まえがき
これは前エピソード「KIMOE」の続きなので、いきなり読んでも意味が解りません。
1. 裏庭
これで終わりなんですの？とスケアリーは思った。それからこれで終わりなんですわ！とも思った。そして、この絶体絶命の危機に銃も抜けない自分の気の弱さを恥じると同時に、だんだんモオルダアに腹が立ってきた。こんな役目はいつだって彼がすることなのだから。しかし、そんな事を考えても意味はないことは確かだ。終わりなんですわね。
スケアリーはいろいろな事を考えていたが、これは倒れた彼女の前に立ちはだかったあの怪物が彼女に鋭いかぎ爪と開いた口の中に見える牙を彼女に近づけてくるほんの一瞬の事だった。そして、最後にスケアリーは考えた。「こんな事で終わりなんてあり得ませんわ！」そう心の中で叫んで彼女は拳銃に手を当てた。それと同時に怪物はスケアリーに飛びかかってきた。
このタイミングではスケアリーが拳銃を構える前にかぎ爪に捕らわれてしまう。スケアリーがありったけの力を振り絞って地面を蹴ると少しだけ怪物から離れることが出来た。これで怪物の最初の攻撃はかわすことができたが、またすぐにかぎ爪がスケアリーに迫ってきた。するとその時、キモエの声が聞こえてきた。
「やめなさい！その人は味方です」
その声を聞くとスケアリーの目の前でかぎ爪は静止した。怪物はキモエの声を聞いて動きを止めたのだ。そして怪物はキモエの方に向き直りしばらくキモエを見つめていた。スケアリーは一瞬あっけにとられてその様子を眺めてしまったが、すぐに我に返り拳銃を取り出して怪物の方に銃口を向けようとしたが、それよりも早く怪物は走りだし、軽々と塀を飛び越えて逃げてしまった。
震える手で銃を構えたままのスケアリーのところへキモエが近寄ってきた。
「大丈夫ですか？」
スケアリーは「ええ」と答えたものの、少し大丈夫でないかも知れないと思っていた。すると、少し遠くから数人が物音をたてて近づいてくるのが解った。彼らはきっと「化学兵器処理班みたいな人たち」に違いない。
彼らはまだスケアリー達の見える場所までは来ていないが、ここから塀を乗り越えて逃げようとすれば、その間に見つかってしまうだろう。
「どういたしましょう？」
スケアリーは立ち上がって考えてみたがあまり良いアイディアは浮かばなかった。するとキモエが「こっちです」と言ってスケアリーの手を引いて走り出した。
キモエは庭の隅にある茂みを掻き分けると、そこにあったマンホールのようなハッチを開けて中に入っていった。スケアリーもそれに続く。この入り口が一体何なのか？などと考えるヒマもなくスケアリーは中に入るとハッチを閉めた。
外では感染防止の防護服を着た数人が先程までスケアリーがいた辺りにやって来ていた。そこへ、また別のところから数人の「化学兵器処理班みたいな人たち」がやって来て、最初に来た中の一人に言った。
「どうやら庭にもいないようです」
「そんなはずはないよ。屋敷の中に灯りも点いているし外には車だってあったじゃないか。もっと良く探さないと！」
そう言わると、そこにいた「化学兵器処理班みたいな人たち」は命令した一人を残してばらけていった。命令した男は頭全体を覆っていたヘルメットをはずして、その場にかがみ込んだ。そして地面に出来た足跡を眺めていた。
「やっぱこれ、けっこうヤバいんじゃね！？」
そう独り言を言ったその男はクライチ君だった。
2.
それからしばらく経った後、何者かが塀を乗り越えて裏庭に侵入してきた。塀から飛び降りる時にバランスを崩して、格好悪く地面に落ちたのだが、それでもそんなことはなかったかのように木の陰に隠れてモデルガンを構えるその男はモオルダアの他に考えられない。
どうしてモオルダアがわざわざここにやって来るのか知らないが、どうやらスケアリーとキモエの事が心配になったようだ。少女的第六感が彼に知らせたのかも知れないし、夕方に見たスケアリーがいつになく不安そうだったのが気になっていたのかも知れない。
先程までいた「化学兵器処理班みたいな人たち」の人数はかなり減っていた。この屋敷はあらかた調べたので今では他を探しているのだろう。残った数人がまだ屋敷の中を捜索していたり、機械を使って何かを調べていた。
モオルダアは辺りに誰もいないことを確認すると、身をかがめながら屋敷の窓へと走っていった。窓の中は先ほどまでスケアリーがいた大広間だった。机の上にはスケアリーのノートパソコンがある。FBLビルディングにあった事件の証拠などは全て彼らが持ち去ってしまったということだったが、きっとあのパソコンもこのままでは押収されてしまうに違いない。それよりも早くモオルダアがパソコンを持ち去らないと、今回の事件の証拠は全てなくなってしまう。
モオルダアは中に入ろうとして、窓に手をかけて動かしてみたが鍵が掛かっていて開かなかった。そして、夕方ここにいた時に自分がこの窓に鍵を掛けたということを思い出した。用心のためにしたことだったのに、こんな事になるとはなんとももどかしい気分だ。
モオルダアは偶然開いたりしないものか？と思ってもう一度窓を動かしてみたが、そう上手くいくはずはない。すると大広間に「化学兵器処理班みたいな人たち」の一人が入ってきた。モオルダアは慌てて窓の下に隠れた。それからゆっくりと顔を上げて窓の中を覗き込むと、そこにいた化学兵器処理班みたいな人はノートパソコンを持って部屋を出ていくところだった。
モオルダアは壁に背をもたせかけて座り込んだ。これはどうしたらいいのだろうか？手にしているモデルガンを見ながら考えている。これは優秀な捜査官のようなことが出来るまたとないチャンスではあるのだが、上手くいくかは解らなかった。しかし、こうなったらやるしかないようだ。モオルダアはモデルガンを構えて表の門がある方へと走っていった。
モオルダアは誰にも気付かれないように塀づたいに門の近くまでやって来ると木の陰に身を潜めた。そこから玄関の方を覗くと先ほどの「化学兵器処理班みたいな人」がノートパソコンを持って出てくるところだった。
緊張が高まっていくなか、ノートパソコンを持った男が門へと近づいてくる。モオルダアは男に見つからないように少しずつ自分の位置を変えながら男が通り過ぎるのを待った。そして男が自分の脇を通り過ぎるとすかさず飛び出して男の背中にモデルガンを突きつけた。
「動くな！」
と、カッコ良く言ったつもりが、緊張のため声が裏返ってしまった。恥ずかしくて赤面していたモオルダアだったが、ノートパソコンを持った男はモオルダアの言ったとおりに動きを止めている。これでモオルダアは調子が出てきたようだ。
「そのパソコンをこっちに渡すんだ」
今度はさっきより少しカッコいい声で言えた。モオルダアは銃を突きつけている手と反対の手を男の方に差し出した。すると男はゆっくりとノートパソコンをモオルダアに渡した。ノートパソコンがモオルダアの想像していたよりも重たかったのであやうく落とすところだった。
これでとりあえず証拠は守ることが出来た。すこし安心したモオルダアだったが、ここからどうすれば良いのだろうか？彼の知っているテレビドラマや映画などではこういう事のあとは、銃のグリップの部分で男の首の付け根の辺りを殴ると男は気絶するのだが、今モオルダアの前にいる男は顔全体を覆うヘルメットみたいなものをかぶっているし、防護服もなんだかごわごわしていて、殴ったりしてもあまり効き目がなさそうな感じである。
これは困ったことになったが、ただ一つ幸いなのは彼がモデルガンを突きつけている男がモオルダアの予想に反してかなり怯えているということだ。これならなんとかなるかも知れない。
「よし、それじゃあこのまま門を出るんだ。そうしたら前を見たまま道路を走り続けろ。もしも振り返ったりしたら撃つからな」
「え…！？」
前にいる男はなぜそんな事をするのか意味が解らなかったがとにかくそうしないと撃たれてしまうようなので、モオルダアが突きつけている銃をぐいと押すのと同時に門の外へと歩き出した。そして門の外まで来るとモオルダアが突然大きな声で「走れ！」と言った。男は慌てて走り出した。
「走れ走れ！オレの銃はまだおまえの背中を狙っているぞ！走るんだ！死にたくなければ走るんだ！ナーッハッハッハッハー！」
完全なアブナイ人になってしまったモオルダア。これのどこが優秀な捜査官だというのだろうか？
モオルダアは男が十分に離れたところまで走っていった事を確認すると、反対側へ大急ぎで走り出した。走っている途中に車の急ブレーキの音と、それに続いてドシンという音が後方から聞こえてきたので、ちょっと振り返ると先ほどの男が車に跳ねられていた。ちょっと心配になったモオルダアだったが、防護服がごわごわしてたしヘルメットも被っているし大丈夫だろう、と思ってそのまま走り続けた。
飛び出しは危険です。やめましょう。