「隠れ家」

3. 秘密の穴蔵

 キモエはスケアリーの持つ懐中電灯の明かりを頼りにライターを見つけると、それでロウソクに火をつけ始めた。そこにあるいくつものロウソクに火が灯されるたびに二人の逃げ込んだ穴蔵は次第に暖かい光に包まれていった。

「まあ…」

と言っただけで、その後には何も言わなかったがスケアリーが言いたかったのは「ステキ!」という事だろう。辺り一面にぬいぐるみや絵本が置かれているこの場所はいかにも女の子の部屋という感じだった。かなりホコリを被ってはいるようだがそれらがローソクの明かりに照らされている光景は何とも言えない懐かしい気持ちになるものだった。ただしこの場所自体は金属製のトンネルのような作りになっていたのだが。

「ここなら安心です。ここは私と父しか知らない秘密の隠れ家なんです」

「ステキですわね。でもどうしてこんな場所が庭にあるんですの?」

「良くは知りませんが、ここは昔防空壕だったみたいなんです。私が子供の頃庭で遊んでいる時に偶然見つけたんですが、父も母もここの事は知らなかったみたいです。母は家のことなど興味がないみたいで、いつもどこかに出かけていましたから結局母はこの場所を知らないままでしたけど」

キモエは昔を懐かしむように話していたが、スケアリーは外のことを心配していた。しかし「化学兵器処理班みたいな人たち」がいなくなるまでここに隠れていなければいけないのだし、あの怪物のことも気になる。少しぐらいキモエの思い出話に付き合っても良いだろうとは思っていた。なによりも、この空間にいると先ほどの怪物のことが忘れられるような落ち着いた良い雰囲気なのだ。

「あれはあなたが描いた絵かしら?」

スケアリーは壁に立て掛けてある額を指さして聞いた。クレヨンで山のようなものと赤い太陽と人が線で描かれている。

「ええ。子供の頃はここで父に絵を習っていたんです。母は私が画家になりたいと言うのを良く思っていなかったので家では絵を描かせてくれなかったんです。それで父はここで私に絵を教えてくれたんです。教えると言っても一緒に絵を描いて遊んでいた、という方が正しいですけど」

キモエはさらに他の絵を引っ張り出してきて、それらについての思い出をいろいろ語っていった。スケアリーはだんだん飽きてきていたが、話を聞いていくとキモエの思い出には父親のことばかりで母親はほとんど出てこなかった。しかも大人になるにつれて母親とは仲が悪くなっていき、母親が亡くなる直前にはほとんど口も聞かなかったということだ。

「母はいなくなっても父だけにはどうしても助かって欲しかった」

と両親を亡くした事故について語るキモエにスケアリーは何となくキモエのドロドロした部分を知ってしまったような気がして少し嫌な気分になっていた。

「あの、そろそろ大丈夫なんじゃないかしら?きっと庭には誰もいなくなっているはずですわ」

そう言ってスケアリーは庭に出るハッチのところへ向かった。しかし、そこで思い出してしまった。この穴蔵の中の懐かしい暖かさのためにすっかり忘れかけていたあの怪物のことを。

 正直なところスケアリーは自分の前に怪物がいた時のことがほとんど記憶に残っていないのだ。どうして助かったのかさえも解らない。キモエが何かを言って怪物がいなくなったというところは何となく覚えているのだが。スケアリーは一度キモエの方に振り返った。

「先ほどのあの怪物のようなものですけれど…。あなたはあれが何だと思います?」

スケアリーにはどんな答えが返ってくるのかだいたい想像が出来たが、ハッチを開ける前に聴いておきたかった。

「私も見た時は驚きましたけど、やっぱりあの絵には不思議な力があるんだと思います。スケアリーさんが襲われた時も私が止めたらどこかへ行ってしまったし。きっと今頃はまた絵の中に戻っていると思います。だからもう外に出ても大丈夫ですよ」

こんな話は信じたくなかったのだが、先ほどもキモエを見てあの怪物は逃げていった。キモエが大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろうか。もしもまた襲われたとしても、今度は心の準備が出来ているし、不覚にも腰を抜かしてしまうような事はないだろう。

 スケアリーはもう一度ハッチのところに行って手を掛けたが、そうする度に怪物を目の前にしていた時の光景というか恐怖感のようなものが頭の中に甦ってくる。

「まだ出るのはやめた方が良いかも知れませんわね。あの怪物がいなくても他の人達がまだ私達を捜しているかも知れませんから」

嘘をついたスケアリーは自分が情けなくなっていたが、あのショックから立ち直るにはもう少し時間がいるような気がしていた。もう少しこの懐かしい空間に身を置けばいつものスケアリーに戻れるのだと思っていた。