「地上民」

13. 病院

 ここはモオルダアの母親が入院している病院なのだが、病室の外にはスーツを着た男達が何人もいて、病院とは思えないざわついた様子だった。彼らはジエイレマイがやって来ると聞いてやって来たFBLの捜査官や偉い人達なのだが、モオルダアとジエイレマイがなかなかやって来ないので、次第に静かに待つのに飽きてきて、各人が近くにいる誰かと話し始めたりしていた。そして、あちこちでヒソヒソ話が始まると、自分たちのヒソヒソ話す声が聞き取りづらくなって次第に声が大きくなり、そういうことがここにいる全体に広まる。いつの間にかスゴくざわついてうるさくなるというこういう現象は良く起きることである。しかし、FBLの偉い人達であり、それなりに歳をとって分別もあるはずの男達がこうやって病院でザワザワするのは少し恥ずかしい。

 ここにはもちろんスキヤナーもスケアリーもいた。スキヤナーはこの状況が他の入院患者達にあまり良くないのは解っていたのだが、中間管理職的な彼はザワザワしている人達に注意できる立場でもない。スケアリーもその辺には気付いているようで、機嫌が悪そうではあったが何も言わずにいた。

「もう5時間になるぞ。いつまでこうしてればいいんだ?」

そろそろたまりかねた様子でスキヤナーがスケアリーに聞いた。スケアリーとしては、そんなことは知りませんわ!という感じだったのだが。

「何かおかしいですわね。何かが起こったに違いないですわよ」

そうは言ってもここで待つ以外に何も出来ない。いつもなら腹を立てているはずのスケアリーだが、今回はさすがに心配しないわけにはいかなかった。

「彼に連絡は出来ないのかね?」

スキヤナーに聞かれて、そんなことが出来るのならとっくに…と、スケアリーが思ったところに看護師がやってきた。見たところ看護師の中でもけっこう偉い人のようだ。

「すいませんが、これ以上は他の患者様にも迷惑になります。何とかしていただけませんか?」

看護師はこのざわついた廊下に我慢ならなくなったようで、かなり厳しい口調でスキヤナーに言った。スキヤナーとしては、自分ではなくて他の誰かに言って欲しいと思っていた。しかし、ここでまともに話を聞いてくれそうなFBLの職員はスキヤナーぐらいでもあった。FBL職員達のいる廊下に目をやると各人が好きなように喋っているし、彼らの手にグラスを持たせたらちょっとした立食パーティーのように見えそうだった。

 これは一度退却しないとダメなんじゃないか?とスキヤナーもスケアリーも思っていたのだが、その職員達の向こうにモオルダアが現れた。アルプスのふもとで散々な目にあってきたモオルダアはボロボロな感じで、彼に気付いた職員達はウワッと言う感じで廊下のはじによって道を空けた。

「なんてことなの!モオルダアですわ」

電話で話した時には想像も出来なかった傷だらけでボロボロのモオルダアを見てスケアリーは驚いて彼の方へ駆け寄っていった。

「もうダメだ…。何もないんだよ…」

モオルダアはスケアリーが近づいて来ると独り言のようにつぶやいた。本当ならジエイレマイが一緒にいるはずなのだが彼の姿はなく、しかもモオルダアは疲弊しきっている。スキヤナーもこれには少し心配になった。

 あそこで起きたことを考えるとここまで戻ってくるだけでも大変なことだったに違いないが、モオルダアの様子を見ればかなり無茶をして帰ってきたようだ。スケアリーの言うことが聞こえているのかどうか解らない様子で、虚ろな瞳で歩いている。しかも、FBL職員達が大勢いてどこが彼の母の病室なのかが解り易くなっているにもかかわらず間違った病室へ入ろうとして、スケアリーに止められたり。

「モオルダア、大丈夫なんですの?なんて言うか、臭いですわよ。これガソリンですの?それに体が冷たいですわ!あなた、ショック状態なんじゃなくて?震蕩症なんじゃなくて?ちょいとモオルダア!」

スケアリーが色々と聞いていたのだが、モオルダアはなにも言わずに母のいる病室の前に歩いてきた。そこにはスキヤナーがいて「何があったんだ?」と彼に聞いたのだが、もちろんそれにも反応しなかった。ただ黙って病室の扉を開けて中へ入っていった。

 病室のベッドではモオルダアの母が眠っていた。急性アルコール中毒でどうしてこんなに長く入院しなくてはいけないのか?ということでもあるのだが、そこには闇組織が裏で色々やっているとかそういうことに違いない。とにかく彼の母はモオルダアがやって来ても気付かないぐらい深い眠りについている。

「このまま降板なのかな…」

モオルダアはまだ朦朧とした感じでベッドの横に立つと彼の母を見ながら言った。スケアリーは病室に置いてあった毛布をとってモオルダアの肩にかけたが、母を見つめたままのモオルダアはそれに気付いているのかすら解らなかった。

「降板しちゃうよね」

モオルダアは父親に続いて母親までもが降板になることに責任を感じているに違いない。目に涙を浮かべながら言うモオルダアにスケアリーは何と声をかけて良いのか解らなかった。