14. モオルダアのボロアパート
今回は良くモオルダアのボロアパートが登場するが、何故か毎回ここにモオルダアがいない。彼は今病院にいるのだし、アパートの部屋には誰もいないのだ。しかしどういうワケかここにミスター・ペケがやって来た。モオルダアがまた何か極秘の情報を必要としているはずだと思ったミスター・ペケだったがアパートの通路を歩いてモオルダアの部屋の前に来ると何かがおかしいと勘付いた。
彼の考えではモオルダアは部屋の中にいるはずだったのだが、中は真っ暗である。そしてドアをノックしてからドアノブに手をかけると鍵はかかっておらず、安っぽいドアらしいギイィィ…という音をたててドアが開いた。
明かりの付いていない部屋だったが、窓から入る外の明かりで中の様子はわかった。誰もいない。正面に見える窓にはテープがバッテンの形に貼られてあった。あれはスケアリーが貼ったものだろうか?だとすると、モオルダアはここにはまだ戻ってきていないかも知れない。
これはおかしい。ミスター・ペケは額の辺りにイヤな汗が噴き出してくるのを感じていた。どこかで何かが間違っている。それはどうも致命的な間違いに違いない。ミスター・ペケは部屋を一度見回してから、慌てて外に出た。
これは罠だったのだろうか?だとしても誰が自分を罠にはめたのか。ミスター・ペケは部屋の外の通路に出ると辺りを確認しながら階段の方へ向かった。どこかから誰かに自分が狙われているかも知れない。或いは、さっきのモオルダアの部屋に誰かが隠れていたかも知れない。そう思って一度モオルダアの部屋のドアの方を振り返って確認した。
そこは不気味なほど静かだったが、それならばそこには誰もいないのだろう。ミスター・ペケがまた階段の方へ向かおうと思ったが、その時階段の下に誰かがいるのに気付いた。
彼は慌ててモオルダアの部屋の方に戻って、そこから通路の柵を乗り越えて一階に飛び降りた。しかし、下にいた男はミスター・ペケのこの行動をあらかじめ予測していたのか、先回りして彼の前に立っていた。ハッとしてミスター・ペケは銃を取り出そうとしたのだが、そこにいた男はすでに銃を彼に向けていた。
ついでに書いておくと、そこにいた男とは病院でウィスキー男や彼の仲間の男と一緒にいた、何しに出てきたのかよく解らない若い男だった。これでようやく彼の役割が解った。ミスター・ペケは彼に抹殺されてしまうのか?
15. 病院
モオルダアの母親は周りがけっこう騒がしいにもかかわらずずっと寝たままである。急性アルコール中毒で入院だったのだが、どういうワケか数日入院しても体調は良くないようだった。
「ボクのせいで降板しちゃうよ…」
モオルダアはスケアリーがかつて見たことがないほど落ち込んでいた。ジエイレマイを助けられず、ここへ連れてこられなかったことに加えて、田舎道を歩き回ったりした疲労が彼の目の前を真っ暗にしている感じだった。
「これだけ寝ていればきっと良くなりますわ。あなたが諦めてはいけませんのよ」
スケアリーもモオルダアの母がどうして良くならないのか不可解に思っているのだが、モオルダアの姿を見ると少しでも明るいことを言って慰めるべきだと思ったようだ。スケアリーがモオルダアに優しい眼差しを向けるということは滅多にないのだが、うつむいているモオルダアは残念ながらそれを見ることが出来ていない。
「たった一度のチャンスだったのに。…ボクはダメなんだよ。そういう時には必ず失敗するんだ」
「こうなることなんて誰にも解らなかったんですのよ。そんなことのために自分を責めてはいけませんわ」
モオルダアはまだうつむいていた。
「彼はボクを農場に連れて行ったんだ。そこで…ボクの兄を見たんだよ」
これを聞いてスケアリーの優しい眼差しに雲がかかってきた。きっと疲労が極限に達しているのですわね、と思ったのだが、今はその話を否定することは出来なかった。
「まだ少年だったんだよ。兄なのにね」
モオルダアの口が引きつったようになっている。おそらく笑っているのだが、どうしても笑っているようには見えない。スケアリーはそろそろ彼を止めた方が良いかと思ってしまった。
「ボクは信じられない事をいくつも見てしまったようだね…」
ここでまたモオルダアはうつむいてしまった。さっきの兄の話はもしかすると冗談のつもりだったのかしら?とスケアリーは考えた。ただこのままではモオルダアが不憫に思えた。少しでも彼の活力になるような事を話した方が良さそうだった。
「あたくしも今回は色々なものを見つけましたのよ」
スケアリーはゆっくりと話し始めた。
「でも見つけるべきなのはその答えですわね。始まる場所がある限り希望はありますでしょ?あたくしはそう信じていますのよ」
スケアリーは彼女が見つけたことの詳細は話さなかったがモオルダアには伝わったようだった。或いは全く解ってないけど解ったフリをしているのかも知れないが。
「キミはとことん科学者なんだな。でも、ボクが見てきたものは科学的な始まりの場所にはならないようなんだよ」
「何事も自然の摂理に矛盾したりはしませんわ。それはあたくし達の知識と矛盾しているだけですわよ。まずはそこから始めるべきじゃないかしら?」
モオルダアはまだ何か言いたいと思ったのだが、今はそこまでする元気はなかった。適当に言うことが何故か現実と一致してしまう感じのモオルダアはこういう議論でスケアリーを困らせるのが得意なのだが、今は無理なようだった。
「それこそがスタート地点ですのよ」
スケアリーが言った時にモオルダアはまた母親のことを見つめていた。彼女の言葉が彼に届いたのかどうか解らない。すると少ししてモオルダアは顔を歪めた。何かを手に持っていたら壁にぶん投げたくなるような気分の人が良くやる感じの表情だ。
「ああ…、あともうちょっとだったんだよ」
あともうちょっとのところで、ジエイレマイも彼の少年時代にソックリな彼の兄のような少年も失ってしまった。何かがちょっとでも違っていれば何かに関するすごい証拠が手に入るし母親も元気になっていたに違いないのだ。あとちょっとで。しかし今は何もない。
「そうですわね。あたくしも解りますわよ」
「何が?」
「あたくし、実は或る方から警告を受けたんですの。それはあなたも良く知っている人でしたわ。そして、あたくしはその方が真実を知っていると思いましたわ。そして、その方はあたくし達をスタート地点へ導いてくれる。そう信じていますわ」
スケアリーが言っているのはもちろんミスター・ペケのことだが、モオルダアは誰の話だろう?とか思ってしまった。しかし、モオルダアの頭に思い浮かんだ数人の中にミスター・ペケもいたので、スケアリーの言ったことのだいたいの意味は通じている。
そういえば、あれからミスター・ペケはどうなったのだろうか?