12. まだまだ鉱山会社の跡地
一方、スケアリーはモオルダアが慌てて外へ向かった後も、ガタガタ揺れる棚に囲まれて不安でドキドキしていた。「地震や土砂崩れなら、やっぱり外へ出たほうが安全だったかも知れませんわ」と自分の判断を後悔していたのだが、先程から聞こえていた轟音や地響きが収まってくると、次第に落ち着きを取り戻し洞穴の先へと進んでいった。あの地響きの影響なのか知らないが、洞穴の先は明かりが点いていなかったので、スケアリーは持っていた懐中電灯の明かりを頼りに進まなければならなくなった。
先に進んでもそこには書類棚が並んでいるだけだった。いったい何なのかしら?と思いながら、何か重要な証拠を発見できると思っていたスケアリーは少し苛立ち始めていた。しかし、スケアリーはそこでまったく予想しなかったものを見ることになった。
スケアリーが懐中電灯で洞穴の先を照らした時、何十メートルも先にある場所に何かが横切ったのを見たのである。それは人のように見えたのだが、人にしては小さすぎた。或いはそれは子供だったのかも知れないが、こんな場所に子供がいるなんてことは考えられない。
スケアリーは先程の場所をもう一度確認しようと懐中電灯の光を向けたのだが、そこがどうなっていて、何があるのかは懐中電灯の幽かな明かりではまったく解らなかった。それでも、光の先を上下左右に細かく動かしながらスケアリーが光の先を凝視していると、また何かがそこを通ったような気がした。
スケアリーは「何なんですの?!」と思いながら懐中電灯の光の先を動かしていると、光が当たる場所にいくつもの動く影が確認できた。そして、それらの小さな人間のような影は全てスケアリーのいる方へと向かってきているようだった。
「ちょ、ちょいと…」
そういいながら、スケアリーは懐中電灯の光を近づいてくる何かに向けようとしていたのだが、ヒタヒタという足音をたてて近づいていくる何かは意外と速く動いていて、慌てているスケアリーはその何かに懐中電灯の光をあてることは出来なかった。そうしているうちに彼らのヒタヒタいう足音はどんどんスケアリーの方へと近づいてくる。スケアリーはまた「何なんですの?!」と思う前に逃げるべきだと思ったのだが、思うように足が動かなかった。そして「何とかしないといけませんわ!」と思っている間に、小さな人間のような何かはヒタヒタという足音を響かせながらスケアリーのすぐ近くまでやってきていた。
時々スケアリーの持っている懐中電灯の光に照らされる彼らの姿をみたスケアリーは、それは人間でないことが解っていた。人間でもなく、サルのような人間に近い生き物でもなかった。スケアリーの身長の半分ぐらいしかない小さな彼らは、おそらくどんな図鑑にも載っていない生物だ。ツルツルした質感の肌を持った小さな彼らが大量にヒタヒタと彼女の方へと走って来ている。
スケアリーがそんなことに気付いた時には彼女が悲鳴をあげる余裕もないほど彼らはスケアリーに近づいていた。そして、ただ立ちつくすしかないスケアリーの両脇を何体もの小さな何かがヒタヒタと走り過ぎていった。
スケアリーは彼らが自分に何かをしようと近づいて来ていると思っていたのだが、彼らは何もせずに通り過ぎていってしまった。しばらくは呆然としてしまったスケアリーだったが「ちょいと!シカトですの!?」と思いながら、スケアリーは彼らの後を追いかけていった。
ヒタヒタと走る彼らは相当慌てているらしく、追いかけるスケアリーとはかなりの差を付けていたのだが、スケアリーは何とか彼らの走っていった先を知ることが出来た。洞穴の中のいくつかの分かれ道を進んで彼らを追いかけていくと、彼らは洞穴の外へ続く扉から出ていくところだった。その扉の外からは強い光が差し込んでいて、扉のところにいる小さな何かの姿は眩しくてちゃんと確認することが出来なかった。しかし、その光の中に浮かび上がる影から察するに、それはモオルダアが喜びそうな生命体の形に似ていた。スケアリーはこんなことはモオルダアに言わない方が良いですわね、と思いながら、彼らの出ていく先を目を細めて見つめていた。
そして、扉が閉まって、またこの洞穴が暗やみに包まれるという時に、遠くからモルダアの声が聞こえてきた。
「おーい、スケアリー!どこにいるんだよ。ヤバイことになってるんだよ!」
スケアリーはここで見たことや、どうやって自分がこの鉱山会社の跡地までやってきたのか、ということを考えて、モオルダアのいっている「ヤバイこと」の意味がなんとなく解ったような気がした。
「モオルダア!あたくしはここですのよ!」
ここ、と言って解るかどうか心配だったので、スケアリーは元いた場所へと戻ることにした。
鉱山会社の跡地の外の上空にすごい物を見てしまったモオルダアは、しばらく呆然として空を眺めていた。上空を移動して山の向こうの空へと消えていった物体から発せられる低い音がいまだにモオルダアの耳の中に響いているような気がして、モオルダアは遠くから近づいてくる日常的な音には、それがかなり大きくなるまで気付かなかった。
カーブを曲がることにタイヤをきしませる車がこの鉱山会社の跡地に迫っていることにモオルダアが気付いた時に、車はもう鉱山会社の敷地のすぐ前まで迫ってきていた。五台ほどの車が勢いよくここへやってきたのだが、モオルダアにはそれが何をしにきた人間なのか良く解っていた。外見は普通の車だが中にいるのは普通の人間ではない。モオルダアは上空に気をとられていたことを後悔しながら「しまった!」と小さくつぶやくと慌てて建物の中へと戻っていった。それから、またこの展開なのか?とも思っていた。
ここへやって来た各車の中から、数人の男が銃を片手に降りてくる。彼らはすぐに建物の中に逃げ込もうとするモオルダアを見付けて発砲してきた。弾はモオルダアには当たらなかったがモオルダアの登っている階段の手すりや壁にぶつかって火花を散らしていた。モオルダアは無我夢中で走っていたので、自分の周りで火花が散っている理由に気付いていなかったのだが、もしも本物の銃で自分が狙われているということに気付いたら、腰を抜かしてその場にへたり込んでいたかも知れない。
とにかく、モオルダアは階段を踏み外したりつまずいたりすることによって奇跡的に弾丸をかわして、先程の洞穴へと続く扉のところまでやってきた。モオルダアが暗証番号を押してロックを解除して中に入り勢いよく扉を閉めると、その扉は再びロックされた。
ロックされても安心は出来ない。ここに来た連中はどうせ暗証番号を知っているのだ。モオルダアはスケアリーを探したが、元の場所にスケアリーはいなかった。
「おーい、スケアリー!どこにいるんだよ。やばいことになってるんだよ!」
モオルダアが洞穴の奥の方に向かって呼びかけると、奥からくぐもった感じで「モオルダア!あたくしはここですのよ!」というスケアリーの声が聞こえてきた。「ここ」と言われてもどこだか解らなかったがモオルダアは「ここ」っぽい場所へと向かって走っていった。
洞穴の中にはいくつか分かれ道があったのだが、モオルダアの考えた「ここ」っぽい場所は偶然にもスケアリーのいる場所と一致していた。彼の進んでいく先から幽かな懐中電灯の光と「モオルダア!どこにいるんですの?」というスケアリーの声が聞こえてきた。
「スケアリー…。ハァハァ…。ここ…だよ。ハァハァ」
スケアリーのところまで辿り着いたモオルダアは急な運動のためにかなり息が上がっていた。
「なんか…ハァハァ…、ここに…ハァハァ…」
「ちょいと!気持ち悪いからハァハァ言いながら話すのはやめてくれませんこと!」
そんなことを言われても急に「ハァハァ…」は止められないのだが、モオルダアは一度大きく息を吸って、それをゆっくりと吐き出してから、やり直した。
「ここにヤバイ連中がやってきてるんだ。おそらくボクらを捕まえにきたんだと思うんだけど、そうなったらけっこうヤバイよね」
「またその展開ですの?!」
スケアリーもモオルダア同様に「以前にもこんなことがありましたわ!」ということを思っていたのだが、それと同じだとすると、彼らは銃を持っていてヘタをすると彼らに銃殺されることもあり得るので、ここはなんとかして逃げなくてはならない。幸い、モオルダアを追いかけてきた連中はまだ彼らから遠く離れたところにいるらしく、まだ足音なども聞こえてくる様子はない。
「モオルダア、あたくしは出口を知っていますからついてくるんですのよ!」
そう言って、スケアリーは先程、小さな謎の生き物が出ていった扉の方へと走って行った。モオルダアはまたハァハァしながらスケアリーについていった。