまたウィスキーを美味しそうに飲み込んだ。

「前にも言ったとおり、取り引きなんかはしないんだよ。特にキミみたいにインチキをするような輩とはね。キミ、メモリーカードがなければ取り引きは出来ないと思うがねえ。カードがなければポーカーは出来ないんだぞ」

スキヤナーはウィスキー男の酒臭い息が自分の鼻を突き刺しているのを感じていた。すぐに何かを言い返すべきだったが、スキヤナーには良い言葉が思い浮かばなかった。するとウィスキー男はまたウィスキーを飲み込んで言った。

「それはそうとね。人はいつどんなことであの世へと旅立つのか解らないよねえ。飛行機事故とか致命的な食中毒なんてのもあるかも知れないしねえ。それにキミぐらいの年代なら心臓発作でポックリということもあり得るわけだよねえ。これは冗談で言ってるワケじゃないことは解るよねえ」

ウィスキー男はスキヤナーをまじまじと見つめながら言った。スキヤナーはガチガチの表情をさらにこわばらせていた。ウィスキー男はそれを見て満足したようにまたウィスキーを一口飲むとスキヤナーに背を向けて部屋を出ようとした。

「まだ終わってないんだがね!」

スキヤナーはガチガチのままウィスキー男を呼び止めた。ウィスキー男は「ヘタなことを言うとホントにあの世行きだぞ」といわんばかりの表情で振り返った。スキヤナーが部屋の奥にある扉のところへ行ってそこを開けて誰かを呼びだした。すると、中からナバホ・ゴンノショウが出てきた。

 奥の部屋から出てきた老人を見てウィスキー男は多少困惑した様子だった。ゴンノショウはウィスキー男を真っ直ぐに見つめながら彼に近づいてくると「こなであぶればしがもってくればな!」と誰にも理解できない方言をウィスキー男に言った。

 ウィスキー男はそれを聞いて明らかに動揺しているようだった。

「なんなんだね、これは?」

「これであなたも取り引きに応じなければならなくなるんじゃないかね」

切り札を出してきたスキヤナーは勢いづいてきた。

「何だか解らないが、こんなことをしたら…」

ウィスキー男が慌てて言い返したが、スキヤナーはそれを遮って先を続けた。

「そんなことは出来ないから黙って聞くんだよ!こおにおわすは土井那珂村の長老、ナバホ・ゴンノショウにあらせられるぞ!ゴンノショウ翁は例のファイルに書かれていた内容を一字一句たがわずに丸暗記しているんだ。特殊な家系でありとあらゆる方言を使う彼にとってはそんなことは簡単なことなんだよ。ゴンノショウ翁は親族にそのファイルの内容をヘンな方言で伝えてあるから、もしもゴンノショウ翁に何かがあっても他の誰かが証人になれるというわけだよ。ナバホ家やその親戚達はどこの家でも子沢山ということだから、彼ら全員が謎の死を遂げるということになったら、それは問題ですよねえ。機密書類にコピーワンスは意味がなかったんじゃないですかねえ?これは冗談で言っているワケじゃないですよ」

ウィスキー男からは先程までの勢いが完全に消えていた。それでもウィスキーを飲もうとしたのだが、のどにつまってあやうくむせかえるところだった。

「またインチキに決まってる。そんなハッタリは通用しないよ」

むせそうになるのをこらえながらウィスキー男が言ったがスキヤナーはなんとも思っていないようだった。

「そう思いますかね?」

スキヤナーがしたり顔で言い返すと、ウィスキー男は何も言えずにそのまま部屋を出ていくしかなかった。それを見ていたスキヤナーとゴンノショウは互いに見つめ合ってヨシヨシという表情を交わしていた。