13. 早朝、国道沿いのファミレス
憔悴しきった感じのモオルダアとスケアリーは目の前にあるコーヒーと簡単な食事にはほとんど手を付けずに無言のまま、向かい合って座っていた。目は開いていたが、彼らの頭の中で繰り返し再生される鉱山会社跡地での昨晩の出来事のために、その目は何も見ていないも同然だった。
スケアリーの見付けた出口から鉱山会社跡地から脱出することには成功したのだが、彼らを捕まえに、或いは場合によっては抹殺しようとしにきた何者かがいるために、彼らは車に戻ることが出来ず、山道を自分の足で降りてきてこのファミレスまで二人してハァハァしながら辿り着いたのである。彼らからの連絡を受けたスキヤナーはもうすぐここへ到着するはずなのだが、彼がホントに信頼できる人間なのかどうかは今のところ解らない。とにかく、今は何かが起こるのを待つしかないようだった。
日が高くなるにつれて外は明るくなり、ファミレスの前の国道を通る車の量も増えてきた。畑へ向かう軽トラックや、何処かで行われている公共工事に向かうトラックなどが多かったが、それにまじって都会的な雰囲気を感じさせる車が一台このファミレスの駐車場へと入ってきた。他にも似たような車は何台も通っていたのだが、遠くからきた車というのはどことなく違和感を感じさせるところがあるのかも知れない。もしくは、スキヤナーを待ちわびている二人の気持ちが、その車に特別な何かを感じたのかも知れない。
いずれにしても、このファミレスにやってきた車の中からはスキヤナーが降りてきて、ファミレスの中に入ってくるとモオルダアとスケアリーを見付けて彼らのいる席までやってきた。
「こんな所でキミらは何をやっておるのだね?」
スキヤナーが席に着きながら言うとモオルダアが眠そうな顔を上げた。
「こんな所だからこそヤツらは何かをやるんですよ。昨日の夜見付けた場所でボクらは何者かに追われて、目の前ではバチバチ火花が散っていたんですけど、アレはよく考えたら銃撃されてたのかも知れないんですよ。あれは警察の人間なのか、それともシー・エル・エーなのか知りませんけど」
モオルダアがそう言うのを聞いてスキヤナーは「シー・エル・エー」ってなんだろう?と思ったのだが、銃撃されたというのは気がかりだった。ここ数日の間モオルダアとスケアリーの周囲で起きた出来事を考えると、彼らは今危険な状況にあることは間違いないような気がしたのだった。
「私は、そろそろキミ達の強運だけを頼りに物事を進めるのが危険だと思っているんだよ。キミ達の安全のためにも、ここは取り引きすべきなんじゃないかとも思うんだけどねえ」
「取り引きって何なんですの?」
それまでうつむいたままだったスケアリーも疲れ切った顔をスキヤナーに向けて聞いた。
「キミ達を復職させる代わりに、例のメモリーカードを渡そうと思うんだがね」
「ダメですよ!あのメモリーカードには色々記録されてるんですよ。あのファイルには、なんていうか、謎と謎めいた答えが書いてあるに違いないんですから」
モオルダアは取り引きに関しては真っ先に否定した。あのメモリーカードを発端にして捜査を進めていくうちに謎めいた村で怪しい冷凍車を見付けて、不思議な体験をして謎めいた人物に出会い、謎の書類が保管されている鉱山会社の跡地を見付けて、最後には上空に浮かぶヤバい物体も見てしまったのだ。モオルダアにとってはメモリーカードが全てだったのだ。
「これはキミの命を守るためなんだぞ」
「ボクの命を守って、政府の陰謀が暴かれないのならそれはちょっと問題ですよ。ボクらは昨日の夜かなりヤバいものを見たんですよ」
モオルダアの言う「ヤバいもの」とか「スゴイもの」というのはいつもスキヤナーには理解できないのでスキヤナーはウンザリしたような表情を見せたが、そこへスケアリーが割って入ってきた。
「あたくし達は昨晩、膨大な数の医療ファイルを見付けたんですのよ。それに膨大な量のティッシュペーパーもですわ」
「それも、秘密の暗証番号で施錠された扉の中にね」
暗証番号はどう考えても秘密という意味において暗証なので、モオルダアの言っていることはちょっとヘンだとは思ったのだが、スキヤナーは二人が同じような意見を言うのは珍しいことだと思ったので、これはもしかすると何かあるに違いない、とも思っていた。
「何のためにそういうものを保管しているんだね?」
「その答えがあのファイルの中にあるんですよ。あのメモリーカードの中のファイルを調べたら、ボクの父のようになぜかいきなり降板にされてしまう人達とか、いるかいないのか解らないボクの兄のこととか、それから、何でスケアリーの医療記録があの場所にあったのかとか」
それを聞いてスケアリーはゾッとした様子を悟られないようにするのに必死だった。あの場所に自分のファイルがあったことと、自分の首から摘出された謎の金属片のことは彼女が一番気にしていることでもあったのだ。
「あたくし、思うんですけど、ここは取り引きした方が賢明なんじゃございませんこと?」
「どうしてそんなことを言うんだ?あんな謎めいたファイルを渡してしまうのはもったいないよ!」
モオルダアがこんなふうにスケアリーに対して激しい口調で言うのは危険なことではあったのだが、モオルダアはそれほど例のメモリーカードに固執していたので、間違ってスケアリーの鉄拳を喰らうかも知れないということも忘れてスケアリーに言った。幸い、スケアリーはさほどそのことにを気にしていないようだった。
「モオルダア。あたくし達は今のところ正式なエフ・ビー・エルの捜査官ではないんですのよ。このまま密かに捜査を進めるのにも限界がありますわよ。あたくしだってあなたが知りたいと思っていることを知りたいと思っているんですから。でも、今の状況のままでいたらどうなると思っているんですの?あたくし達は毎日私達の命を奪うかも知れない様々な悲劇に怯えながら過ごすことになるんですのよ。そんなことはまっぴらゴメンですわ!それにあたくしの姉は、そういった悲劇の犠牲者でもあるんですから。それに、あたくしはあたくしの代わりに犠牲になった姉にまだ会いに行くことも出来てないんですのよ!」
「そんなこと言ったって…」
モオルダアが反論しようと思ってスケアリーの方へ向き直ったのだが、彼女の表情を見て先を続けることが困難だと言うことに気付いた。スケアリーの表情はいつものようにモオルダアを殴ろうと思って怒りに震えているスケアリーのものとは違っていた。だからこそモオルダアは先を続けることが出来なかったのだ。今彼らが手にしている物は、スケアリーに殴られてでも守るべき物だと思っていたのだが、スケアリーの見せた表情にモオルダアは自分の意志を曲げざるをえなかった。不安と恐怖の入り交じったその目はモオルダアが初めて見たスケアリーの人間的な弱さでもあった。
不意をつかれた感じのモオルダアはしばらくの間うつむいて考えるとスキヤナーの方へ向かって顔を上げた。
「メモリーカードのバックアップコピーとかはとってあるんでしょ?」
それを聞いて今度はスキヤナーが弱ってしまった。
「それなんだがねえ。試してみたらコピーワンスとかいう制限があってコピーできなかったんだよ」
即席のウィルスを使って簡単に盗み出せたファイルにそんな機能があるのはおかしなことだが、コピーワンスならしかたがない。せめてダビング・テンなら良かったのにとモオルダアは思っていた。
「いずれにしても、ここは取り引きするのがキミ達のためには最善の策だと思うんだけどねえ。それに私だって危険かも知れないのだし」
モオルダアはスキヤナーの言うのを聞いてからもしばらく無言でスキヤナーの方を見つめていた。メモリーカードは重要なのだがスケアリーやスキヤナーのいっていることにも納得できる。それにもしも自分のせいでこの中の誰かが殺されたりしたら、その時には自分にもの凄い責任がのしかかって来るような気がしていた。
モオルダアは再びスケアリーの方をみた。彼女はまだ何かに怯えているような表情をしていた。
「これはキミにまかせることにするよ、スケアリー」
モオルダアは面倒なことをスケアリーに押しつけると、立ち上がってファミレスの外へと出ていってしまった。
モオルダアが外へ出てから、スケアリーとスキヤナーが出てくるまでにそれほど時間はかからなかった。スケアリーはうつむきかげんでモオルダアの方へと近づいてきて眠そうなモオルダアを疲れ切った表情で見つめた。
「本当はもう少し高いんですけど、500円でいいですわよ」
モオルダアはスケアリーが何を言っているのか解らなかったが、自分がこのファミレスで注文した食事の代金を払っていないのを思い出した。モオルダアが「ああ…」と言って財布を取り出して中を確認するとうまい具合に五百円玉が財布の中に入っていた。まけてもらっているのにおつりを貰うというのはなんとなく気が引けるのだが、千円札を出して「おつりはいらないよ」とか言ってカッコつけるよりもお得なのである。
五百円玉をスケアリーに渡したモオルダアだったが、そんなことよりも気になることがあるのだ。スケアリーもそこに気付かないワケはない。
「スキヤナー副長官には取り引きをするように言いましたわ」
これはモオルダアにも予想できたことだった。しかし、先程からいつもとは違う感じで、怒ったりもしなければ、食事代を少しまけてくれたりするスケアリーの態度はまったく予想と違っていた。そして、自分が目の前の問題ばかりに気をとられて、姉が病院で危険な状態にあるスケアリーのことを少しも気にかけていなかったことに少なからず後悔していた。
「アァ…、えーっと…、お姉さん、大変だよね」
モオルダアはスケアリーを慰めようとしたのだが、これでは何のことだか解らない。ただ、スケアリーにはなんとなく彼が言おうとしていることは理解できたようだった。
「そうですけれど、一目会っておかないと心配ででございましょ?」
二人とも顔色はすぐれなかったが、なんとなく心の整理がついたという感じで、スキヤナーの乗ってきた車に乗り込んだ。
スキヤナーは東京に着くまでおそらく爆睡するであろう二人を車に乗せて運転するのはちょっと面倒だと思っていたが、大事な部下のためなら仕方ないと思ってアクセルを踏み込んだ。