「隠れ家」

15. 秘密の穴蔵

 スケアリーに続いてモオルダアが中に入ってハッチを閉めた。ここへ入ってくるところを特殊部隊に見られていないか心配で、二人は黙って様子をうかがっていたのだが誰も二人には気付いていないようだ。

 スケアリーはキモエがやったのと同じように、ライターを探してローソクに火をつけた。次第に明るくなるこの秘密の隠れ家に対するモオルダアの反応はスケアリーの時とはまったく違っていた。モオルダアだったら、こういう場所は「秘密の隠れ家」ではなくて「秘密基地」にしたがっただろう。モオルダアはコンピューターとか監視カメラの映像を表示するモニタとか、そういう物ではなく大量のぬいぐるみや絵本が置かれているこの場所に少しガッカリした。

 一瞬の落胆の後にモオルダアはそんなことを気にしている場合ではないことを思い出した。

「これは一体どういうことなんだ?」

モオルダアの言う「これ」とはこの「秘密の隠れ家」も含めて色々なことを表す「これ」になってしまっている。

「あれは一体なんなんだ?」

今度の「あれ」はさっき彼が見た怪物のことだろう。

「あたくしの見たものはやっぱり本物だったのですわね」

「キミはあんな怪物に襲われたの?よく無事でいられたねえ」

「それはあたくしにも良く解らないところなんですのよ。あたくしが銃を持っていたからあれが逃げたのか、それとも他の理由があったのか知りませんけど…。とにかく、さっきの人たちはあの怪物を生きたまま捕らえたかったようですわね。それよりも、あのクライチって方は何なんですの?あの方はFBLの捜査官じゃなかったんですの?」

「なんか、どうやら違うみたいだよ」

二人はやっとクライチ君の正体に気付いたようだ。

「それよりもボクは気になるんだけどねえ。前の事件でキミが見つけた人間とトラのDNAを併せ持つ動物のことだけど」

「何なんですのそれ?」

スケアリーはあまり興味がなくなっているので忘れているのかも知れませんが、シーズン2の最初の二つのエピソードで彼らが追っていた謎の生物のことです。

「もしかして、あなたは先ほどの怪物は人間と何かの動物を掛け合わせた生物だとおっしゃりたいの?」

「まあ、ボクの知る限りではさっき見たような動物はどんな図鑑にも載ってないからね。もしも、あれが人間によって作り上げられた生物でないとしたら、あれは宇宙人かも知れないしね。…もしくは絵から飛び出してきた妖怪かな?」

宇宙人と言ったところでスケアリーからの反論があると思っていたモオルダアは、最後にちょっとおどけて見せたのだが、ただスケアリーの気分を悪くしただけのようだった。スケアリーは眉間にしわを寄せて、なんとかして自分で納得のいく説明が出来ないかを考えていた。

 ちょっとした間の悪い沈黙を破ったのはモオルダアの携帯電話だった。電話の音に軽くビビッたモオルダアが電話に出ると、それはスキヤナー副長官からだった。

「おい、モオルダア!何やってるんだ?」

「何って言われても、色々やってますよ」

「それはどうでも良いんだが、キモエさんの姿が見えないんだがキミ達と一緒なのか?」

「キモエさんは一緒じゃないですけど…」

ここでモオルダアが本当のことを言う前に彼の少女的第六感が何かを訴えかけてきていた。FBLの捜査官だと思っていたクライチ君は実は謎の組織の一員であると解った。それと同様にFBLの人間だからといって誰にでもかまわず本当のことを伝えて良いのか解らないのだ。スキヤナー副長官がそうでないにしても、キモエが連れ去られたことをスキヤナー副長官に伝えてFBLが対策を講じるとなれば、どこかからペケファイルの二人があの怪物の捕獲作戦を目撃したことも知られてしまうかも知れない。

「…姿が見えないってどういうことですか?それは大変な事ですよ!」

「いやあ、そうなんだがね。キミ達がいないからてっきり一緒にどこかへ行ったのかと思ってね。ということはすぐに捜索を始めないといけないな。キミ達もすぐに戻って来るんだぞ!」

すぐに戻れそうにはない状況だが、モオルダアは了解して電話を切った。

「ボクらはいつまでここにいれば良いんだろう?」

モオルダアはスケアリーに聞いたが彼女に解るわけはない。

「ここが見つからない限り、ここはとても安全な場所ではあるんですけれど、ここにいると外の様子がまったくわからないのが難点ですわね」

「秘密基地にピッタリな場所なんだから、せめて潜望鏡みたいな物でもあればいいんだけどなあ。普通はそうするけどね」

そうするのはモオルダアだけだと思うが。モオルダアは拳骨を作って頭のすぐ上にある天井を軽くたたいてみた。モオルダアが思っていたよりも硬かったようで彼は手を振りながらその手を引っ込めた。

「いったいここは何のための場所なんだ?」

「さあ、知りませんわ。キモエさんが言うには防空壕だった、ってことですけれど」

「それにしては少し豪華すぎないか?入り口のハッチにしたって大げさすぎるよ。防空壕というより、ちょっとした核シェルターって感じもするしね」

「でも、戦争の頃ってここの家が一番栄えていた頃でございましょう?ですから、こんな防空壕を作ってもおかしくはありませんわ」

「まあ、そうかも知れないけど」

まだ何かを言いたそうだったがモオルダアはそれ以上言わなかった。

 お互い何かを考え込んで、しばらくの間沈黙が続いていたが入り口のハッチを誰かが開けるような音が響いてきて、二人は慌てて身構えた。始めは誰かがハッチの上を歩いたり、物が落ちて来ただけかとも思ったのだが、誰かがハッチを開けようとしているのは確かなことのようだ。

 スケアリーはロウソクを全て吹き消してから銃を取り出して入り口の方へ向けて構えた。モオルダアが同じようにしてモデルガンを構えていることは言うまでもないが。

 真っ暗になった穴蔵の中にハッチを開ける音が聞こえてくると入り口の付近が月明かりに照らされて少しだけ明るくなった。それが誰だかは確認できなかったが、誰かがこの穴蔵に入ってくるのは解った。そして、その人物が入り口を閉めるとまた再び穴蔵の中は真っ暗になった。

「エフ・ビー・エルですのよ!そこを動かないで!」

スケアリーが懐中電灯のスイッチを入れて侵入者を照らすと同時に大きな声で言った。そこに照らし出されたのは心臓が止まるぐらいに驚いているキモエだった。

 驚きのあまり言葉も出ずに目を見開いているだけのキモエを見て、モオルダアは本当に心臓が止まってしまったのではないかと思って心配になった。キモエはなんとか今のパニック状態から立ち直ろうと必死だったようだ。言葉にならない声を何度か漏らした後にやっとのことで「スケアリーさん…」という言葉を言うことが出来た。

「あら、キモエさんじゃありませんか」

スケアリーはキモエに向けていた懐中電灯を自分の顔に向けた。胸の下から照らし出されたスケアリーの顔を見て、モオルダアは軽く驚いたが、これは前の事件でも経験しているので悲鳴をあげるまでではなかった。

「あたくしですのよ。スケアリーですわ。あなたは彼らから逃げることが出来たんですの?」

キモエはまだ普通に喋ることが出来ない状態だったようで、しばらく呼吸が整うのを待ってから答えた。

「彼らはもういなくなりました。この家に誰もいないということを確認したら引き上げて行ったようです。でも私はもうあんな恐い思いはしなくなくて、それでここに隠れていようと思ったんです。きっとスケアリーさんならここに居る私を見つけてくれると思っていましたし。でも、私よりも先にスケアリーさん達がいるとは思っていなかったから」

キモエはスケアリーの顔を見て安心しているようだったが、スケアリーはこれを見て申し訳ない気持ちになっていた。キモエがクライチ君に連れ去られたのはほとんど彼女の責任なのだから。

「あたくし、あなたに何と言って良いのか、ホントに申し訳ありませんでしたわ。あなたの安全を第一に考えなくてはいけないのに、あなたを一人にしてしまったりして…」

「それは良いんです。どうせ、あれを捕まえるには私が必要だったはずですから。あれは存在していてはいけないものなんです。私を守ってくれたのかも知れませんが、そのために関係のない人まで犠牲になってはいけないのです。だから私を誘拐したあの人達は、私をおとりにしてあれをおびき出したに違いありません」

「問題は、どうしてキモエさんをおとりにする必要があったのか、というところだよね」

このモオルダアの質問には何か裏があるような感じもした。キモエもその意味に気付いていたようだ。

「私も始めはどうして自分が誘拐されたりするのか解らなかったのですが、あれが先ほど私の乗せられた車のすぐ後ろまで迫ってきた時に気付いたんです。それは私がここへ連れてこられる途中のことでしたけど。あれが私の乗った車を追いかけてきてすぐ後ろまで迫ってきたんです。その時私はあれの目を見て全て解りました」

キモエが自分の知った真実を二人に話すのに少し興奮していることに気付いて、少し間をあけてからまた口を開いた。

「始め私は本当にあの絵からあれが飛び出して私を守ってくれていると思っていました。おかしな事だと思われても仕方ありませんが、私は常にあれが私を守ってくれていると思えたからこれまで一人でもなんとかやってこられたんです。でも私が間近に見たあれの目はそれが間違いだと言っていました。あれは絵から飛び出した魔物なんかではなくて、私の父だったのです」

ロウソクに火を点けながら聞いていたスケアリーの手がここで止まってしまった。ここにある半分のロウソクに火を点け終わって、中は明るくなっていたのでスケアリーの「そんなことはあり得ませんわ!」という表情がよく見えた。

「でも、あなたのお父様は二年前の交通事故で…」

「私の両親の死が曖昧だと言ったのはあなた達でしたけど」

確かにそうなのだが、どうしてキモエの父親があんな怪物になるのかスケアリーには理解できなかった。

「どうやらすごいことになってきたみたいだよ、スケアリー」

モオルダアの目は輝いていたが、スケアリーはいまだに「そんなことはあり得ませんわ!」という表情のままである。