「隠れ家」

4. 夜道

 モオルダアは彼のボロアパートに向かって歩いていたが、途中でこのまま帰ったら「化学兵器処理班みたいな人たち」に見つかってしまうのではないか?というところに気付いた。そうだとしたらどこへ行ったら良いのだろうか、と一度立ち止まって考えてみたが特にいい場所は思いつかない。ローン・ガマンのアジトにはさっき行ってしまったし、ここから行くには少し遠すぎるのだ。

「まあ、大丈夫かな?」

と、何の根拠があるのか解らないが楽観的になっているモオルダアはそのままボロアパートに向かうことにした。

 歩き出すとモオルダアの携帯電話へスケアリーから電話がかかってきた。

「ちょいとモオルダア!どういう事ですの?」

「どういう事と言われても、良く解らないんだけどねえ。キミ達は無事なのか?」

「ええ、一応無事ですけれど、ちょっと問題があるんですのよ。ですからこれからキモエさんの屋敷の裏庭に来てくれないかしら?」

「えっ、また行くの?」

せっかくキモエの屋敷からここまで歩いてきたのに、また戻るのは面倒だった。

「また、って何なんですの?とにかくあたくし達は外が安全かどうか解るまでは外に出られないんですのよ。ですからあなたがキモエさんの屋敷にまだ彼らがいるかどうか確認してもらわないといけないんですのよ。それに、あたくしの大事なノートパソコンがお屋敷の中に置きっぱなしですから、それも心配ですわ」

「ああ、それなら大丈夫だよ。キミのパソコンはボクが守ったぞ。もう事件の証拠はこれ以外にないからね」

「あら、そうでしたの。それは良かったですわ」

「ところで、外に出られないって、キミ達はどこにいるんだ?」

「秘密の隠れ家ですから、あなたには教えられませんわ」

「なんだそれ?!」

なんだか良く解らない気分になっていたモオルダアだったが、とにかくキモエの屋敷に戻ることにした。もうモオルダアのアパートは目の前だというのに。

 しかたなく振り返って歩き出そうとしたモオルダアは後ろから呼び止められた。

「良いものを持っているな、モオルダア」

モオルダアは驚いて振り返ったが、彼を驚かせたのいつもとは違ってはスキヤナー副長官ではなかった。それは夜の闇の中に現れて、モオルダアに事件解決のヒントを与えてくれる謎の男。

「うわぁ、ビックリした」

分かり易く驚いたモオルダアだったが、呼び止めた男の顔には見覚えがある。

「あれ、あなたはいつかの事件で…。ということは今回はまた複雑な事情がからんでいる事件ってことかな?」

「そう思うのかね、モオルダア君。でもそれはキミが知らなくても良いことだ。それにキミの持っているパソコンもキミには必要ないものだ。それはこちらに渡してもらおうか」

謎の男は無表情に言いながら手を差し出してきた。何かの情報が貰えると思っていたモオルダアだったが、今回は逆に自分の持っているものを要求されている。

「それは出来ませんよ。これはボクのじゃないし。それよりもあなたは誰なんですか?」

「それもキミが知る必要のないこと。とにかくそれを渡してもらおうか」

そう言いながら、謎の男はもう片方の手もモオルダアの方に差し出してきた。その手には銃が握られている。

 モオルダアは困っている。彼の持っている銃はモオルダアのモデルガンとは違って本物に違いない。こういう謎の男は本物の銃と決まっているのだ。しかもその銃には消音器までつけられている。この銃を撃つとプスッという音がして撃たれた人は情けなく殺されてしまうのは映画で何度も見ている。これはかなりまずい状況である。しかし、ここでパソコンを渡してしまったら、後でスケアリーに会うのはもっと恐ろしい。それよりも、この謎の男はモオルダアがパソコンを渡そうが渡すまいが彼を撃つつもりなのだろうか?

「ぐずぐずしている暇はないんだ。ここで死にたいのか?それとも真実をつきとめたいのか?どっちなんだ?」

謎の男は目を血走らせながら、さらにモオルダアの方へ銃を近づけてきた。どうやら本気のようだが、パソコンを渡せば命は助けてくれそうだ。モオルダアは「はい」と言いながら謎の男にパソコンを手渡した。

 パソコンを受け取った謎の男は銃をしまうとモオルダアの方に鍵を放り投げた。受け取ったモオルダアがそれを見ると、それはコインロッカーの鍵のようだった。

「キミに必要な情報はそこにある」

謎の男は謎めいた表情を変えずに言うと、足早にその場を去っていった。

 しばらく謎の男が遠ざかっているのを見つめてしまったモオルダアだったが男の姿が見えなくなるぐらいになって「もう少し分かり易くして欲しいなあ」と思った。一体この鍵はどこのコインロッカーの鍵なのだろうか?


 モオルダアはスケアリーのノートパソコンを奪われた事をどうやって言い訳しようかと考えながらキモエの屋敷に向かっていた。キモエの屋敷に向かうには駅の階段を使って線路の反対側に出るのが一番近い。モオルダアは駅に着いたところでポケットにしまってあった鍵を取り出した。この駅のコインロッカーの鍵なら都合が良い。もしかするとロッカーの中にはパソコンなんかよりももっと重要な証拠が入っているのかも知れないし、そうしたらスケアリーのノートパソコンの事はなんとかごまかせるかも知れない。

 モオルダアは鍵に書かれた数字と同じ13番のロッカーを探した。わざとこの数字を選んだのかそれとも偶然か知らないが、モオルダアはこの不吉な数字に意味もなく期待してしまった。

 13番のロッカーには鍵がついていなかった。モオルダアは祈るような気持ちで鍵を回した。ここのロッカーでないとしたら、一体どこのコインロッカーを探せばいいというのだろうか。

 モオルダアの願いが通じたのか、鍵が回ってロッカーの扉が開いた。「よしっ」っと小さくつぶやいたモオルダアだったがそこにあるものをみて少しガッカリだった。そこには書類を入れるのに使うような大判の封筒が一つ入っていただけだった。

「たったこれだけなら、さっき渡してくれたらいいのに」

モオルダアは不満そうに封筒を取り出すとキモエの屋敷へ向かって歩き出した。