「ゲロニンゲン」

5. 翌日、都心部のどこかにある部屋

 怪しい部屋には怪しい人間が集まってくる。それはモオルダアのボロアパートにもローンガマンのアジトにも言えることだが、この「怪しい部屋」にはそれらの薄汚れた部屋に集まる人間達とは違う種類の人間が集まっている。大企業や官庁のビルが建ち並ぶこの辺りに集まって極秘の会合を開くことの出来るのはごくわずかの怪しい人間だけである。彼らはその会合の間に葉巻を吸ったり、ウィスキーをラッパ飲みしたり、マシュマロをほおばったりする者達だ。


 いつものようにカーテンを閉め切って薄暗い部屋の中で、ウィスキー男はいつもとは様子が違っていた。彼の失態によって事態は彼らにとって悪い方向へと向かっているようだ。

「これは良くないよねえ。これは良くない。まったく無関係の女性が襲われたんだから、これは良くないよ」

「キミの雇った人間がヘマをしたんだぞ」

ここにいる人間は思いつくままウィスキー男に責任の追及をしている。ウィスキー男は責任の所在がどこにあろうと関係はなかった。しかし、彼はそれ以外に問題を抱えていた。彼はモオルダアがもう死んでいると彼らに報告したのだが、それが本当かどうかは彼にも解っていない。それに、彼が持っていることになっている、盗まれた機密ファイルの内容が記録されているメモリーカードもどこにあるのかまだ解っていないのだ。そこへ来てさらにスケアリーの暗殺が失敗したとなると、彼はかなり弱ってしまう。それでも、彼はそんな心境を表に出さない術を知っている男だった。

「確かに彼らは間違ったかも知れないが、いつものように間違いは誰にも知られることなく修正されることになるのだよ」

ウィスキー男がこう言ったら、ここにいる者達はその言葉を信じて安心するはずだったのだが、この中に一人、彼の心中を見抜いている者がいた。その男は口の中のマシュマロを飲み込むと、ウィスキー男を真っ直ぐ見つめて聞いた。

「いったい誰が修正するというのだね?また無能な刺客を送り込んだところで問題は解決するはずはないよねえ?それに、ゲロニンゲンの行方が解らないという話もあるんだがねえ」

「ゲロニンゲンの始末はついているはずだ。それは確かだ」

ウィスキー男はマシュマロ男が完全に彼よりも優位な立場にいるような気分になっていた。確かにそうなのだが、マシュマロ男とて全てを見通しているわけではない。ウィスキー男はそう思って余裕の表情でいることは出来た。

「それから、例のメモリーカードだけどねえ。キミは持っているといったが、我々に見せてくれたりはしないのかね?」

これを聞いてウィスキー男はいつもよりも多めにウィスキーを飲み込まなければいけなくなった。彼にとっては他のどの事柄よりも、メモリーカードを手に入れていないということがなによりも問題なのだった。

「まさかキミ達は私を疑ったりしているのか?」

「メモリーカードは持っているのか?」

ウィスキー男のいつになく慌てた様子に気付いた一人が彼に聞いた。

「もちろんだとも」

「じゃあ、ここで見せてもらいたいものだね」

「私もそう思う」

「そうだそうだ!」

「そうだ!」

ウィスキー男の様子がいつもと違うことに気付いた者達が一斉にウィスキー男に圧力をかけ始めた。マズいことになったのだが、このウィスキー男は最後の最後まで諦めることはしない。これまでも彼は追い込まれても、わずかな隙をついて相手を出し抜き、彼が扱う秘密の情報、或いは彼自身を守ってきたのだから。

「あれは安全のために私が持ち歩いたりはしていないんだよ」

そう言ってウィスキー男はまた一口ウィスキーを飲み込んだ。ボトルの中にはほとんどウィスキーは残っていなかった。

「お望みとあらば、明日ここに持ってこよう。それでみんな納得するはずだ」

ウィスキー男は苛立った様子を見せながらそう言うと、そのまま部屋を出ていってしまった。マシュマロ男はマシュマロをほおばった口をモゴモゴさせながらウィスキー男の出ていくのを見守っていた。

6. 警察署

 シーズン2の最終回からここまでずっと本物の方のストーリーをなぞるかたちで話が進んできたのだが、ここでthe Peke-Files独自の展開をしておかないといけない。そうする意味があるのかどうかは知らないが、そうしないとそろそろ私が飽きてきてしまうのである。


 スケアリーの姉が病院に運ばれた翌日の明け方、顔色の悪い男が警察署にやってきて自分の犯した罪を告白し始めた。この男の顔色が悪いのはいつものことではない。普段は健康な人間なのだが、自分のしたことで思い悩んでいるうちに、一晩にして不健康な顔色になってしまったようだ。

 彼が自首してくれたおかげで、警察ではひき逃げ事件が一つ解決すると思われていたのだが、彼の話すところによるとそうともいかないようだった。


 警察ではスケアリーの姉がひき逃げにあった可能性が高いとして捜査を始めていたのだ。男が自首してきたことによって、それはほぼ確実なことになったのだが、男が言うには、彼は2人の人間を跳ねたということだった。

 静かな住宅街を走っていた男の車の前に、突然大きな男が現れた。そして、その大男は女性を抱きかかえていた。その大男はワザと車に跳ねられようとしたとしか思えないほどの勢いで車の前に飛び出して来たというのである。

 男は2人を跳ねた後、車から降りてみると、頭から血を流しているスケアリーの姉を見付けた。しかし、もう一人の大男の姿は見えなかった。その代わりに、豆腐を手で握りつぶしたような液体とも固体ともいえない、ドロドロでブヨブヨした物体が辺りに散乱していた。

 男はすぐに救急車を呼ぶべきだと思って携帯電話を取り出していたのだが、彼の周りに散乱している謎の物体の動きに気付いて、彼の手は完全に止まっていた。

 辺りに散らばっている不思議な物体は、重力とは関係なくゆっくりと流れているように見えた。そして物体の一つのかたまりは近くにあるかたまりと一緒になっていった。そしてその動きを繰り返し最後には散乱していた謎の物体は一つの大きなかたまりになった。

 大きなかたまりになっても、相変わらずそれはドロドロでブヨブヨしたものだったのだが、男が唖然としながらそれを見つめていると、それは次第に人間の形になっているような気がした。少し離れた場所から見れば、それは確かにヒザを抱えてうずくまっている人に見えなくもなかった。そして、その人のような塊は、顔にあたる部分を動かすとそれを男の方に向けた。すると、それまで何もなかった顔に目が現れたのである。それは血走ったギラギラした目で男の方を睨みつけた。男はそれを見て救急車を呼ぶことも忘れて慌てて車に乗り込むと、そこから立ち去ったのである。


 男がヘンな話をするので、事件が解決すると思って喜んでいた警察の関係者は表情を曇らせていた。どうせこの男は罪を軽くするためにウソを言っているに違いない。この男は酒を飲んで車を運転して人を跳ねたのだ。アルコールが体から抜けた頃にやってきておかしな作り話などをするとはあきれたものだ、と警官達は思っていた。