「ゲロニンゲン」

2. モオルダアのボロアパート

 スケアリーはスキヤナーに銃を向けて彼を睨みつけていたが、実際には手の震えを押さえるのに精一杯だった。ドアの外には誰かがやってきているのは確かだ。マシュマロを食べながらスケアリーに警告した男は、暗殺者は二人でやって来ると言っていなかっただろうか?もしそうならスケアリーに望みはない。それでも最低限のことをしなければ、ここで死んではなんにもなりませんわ!ともう一度スキヤナーを睨みつけた。

 スケアリーに向かって銃を構えているスキヤナーもドアの外が気になっていた。スキヤナーはスケアリーを暗殺しに来たのではない。しかし、スケアリーがこれだけ警戒して銃を彼に向けているということは、彼女の言う暗殺者は確かに存在するに違いないのだ。それが、もしドアのところにやってきた人物だとしたら、最悪の事態になりそうだ。スキヤナーはなんとかして自分の意志をスケアリーに伝えたかったのだが、少しでも動けばスケアリーが発砲してきそうな、そんな雰囲気だった。


 二人はお互いの持つ銃の銃口を見つめながら、脂汗を流して一秒が何時間にも感じられる時が流れていくのを感じていた。すると二人の間に流れる張りつめた沈黙を破ってドアを開ける音がした。

「あれ、鍵が開いてたな。まあいいか。…おぉ、愛しの我が家よ!」

緊張感のない感じで小さくつぶやいて入ってきたのは、モオルダアだった。彼はこの部屋で生死をかけて向かい合っている二人に気付くまで、窓ガラスが割れたりで荒れ放題の自分の部屋を見て悲しんでいた。しばらくして、自分の横から漂ってくるただならぬ緊張感を感じたモオルダアは、慌てて持っていた父親のモデルガンを取り出すとそちらに向けた。モデルガンを向けた先にはスキヤナーがいた。

「ど、泥棒!」

なんと言って良いのか解らなかったモオルダアはスキヤナーを空き巣扱いしてしまった。しかし、なぜだかスキヤナーは少しうろたえていた。モオルダアの持っているのがいつものモデルガンではなかったからである。父親のモデルガンはモオルダアの持っている物よりも精巧に作られていたので、スキヤナーはそれを本物と勘違いしたようだ。

 スキヤナーの様子を見て、モオルダアは少し落ち着きを取り戻した。そして、スケアリーもこの部屋にいることに気付いた。

「二人して、何してるんだ?」

「モオルダア!この人はあたくしを暗殺しようとしているんですのよ!」

スケアリーが言うと、スキヤナーは慌てて反論した。

「そうじゃない!私はキミ達に協力したくてだなあ」

なんの話だか全然解らなかったが、二人が本物の銃を向けあって相対しているというのはただごとではなさそうだ。スケアリーは自分が殺されそうだと言っていて、スキヤナーは協力したいと言っている。ここでモオルダアはどちらの味方をしようか迷ってしまったが、このままスキヤナーにモデルガンを向けていた方が安全だと思った。スキヤナーが銃を降ろせば、スケアリーも発砲したりはしないだろう。

「副長官、銃を降ろしてください」

と言ってから、モオルダアは「しまった!」と思っていた。優秀な捜査官なら「銃を降ろすんだ!」が正しい命令のしかたなのだ。上司だからといって丁寧に頼んではいけないのだ。スキヤナーはモオルダアが何で悔しがっているのか不思議だったが、それでもスケアリーの持っている銃はまだ彼を狙っているので、気を抜くことは出来なかった。彼は銃を床に投げ捨てると両手を挙げた。

「私はキミ達に見せたいものを持っているんだよ。内ポケットに入っているんだが、出しても良いかな?」

聞かれたモオルダアはもう失敗しないように黙って頷いた。

 スキヤナーは内ポケットが二人によく見えるようにスーツの裏側を見せるようにしながら、ポケットからメモリーカードを取り出した。まだスキヤナーを信用していないスケアリーは相変わらずスキヤナーを睨みつけて、何が起きても大丈夫なように身構えていた。

 スキヤナーはポケットの中の小さなメモリーカードをつまんでゆっくり取り出した。

「これはキミのデスクの引き出しにあったんだがねえ。これはいったい何なんだ?」

モオルダアはそのメモリーカードの中身がなんなのかまだ良く解っていなかったが、それが原因でさんざんな目にあったことは確かだった。

「それが原因でボクの父は登場してすぐに降板になってしまったし、あやうくボクまで降板ということになってしまったんだよ。きっと副長官のところによく遊びに来てるあのウィスキー男が犯人に違いないよ。でもボクはイケメンだから戻ってきたけどね」

いつからモオルダアはイケメンになったのか知らないが、モオルダアは何かを勘違いしているのかも知れない。

「何のことだか解らないが、このメモリーカードには何が入っているんだ?」

「地球外生命体とかカッパの存在に関する情報を隠蔽している国際的な裏組織の陰謀に日本政府が関与しているということが書かれている防衛省の機密書類だ(といいんだけど)」

モオルダアは括弧内をゴニョゴニョっとした感じで言ったのでスキヤナーには気付かれなかった。

「それをこちらによこしなさい!」

スケアリーは相変わらずスキヤナーに厳しい視線を向けたまま銃を持っているのと反対の手を差し出した。

「これは私が持っているべきだ」

スキヤナーはスケアリーの要求を拒んだが、モオルダアはそれには反対だった。その謎めいたファイルの記録されているメモリーカードは自分で持っていたいし、それにウィスキー男がやって来るオフィスにいるスキヤナーがそのメモリーカードを持っているのは良くないはずだ。モオルダアは一度降ろした手を挙げてモデルガンをスキヤナーに向けて構えた。モデルガンを本物だと思っているスキヤナーは少し慌てて説明を始めた。

「ちょっと待ってくれよ。このファイルのせいでキミ達の命が狙われるということは、これはそれだけ重要な物に違いないだろ?つまりこれがあれば、そのキミの言う闇組織というのを壊滅に追い込むことだって出来るはずじゃないか?そんな、重要なものが敵方に渡ってしまったらどうなるんだ?これが唯一の証拠になるんだぞ。こういうものはどっちつかずの立場の私が持っているのが一番だとは思わないのか?」

スキヤナーが二人がなかなか自分のことを信用してくれないので、最後の方は少し苛立った様子すら見せていた。スキヤナーだって自分のオフィスにやってくるウィスキー男や、エフ・ビー・エルの良く解らない「上の人達」の何人かにはどこか怪しいところがある、ということには気がついているのだ。

 モオルダアがそんなところを理解したかどうかは知らないが、メモリーカードを持っているためにまた危険な目にあうのは嫌だし、そのメモリーカードに記録されたファイルの内容や、父から聞いた謎めいた「商品」に関する話によって、そのファイルに書かれているよりも重要な何かを見付けられそうな気がしてはいたのだ。

「じゃあ、それで良いですよ」

そう言ってモオルダアはモデルガンを持っていた手を降ろしたが、降ろした後にまた後悔に顔をしかめていた。せっかくモデルガンを向けて優位な立場にあるのだから、もっとカッコイイ台詞を言ってから銃を降ろさないと優秀な捜査官ではない。これじゃあまるで、店員の口車に乗せられて売れ残りを普通の値段で買ってしまう客みたいだ!この失敗を取り返そうと、モオルダアは少し低めのカッコイイ(と彼が思っている)声でスケアリーに言った。

「スケアリー、行こう」

そのまま振り返って部屋を出ていくモオルダアの後をスケアリーが追って出てくる予定だったのだが、そうはいかなかった。

「ちょいと、待ってくださらない?」

とりあえず、ここに暗殺者がいないということで普段の落ち着きを取り戻したスケアリーは色々と気付きはじめてしまったのだ。

「あなた死んだんじゃなかったんですの?」

目の前にいる人間にそんなことを聞くのはおかしなことだが、スケアリーは悪い夢から覚めたようなそんな気分で、おかしなことでも聞いてしまった。

「いや、良くわかんないけどねえ。でもこうしてここにいるんだから生きてるんだよ。でも、もしあそこで死んでいたとしたら、それは何だかやな感じだよね。おそらくボクは自分が死んだことに気付かなかったと思うよ。もしも死ぬんだったら、少なくとも一生を走馬燈のように振り返ってからが良いよね。でも、真っ暗になって、ふと気付いた時には死後の世界だったら、なんかもったいないような気がするんだよ。ボクの場合は幸い目覚めた場所は土井那珂村の社(やしろ)の中だったんだけどね」

スケアリーはモオルダアの怪しい話は理解できなかったが、とにかくモオルダアはここにいて、ピンチだったかどうか解らないけど、最大のピンチから自分を救ってくれたような感じはしていた。

「それで、どこに行くんですの?」

「そのメモリーカードに書かれていない真実は、どこでもない場所にあるかも知れないからね」

スケアリーはまたしても意味が解らなかったが、モオルダアは何かを知っているようだったのでついていくことにした。


 スキヤナーは部屋から出ていく二人を見ながら「なんか良くわかんないなあ」とつぶやいてメモリーカードを再びポケットの中にしまった。それから、モオルダアのボロアパートの部屋を見渡して、そのうちモオルダアの時給を上げるようにまともな「上の人」に掛け合ってあげないと気の毒だな、とも思っていた。