11. FBLビルディング・13階
モオルダアは始発で古野方区から帰ってきたのだが、交通の便が悪すぎる場所からだったのでモオルダアがFBLビルディングにやってきたのは他の職員たちが出勤してきたよりもかなり後だった。普段から地下にあるペケファイル課の部屋で適当にやっているので、遅刻とかそういうことは全くどうでも良い立場のモオルダアでもあるのだが、急いでやって来たのにはそれなりの理由があった。
モオルダアがエレベーターを13階で降りてスキヤナーの部屋へ入ると、まず彼の秘書の女性と目が合った。彼女は恐らくこの話の最初の方で彼に電話をかけて来た女性だろう。なぜかシーズンが進む度に豪華になっていくFBLなのだが、ここに秘書がいるのはいつ頃からだっただろうか?とモオルダアは思った。それはどうでも良いことだが、秘書はいきなりやって来たモオルダアを見て戸惑いながらも、スキヤナーのいる部屋に勝手に入れるのはマズいと思ったのか、立ち上がってモオルダアを制止するようなそぶりを見せた。しかし、急いでいるモオルダアはイチイチ説明しているのは面倒だと思ったので、自分はここに入っても大丈夫な人間だという感じでドアの方へ進むと、彼女に「電話はつながないように」と指示した。秘書はどういうことなのか解らないようだったが、すでにモオルダアはドアを開けてスキヤナーのいる部屋へ入ってしまっていた。
「アイツの名前が知りたい。アイツの全ての情報を知りたいんですよ」
急ぎすぎなモオルダアは部屋に入るなりこう言った。スキヤナーは何のことだか解らずにいきなり入って来たモオルダアを見てちょっと驚きながら「なんだ?!」と返事をした。
「ウィスキー男ですよ。アイツを燻りだして極悪人としてさらし者にすべきです」
「何を言っておるのだね?」
いきなりやって来てワケの解らない事をいうモオルダアに少し腹を立てたのか、スキヤナーは立ち上がったが、その時にスケアリーが間に入った。
「あなたどこにいたんですの?」
それよりも、なんでスケアリーがここにいるのか?ということでもあるが、捜査に関する報告のためにここにやって来て、ちょうどその時にこの部屋にブルボンのロアールが置いてあったのを見つけたので、紅茶を飲みながら食べていたところだった。食べかすなどはモオルダアが入って来た時にとっさに片付けられたのだが。
「ボクの昔住んでいた家だよ。古野方区の」
モオルダアは言いながらミスター・ペケにもらった写真をポケットから取り出してスキヤナーに渡した。
「アイツのせいで母親は病院に運ばれることになったんですよ」
写真にはモオルダアの母親とウィスキー男が口論している様子が写されている。それを見たらスキヤナーも、ちょっとただ事ではないな、と思ったようだ。
「これ、どこで手に入れたんだ?」
「いや、それはどうでも良いんじゃないですか。こいつの居場所を知ることが重要なんですよ。彼はなんて名前なんですか」
「私は彼の名前など知らないぞ」
「じゃあ、誰が知ってるって言うんですか?」
モオルダアは珍しく激しい口調になってきた。スケアリーは何でそんなに怒っているのかしら?と思ったが母親が倒れた原因がウィスキー男だというのなら仕方のないことだろう。そして、スキヤナーはモオルダアにつられて声を荒げ始めていた。
「いいか、こういうヤツらというのは名前など持たないんだよ」
「それなら、見つける方法ぐらいは教えてくださいよ!」
スキヤナーはちょっときつい口調で言ったらモオルダアがビビると思ったのだが、今回はそうでもなかったようだ。恐らくモオルダアは何かに気づいてしまっている。そういえば、スキヤナーの部屋にウィスキー男がいるのを何度もモオルダアに見られていたはずだ。スキヤナーは少し落ち着いた口調に戻って話し始めた。
「一時期の私ならキミに何かを教えられたかも知れないがな。それは昔のことで、今は彼と連絡を取ることは出来ないんだ」
そう言われるとモルダアもこれ以上追求できなくなる。
「アイツはファミレスのあの男のことを知っているに違いないんですよ」
男と言うのはジエイレマイのことだろうか?
「ちょいと、何を言っているんですの?」
「アイツは彼を殺そうとしているんだよ」
「モオルダア、ちょっと待ってくださいな。彼は昨日ここにやって来たんですのよ。それも自ら進んでですのよ」
「えっ?!」
どうやらおかしな事になってきたようで、モオルダアは拍子抜けな反応をしてしまった。
「それに供述書もありますし…」
「今どこにいるの?」
「あの方は厚労省関連の機関で社会保険に関する仕事をしているそうですけれど」
これは何かがおかしい。モオルダアは言いしれぬ不安が徐々に心の中に広がっていくのを感じていた。そして、次の瞬間には少女的第六感が彼に何かをささやくのだろう。何を?と言われても明確な言葉ではないのだが、それを聞いたらモオルダアはじっとしているワケにはいかなくなるような、そんなささやきなのだ。モオルダアは何も言わずにそのまま部屋を出て行ってしまった。
スケアリーは「何なんですの?!」という表情でモオルダアを追いかけた。