16. どこかの研究施設
数人の男達がモニタ画面に映し出される映像に見入っている。男の中の一人は、モオルダアからスケアリーのノートパソコンを奪っていった男である。そして、部屋にはウィスキーの臭いも漂っていた。
モニタ画面には、今別の部屋でおこなわれている検査の様子が映されていた。白衣を着た医師のような者達があの怪物を取り囲んで心電図を確認したり、血液を採取したりしているようだ。血液という表現が正しいのかどうかは解らないが、怪物から採取された体液は人間の血液のような赤い色をしている。
怪物は麻酔をかけられているのか、グッタリとして少しも動き出すような気配はない。それでも万が一に備えて、医師達の周りには迷彩服を着た男達がライフルを持って立っていた。
この作業は一人の医師を中心にして進められているようだった。しばらく続いた作業は、一段落したようで、医師達は計器の数値などを記録していき中心になっている医師に伝えた。そして、それが終わると医師達と迷彩服の男達は全員ガスマスクの装着を始めた。中心になっていた医師もガスマスクの装着のために医療用のマスクをはずしたのだが、この時にその顔が火傷のあとのように爛れていることが解った。
全員がガスマスクを付け終わると、中心になっていた医師が大きな注射器を取り出した。一目見ただけでは注射器と解らないような大きさと機械的な外見をしていたが、その器具の扱い方を見るとそれが注射器だと解った。
医師は注射器を持って先端を怪物の背中に当てた。医師はしばらくの間躊躇してその体勢のまま止まっていた。周りの医師達はこの様子をおかしく思ったのか、互いの顔を見合わせていた。その雰囲気に気付いた医師は、一度怪物の背中に当てていた注射器を離してから、一度注射器を確認するような仕草を見せた。それから、また怪物の背中に注射器の先端をあてると、今度は一気にそれを背中に刺して、中身を注入していった。
怪物は注射器を刺された瞬間に一瞬だけ体を動かしたが、後はそのまま静かにしていた。するとしばらくして、怪物の体が縮み始めた。それと同時に怪物の体の下から、液体が流れてきた。
注射器の中身の成分によって、怪物の体が溶かされているのだろうか。徐々にかさを増していく液体の中で怪物の体は徐々に崩れはじめ、最後には全てが液体と化してしまった。
怪物が乗せられていた台は、この液体がちょうど収まる大きさの箱の役目もしていたらしい。怪物が完全に液体になってしまうと部屋の外から作業員風の男達がフタを持って入ってきて、怪物の箱にフタをした。そして、それを台車の上にのせて、部屋の外へと持ち去っていった。
モニタ画面でこの光景を見届けた男達は無言で立ち上がると部屋から去っていった。途中で一人がウィスキーのビンを持った男に近づいていき、小さな声で「本当にこれで大丈夫なのか?」と聴いたが、ウィスキーのビンを持った男は黙って頷いただけだった。
17. FBLビルディング
モオルダアとスケアリーはキモエを連れてFBLビルディングに戻ってきた。彼らを迎えたのは、キモエの捜索のために組織されたエキストラの捜査官達とスキヤナー副長官だった。
「おいモオルダア!何をやっているんだ!私はすぐに戻れと言ったはずだぞ。こうしている間にもキモエさんは…」
と、言いながらスキヤナー副長官はキモエと目を合わせた。
「キモエさんは自宅にいたので、保護しましたよ」
モオルダアが言うとエキストラの捜査官達はあきれ顔で解散していった。
「自宅にいたって、それはどういうことなんだ?」
なんとなく納得のいかないスキヤナー副長官はモオルダアに聞き返したのだが、自宅にいたのは事実なのだから、それ以上の説明は出来ない。
「それよりも、キモエさんを安全な場所に連れて行かないと」
「ここでも十分安全だと思うが」
スキヤナー副長官はキモエがこのビルから連れ去られたことを知っているのだろうか?モオルダアは辺りを見回してからスキヤナー副長官に向かって小声で話し始めた。
「どうやらエフ・ビー・エルの内部に我々の操作を妨害している者がいるみたいなんですよ。キモエさんを連れ去ったのはクライチ君なんですよ」
「クライチ君って、誰だっけ?」
モオルダアは説明するのが面倒になってきた。
「とにかく、ここは危険なんです。護衛を付けてどこかに隠れていてもらわないと。出来れば女性の捜査官が良いけど、誰か信頼できる人はいませんかねえ」
「さあ、ここにいるのはエキストラばっかりだからなあ。急に言われても手配できないよ。私じゃダメなのか?」
「それはちょっと無理だと思いますよ」
男性恐怖症のキモエには、必要以上に男性ホルモンを感じさせるスキヤナー副長官は向かないだろう。彼らの後ろでこのやりとりをなんとなく聞いていたキモエが話にわって入ってきた。
「あの、護衛の方は誰でも良いです。あたしの変なわがままで迷惑をかけているみたいですし。今はそんなことを気にしている場合じゃないですから」
「それじゃあ、そういうことで私がキモエさんの警護を担当することにするかな」
モオルダアは心配そうに去っていく二人を見ていた。それよりもスケアリーはどこへいったのだろうか?ここへ来てから姿が見えなくなっているが。
朝から捜査にかり出されて、オマケにさんざん恐ろしい目にもあってきたスケアリーは、FBLビルディングに戻って来るなり、ペケファイルの部屋へ向かい椅子に座ると目の前の机に顔を伏せて眠り始めた。眠るとすぐにあの怪物に襲われる恐ろしい夢が始まって、スケアリーはうなされている。
モオルダアは事件が思わぬ方向へ転回したことに盛り上がっているので、眠っているわけにはいかなかった。FBLビルディングの中を駆け回り必要な資料をかき集めていた。とはいっても、この広いFBLビルディングのどこに必要な資料があるのか、見当もつかない。誰かに聞こうにも、ここにいるエキストラ捜査官達はもうすでに帰ってしまったし、スキヤナー副長官はキモエを「安全な場所」に連れて行ってしまったので、残っているのは時給を稼ぐためにいつまでもFBLビルディングにいるバイトの技術者だけだ。
モオルダアは技術者が必要な資料のありかを知っているはずはないと思ったのだが、聞かないよりはマシなので、技術者の部屋へ行ってみた。部屋に入ると技術者はパソコンの画面上をスクロールしていく意味の解らない文字をボンヤリと眺めていた。
「戦時中のことに関する資料を探してるんだけど、キミ知らない?」
技術者はモオルダアがどうして自分にそんなことを聞くのか、と思っていたのだが運のいいことに技術者はその資料のありかを知っていた。技術者はパソコンをいじってそれまで表示されていたウィンドウを閉じて新しいウィンドウを開いた。そこに技術者が何かをキーボードで打ち込むと資料室の場所が表示された。
「4階にある第18資料室ですね」
モオルダアはこのパソコンの作業に驚いている。
「今はそんなこともパソコンで調べられるの?」
「いや、そうじゃなくて、これはボクが作ったデータベースなんですよ。最近ずっと暇だったから、夜に誰もいなくなるとビル内を探検してたんです。それで見つけたものを全部記録していったんですけど。でも運がいいですよ。まだ探検は五階までしかしてませんからね」
「へえ…」
モオルダアは納得したのかどうか良く解らないような返事をしたが、とにかく資料のありかが解ったので技術者に礼を言って部屋を出た。技術者はまた先ほど閉じたウィンドウを開いて良く解らない作業を再開した。
モオルダアは資料を抱えて興奮気味にペケファイルの部屋へと向かっていた。そして部屋の扉を勢いよく開けると、ちょうど悪夢が最高潮に盛り上がっていたスケアリーは悲鳴をあげて目を覚ました。モオルダアがスケアリーを驚かせたのだが、逆に彼はいきなり悲鳴を聞いて驚いていた。
「ちょいと、ノックぐらいしたらどうなんですの?」
まだ息が整っていないスケアリーがモオルダアを睨みつけながら言った。そんなことを言われても、スケアリーはいつもノックもせずにこの部屋に入ってくるのだが。
「いやあ、キミがいるとは思わなかったから。それよりも、すごい物を見つけちゃったよ!」
モオルダアは資料を机の上に置くと、近くにあったキモエの屋敷の青写真も取り出した。
「そういえば、キミはキモエさんと色々話してたみたいだけど、キモエさんのお母さんについては何か知ってる?」
「さあ、知りませんわ。キモエさんはお母様とあまり仲が良くなかったみたいですから。お母様のやっていることが一番気に入らなかったってことですわ。アカバネ48というグループに入って歌ったり踊ったりしてたって話ですわよ」
「なんだそれ?」
「AKBと言う人もいるらしいですわ。東京の赤羽駅周辺で活動するグループみたいなんですけれど、48才以上の女性じゃないとグループに入れないということですわよ」
「それはなかなか面白い作り話だね」
「作り話じゃございませんわ!キモエさんは嘘なんかいう人じゃありません」
「そうじゃなくてね。嘘をついているのはお母さんの方だよ。キモエさんはそれを信じ込まされたんだな。それもなかなか面白い嘘だね」
こんなふうに回りくどい感じでモオルダアが喋っている時には必ず変な話が出てきてスケアリーを困らせるのは彼女にもだいたい解ってきていた。
「何か言いたいことがあるのなら最初にいってくださらないかしら?」
「AKBというのはおばちゃん達のグループ名ではなくて、戦時中から続いているある計画の名前なんだよ」
モオルダアは古びたファイルを取り出してスケアリーに渡した。ホコリを被ったファイルをスケアリーは指先でつまむようにして受け取った。
「なんですの、これ?」
スケアリーは指先でつまむようにしてページをめくっている。
「戦後にエフ・ビー・エルの誰かが調べていた極秘のAKB計画に関するファイルだよ。出増田という名前で探していたらそのファイルに辿り着いたんだ」
「戦後って第二次大戦の後ということですの?」
「そうだよ」
と言ったものの、モオルダアも少し疑問に思うところがあった。一体エフ・ビー・エルっていつから存在しているのだろう?しかし、それを気にしていても仕方がない。
「キモエさんの祖父は軍のために化学兵器を開発していたんだ。その研究の場所があの屋敷だったんだよ。あそこは妙に階段が多かったりして少し変な建物だとは思っていたんだけど、そういう理由があったんだねえ」
「あの階段は使用人が使ったり、家の人が使うためのものですから、特におかしなところはありませんわ。それに、そのAKB計画というのがあったとして、今回の事件と何か関係があるんですの?」
「おかしいのは終戦とともに終了したはずのAKB計画が1947年に再開されているところなんだよ。彼らは気象観測気球だと言ってるけどね〜」
「何ですの、その喋り方は。ムカつきますわ!それに、ロズウェル事件と関係していると言いたいのでしょうけれど、何でもそういうところに結びつけるのはやめていただけるかしら。あんなのは嘘に決まっていますわ」
「でも、あの怪物の姿をみたら、そういうところと結びつけてもおかしくないとは思うけどね。とにかくボクの考えでは、現在でもAKB計画は続いているんだよ。そして、その計画を進めている人物の中にはキモエさんのお母さんがいるはずなんだ」
「どうして、そんなことを言うのか解りませんが、確かにキモエさんのお父様は婿養子で、出増田家の血を引いているのはお母様の方だとキモエさんも言ってましたわ」
スケアリーはなるべくモオルダアの根拠のない推論を否定したかったのだが、思わずモオルダアの推論を裏付けてしまうようなことを言ってしまった。これを聞いてモオルダアはさらに盛り上がってきた。
「もし、今でも計画が続いているとしたらそれはどこでおこなわれているのか?という感じだけど、そこでやっとこの青写真が役に立つんだよね」
モオルダアは青写真を拡げておかしなところがないか調べ始めた。スケアリーも仕方なくそれに付き合ったのだが、最初ににおかしなところに気付いたのはスケアリーだった。
「ちょいと、これおかしくありませんこと?」
スケアリーが指さしたのはあの怪物の絵が飾られている部屋だった。今日の恐ろしい体験から無意識にその部屋に目がいってしまう。そしてそういう体験というのは早く忘れるべきなのにいつまでも鮮明に覚えているものなのである。
「この部屋はこんなに広くありませんわ」
モオルダアも何度かあの部屋に入ったので思い出してみると、やはりこの青写真に書かれている部屋は彼の見たものよりも広い気がする。
「これは今すぐ行って調べないと」
「こんな深夜にあのお屋敷に行くっていうんですの?」
あの怪物が捕らえられた後とはいえスケアリーはあの屋敷は恐いから夜中には行きたくないようだ。
「そんなこと言っても、ぐずぐずしてると証拠がなくなってしまうよ。彼らはいつだってボクらよりも先にいろんな事を片付けていってしまうんだから」
彼ら、って何ですの?と言い返したいところだったがスケアリーはもしかするとあの屋敷で恐ろしい計画が進行しているのではないかと思い、ここは勇気を出して屋敷へ行くことにした。