「地上民」

02. 呑川沿いのちょっとした広場

 ここは前回の話の最後のシーンで登場した場所。あの時ジエイレマイを消すために暗殺者がやって来てモオルダアが大ピンチな場面で終わったのに、どうしてこの話はそこから再開じゃないのか?というと、さっき書いた最初の場面が重要だからに違いない。それはともかく、この広場で何が起きていたのかをちょっとだけ振り返ることにする。

 話すことがあると言ってスケアリーの高級アパートメントまでやって来た謎の男ジエイレマイ。モオルダアの指示でスケアリーはジエイレマイを連れてこの川沿いの広場までやって来た。モオルダアはここにやって来たジエイレマイが信用できる人間かどうか半信半疑であったのだが、まずモオルダアは彼に入院している自分の母親に会うように頼んだ。危険を冒してやって来たにもかかわらずジエイレマイは人が良いようでそれを了解したのだが、そこへ暗殺者がやって来てしまった。彼らに近づいて来るムキムキの暗殺者。そして彼に対抗しようと思ったが、その姿を見てビビるモオルダア。というところで、前回の話は終わったのだった。


 モオルダアが近づいて来る暗殺者を見つめながら「うわぁぁあああ…やばい…やばいょ…」と思っていると、彼の隣にいたジエイレマイがさっと振り返って逃げ出した。モオルダアは「あれ?!」という感じだったのだが、暗殺者はジエイレマイを殺しに来たのだから逃げるのは当たり前でもあった。ただ、普通の人間とは思えないことをしたり、ミョーに落ち着いている彼があんな風にあっさり逃げ出すというのはモオルダアも予想していなかったのだ。

 スケアリーはというと、まだどういう事が起きているのか解らないままムキムキの暗殺者に銃を向けていた。

「スケアリー。彼はキミを襲ったりしないから放っておくんだ。銃は撃っちゃダメだよ。マジで」

スケアリーにそう言うとモオルダアはジエイレマイのあとを追いかけていった。スケアリーは「マジで」って何なんですの?!と思ったのだが、そんなことを気にしている間もなくムキムキの暗殺者はノシノシ歩きながら近づいて来る。

「ちょ…ちょいと、止まりなさいあなた!」

モオルダアには放っておけと言われたのだが、危険に違いない人物が通り過ぎるのをそのまま見守っているワケにはいかない。スケアリーは銃を構えて暗殺者の前に立ちふさがろうとしたのだが、暗殺者はそんな彼女が見えていないかのように歩く速度を速めて、最後には走り出していた。

 普通ならば銃を見たら誰だって停止すると思っていたスケアリーだったが、この相手はそうはならなかった。走り出した暗殺者の前にいたスケアリーは、彼が通り過ぎるのに邪魔だったので肘で押されてそのまま勢いよく突き飛ばされてしまった。


 ジエイレマイは一目散に逃げていた。彼が広場を出て行くところを見つけたモオルダアがその後を追ったのだが、二人の間にはかなりの距離があった。幸いにも彼は逃げることに関しては不思議な能力を持っていないようだった。もしも、瀕死の人間を助けるのと同じような奇跡を逃げる時にも起こせたのなら彼のあとを追うことは誰にも不可能なのだが。

 ジエイレマイは川沿いの道を下流の方へと向かって走っていた。モオルダアがその姿を見つけた時には彼が道を曲がって川の方へと向かうところだった。ジエイレマイのあとを追ってモオルダアがその道を曲がるとジエイレマイは橋を渡って反対側の道路を更に下流に向かって走っていた。

 この川は海に近いところでも川幅が狭く、そのために橋をかけるのも簡単だし、実際に橋がたくさんかかっている。ジエイレマイが下流に向かっているのなら川のどっち側を進んでもいつでも橋を渡れそうなのだが、もしかしてジエイレマイが川から遠ざかる方向へ進んでしまうと困るのでモオルダアは橋を渡ってから彼を追った。

 ジエイレマイは老紳士という感じの見た目に似合わず足が速い。彼との距離はなかなか縮まらないが諦めずに追いかけるモオルダアがふと川の方へ目をやると、そこにはムキムキの暗殺者の姿があって思わず「ウワァア!」となった。暗殺者もムキムキなのにかかわらず足が速い。しかも走りながらモオルダアのことを睨み付けるので、モオルダアはビビらないわけにはいかないのだ。しかし、ここで追うのをやめるわけにもいかず走り続けるモオルダア。

 ジエイレマイは時々角を曲がりながらも相変わらず下流の方へと走っていた。暗殺者の姿は今は見えなくなっていたが、恐らく先を読んで下流の方へ向かっているのだろう。モオルダアは走りながらそう考えていたが、その時に聞こえた対岸からの声にまたビビってしまった。

「ちょいとモオルダア!何なんですの!」

今はスケアリーが不機嫌なことにビビる必要はないという事が解っていてもやっぱりビクッとなってしまうのは仕方がない。それはどうでも良いのだが、モオルダアは一度立ち止まって彼らを追ってきたスケアリーに向かって言った。

「スケアリー。車を使うんだ。車で下流の方へ」

そう言うとモオルダアはまたジエイレマイを追いかけるために走って行ってしまった。スケアリーはまた何なんですの?!と思ったのだが、モオルダアの様子を見る限り車が必要な感じはしたので、一度引き返して車で下流の方へ向かう事にした。

 もとの広場まで戻ってから彼らを追いかける頃にはかなりの差が開いてしまったのだが、一度走り出したら人間よりも車の方がずっと速い。当たり前のことではあるが、スケアリーの車はさっきモオルダアを見つけた場所をアッと言う間に通り過ぎていった。しかし「下流って言っても、一体どこに行けばいいんですの?」と思いながら運転していたスケアリーは多少安全運転の意識が薄れていたようだ。というよりも、気をつけていても防げないことというのはいくらでもあるのだが、これもそのうちの一つだろう。

 川沿いには道がないので、スケアリーはそこから一区画内側を走っていたのだが、川のある右側の建物の塀の上から、あのムキムキの暗殺者が飛び降りてきたのである。とっさにブレーキを踏んだスケアリーだったが、車が止まった時にはボンネットと前のバンパーに大きなものがぶつかった時のイヤな音が聞こえてきた。スケアリーの目の前では暗殺者がボンネットに手をついた状態で運転席の方を睨み付けていた。

「だから…何なんですの…?!」

スケアリーがそんなことを思っていたのに気づいたかどうか解らなかったが、暗殺者は何事もなかったようにまた下流の方へと走り始めた。そんなことよりも、スケアリーは普通の人間なら数メートル突き飛ばされるような状態で車にぶつかったのに暗殺者が何ともなかったばかりか、まるで彼がブレーキをかけるよりも早く車を止めてしまったかのような状態だったのが信じられなかった。


 川の対岸では、スケアリーの車の急ブレーキの音が聞こえてジエイレマイが立ち止まったところだった。そこでやっとモオルダアが彼に追いついた。二人して急ブレーキの音がした方を見るとそこには暗殺者の姿があったので、やっぱり逃げるしかなかった。

「こっちです」

なぜかモオルダアがジエイレマイを先導して川の下流へと向かって行った。どっちにしろ下流の方へ逃げようと思っていたジエイレマイなので、そのままモオルダアのあとについていった。そして、対岸では暗殺者がさらに加速して彼らを追いかけてきていた。この辺りに来ると、川のどちら側にも川沿いに道がないので、両方の岸に近い道を走っている両者はお互いの事を見ることが出来ない。暗殺者は橋のある道を見つけるとそこからモオルダア達のいる側へと渡って来た。そして、彼らがいると思われる道に出てくると、先の方で今度はモオルダアとジエイレマイが反対側へ渡る道へ曲がったのが見えた。

 ここで彼らを見逃すわけにはいかないと、暗殺者は猛ダッシュでその角へと走っていった。そしてそこを曲がって橋のところまで来たのだが、二人の姿が見えない。どんなに急いでもモオルダアとジエイレマイがこの場所から見えない場所に走って逃げたとうのは考えられない。おそらくどこかに身を隠したのだろう、と思い暗殺者は辺りを見回していた。