「隠れ家」

5. 怪しい自動車

 暗い夜道。キモエの屋敷からそう遠くないところに一台の車が止まっていた。そこへ「化学兵器処理班みたいな人たち」の防護服を着たままのクライチ君がやって来て、車の後部座席へ乗り込んだ。車の中にはウィスキーの臭いが充満していた。

「マジ暑いっす」

後部座席に座ったクライチ君は、防護服の内側に新鮮な空気を入れようと胸のところを何度か引っぱりながら言った。そんなことをしても、細菌や放射能みたいなものから身を守るための防護服なので空気は入ってこない。

「だいたい、現場にいた人間は誰もウィルスなんかに感染してないのに、化学兵器処理班はおかしいんじゃないっすか?それに、交通事故にあった人がいてボクの責任だって言うんですよ」

クライチ君の隣に座っていた男は持っていたウィスキーを飲むと一度クライチ君の方を見た。それからまた元のように前を向いてから話し出した。

「嫌ならもうそんな服は着なくても良いんだがね。エフ・ビー・エルの二人にはもう何も残っていない。あとはまたいつものように後始末をすればいい」

「でも、その後始末が厄介じゃないですか?あれはどこに行ったか見当もつきませんよ」

クライチ君の質問に答える前に男はもう一度ウィスキーを飲み込んだ。

「ウワサによると、あの娘に何かあれば、あれは現れるってことじゃないか」

「それって、あり得るっすねえ」

クライチ君は怪しく目を光らせた。

 クライチ君が降りた後、車は静かに走り出した。その中で男は運転手に向かって半分独り言のようにいった。

「あの喋り方はなんとかならんのかね」

運転手はバックミラー越しに黙って男と視線を合わせただけだった。

6. 裏庭

 キモエの屋敷の塀越しに庭の方を覗き込んだモオルダアはそこに誰もいないのを確認するとそのまま塀によじ登った。それから先ほどと同じようにバランスを崩して塀の下に落ちた。今回はちょっと痛かったがそれでも何事もなかったように木の陰に身を潜めてスケアリーに電話をかけた。

「もしもし。裏庭に来たんだけど、キミ達はどこにいるんだ?」

「秘密の隠れ家って言いましたでしょ?それよりも外はどうなんですの?もう出ても大丈夫なんですの?」

「どうやらこの屋敷にはボク以外に誰もいないようだ。静かで平和な夜といった感じかな」

「そんな例えはどうでも良いですわ。これから出ていきますから待っているんですのよ」

モオルダアは言われたとおり待っていた。彼のいる場所からスケアリー達の隠れていた秘密の隠れ家入り口は反対の方にある。同じ裏庭といっても広い屋敷なので秘密の隠れ家の入り口はモオルダアからまったく見えなかった。ハッチを開けて出てきたスケアリーとキモエの姿がモオルダアには闇の中に忽然と現れたように見えて少しゾッとしていた。

「一体なんだと言うんですの?化学兵器とかそういうものは今回の事件とは関係ないことでございましょう?」

近づいてくるスケアリーはモオルダアにそう言った。モオルダアは最初にノートパソコンのことを聞かれなかったので少しホッとしていた。

「化学兵器というのはこじつけにすぎないよ。ただボクらの捜査を邪魔したかっただけさ。ボクが手に入れたこの資料に何かの…」

「それより、モオルダア。あたくしのノートパソコンはどこにあるんですの?」

モオルダアはコインロッカーにあった封筒の事を話してごまかそうとしていたのだが、見事に失敗だった。

「えっ!?何が?」

「あたくしのノートパソコンはどこにあるんですの?」

モオルダアの目が泳いでいるのに気付いたスケアリーがきつい感じで聞き直している。

「あたくしのノートパソコンですのよ!」

ヤバイ、怒っている。しかし銃で脅されて簡単に渡してしまったと言ったらさらに怒るに違いない。

「さあ?ノートパソコンと言われても、ボクには何のことだか…」

あまりににも白々しいモオルダアの態度にスケアリーは握りしめていた拳をモオルダアに向けて繰り出すところだったが、ちょうどその時、屋敷の屋根の方でどすんと何かが落ちたような音がした。

 モオルダアは「なんだろう?」と思っただけだったが、スケアリーは違った。あの怪物が屋根の上にいるのではないか?と思って急に恐くなった。

「あの、ここで立ち話もなんですから、続きはどこか他でしませんこと?オホホホホッ」

明らかに顔色を変えているスケアリーを見てモオルダアはさらに「なんだろう?」と思っていたが、とにかくノートパソコンの件についてはとりあえずなんとかなりそうなので、スケアリーの言うとおり移動することにした。