「多利佐久美」

02

 事件後、辺りはまだ騒然としているところへFBLの二人がやって来た。スケアリーはFBLの身分証を見せながら現場にいた救急隊員に近づいてきた。

「怪我人はどこなんですの?」

一般人を巻き込んだ発砲事件と聞いて、スケアリーはいつになく緊張感のある表情をしていた。

「なんですか?」

救急隊員はというと、妙に落ち着いていた。

「人が撃たれたんでございましょ?怪我人はどこなんですの?」

スケアリーはどうしてこの救急隊員はこんなに緊張感がないのか?と疑問に思いながら聞き直した。

「みなさん中にいますけど。怪我人はいませんよ」

やっぱり救急隊員は拍子抜けした感じの返事しか返してこなかった。スケアリーは「何なんですの?!」と思いながらファミレスの中に入っていった。そこへ今度はモオルダアがやってきた。

 考えてもみればFBLのペケファイル課の二人が呼び出されるということは、それなりにヘンな事件なので、この救急隊員の様子もわからないでもない。モオルダアはそれを解っているのか、いないのか知らないが、スケアリーとは違って何かあると思っているような質問を救急隊員にした。

「あなたが最初に対応した救急隊員ですね。何があったのか聞かせてくれませんか?」

「もうワケが解りませんよ。人が撃たれて倒れているってことで、中に入っていったんですよ。だけど誰も倒れてなんていないし。何しに来たんだかわかんないですよ、まったく」

この現場の慌ただしさからはかけ離れた救急隊員の話し方だった。これは他を当たった方が良さそうなので、モオルダアは頷いてからその場を去っていった。

 ファミレスの中に入ったスケアリーはこれまた拍子抜けしている感じの男を見つけた。スーツを着ていたが、その風貌からして警察の人間であることはすぐに解った。スケアリーは先程の救急隊員とのやりとりで「何なんですの?!」という状態のままなので、彼女がイラついているような状態なのは誰の目にも明らかだった。だが彼女に話しかけられた男は特に慌てる様子もなかった。それ以上におかしなことがここで起こっている。そういうことなのかも知れない。

「あたくしはFBLのスケアリーですのよ。あなたは警察の方ですわね。ここで起きたことを説明出来る目撃者はいらっしゃるのかしら?あたくしは詳しく話が聞きたいんですのよ」

聞かれた男は、そういうことを聞かれるのはだいたい解っていたようだったが、その質問に答えるのはあまり気が進まないという態度でゆっくりとスケアリーの方に振り返りながら説明した。

「私は全部見ていたんだがね。恐らくキミに納得のいく説明をしてくれる人はここにはいないと思うよ」

恐らくこの刑事風の男は通報によって駆けつけて来た中の一人で、立てこもった犯人が銃を撃ったり狙撃されたりしたのを見ていたのだろう。それにしても、ここにいる人達はさっきからヘンなことばかり言いますわね、とスケアリーは思って少し不安にさえなってきた。ここで一体何が起きたというのだろうか。

「それで、何を見たんですの?」

「彼に話を聞いてみたら良いと思うがね。彼は犯人に撃たれたんだ」

刑事風の男が見た先には、最初にこの現場から逃げようとして撃たれた男が立っていた。この男が身勝手な行動を起こさなければ、こんな面倒なことにはならなかったのだが、ここにいる人間たちはそこまで覚えているかどうかは解らない。恐らくその後に起きた奇跡のためにそんなことは忘れられているのだろう。

 それはともかくスケアリーはその撃たれたという男の方を見た。撃たれたはずの男が普通に彼女のすぐ近くに立っていた。男の方も刑事が自分のことを話したので、そろそろ自分の出番だという事に気づいて、状況を説明する準備を始めたような感じだった。

 しかし、撃たれたってどういうことですの?というのがスケアリーの反応である。スケアリーでなくても銃で撃たれたはずの人間がそんな風に立っているのはおかしいと思うのは当然である。

「あなたが…、撃たれたって言うんですの?」

「ええ、そうですよ。ほら、ここです。ちょうど胃のところです」

話す準備が出来ていた男はわかりやすく説明するために弾丸がシャツに空けた穴をスケアリーに見せながら説明した。

「確かに撃たれたんです。そしてその後に気づくと床に私は横たわっていて、手足が動かないし、口の中には血の味もしました」

そんな状態では命が危ないのは知っているスケアリーは弾丸が穴を空けたシャツをめくって、無意識のうちに男の腹部を確認していた。そこには筋肉質でもなければブヨブヨでもない、一般的な中肉中背男子の腹部があるだけだった。男はさらに説明を続けた。

「その時、私はあの人の顔を見たんです」

「誰ですの?」

「犯人を説得しようとした人です。誰も傷つけてはいけないって言ってた、あの人」

「その人が何かをしたんですの?」

「あの人は私に触れました。それから、もう大丈夫ですって言ったんです。…そうしたら、なんと手足に感覚が戻ってきたではありませんか!」

男は興奮を何とか抑えながら話しているような状態になっていた。確かに奇跡が目の前で起きて、しかもそれが自分に対して行われたことなら興奮しないわけはないのだが。スケアリーはそんな話は安易に信じない質なので、また「何なんですの?!」と思いながらさっきの刑事風の男の方を振り返った。彼は彼で「ほらね」という感じだった。


 一方で、モオルダアはスケアリーと一緒に店内に入っても仕方ないと思ったのか別の場所で話を聞くことにしたようだった。彼はパトカーに閉じ込められている犯人の元へと向かった。車の中の犯人は虚ろな目をしてボンヤリと窓から外を眺めていた。モオルダアがパトカーのドアを開けて彼の隣に座ってやっとのことで我に返ったようでもあった。犯人はモオルダアの方へ振り返った。

「あんたは?」

「モオルダアです。FBL捜査官の」

犯人の様子がどこか変なのでモオルダアの様子もちょっと変に思えた。とにかくモオルダアはこの犯人から話を聞かなければいけない。ここでは異常な事件が起きたに違いないのだから。

「えーと。捜査に関する話は聞いてますよね。権利みたいなそういうのとか。…まあとにかく、話してくれませんか?一体ここでは何が起きたんですか?」

そう言ったモオルダアがちょっと不自然な話し方だったのは無理もない。男はモオルダアの言うことを聞いているのかいないのか解らないような様子で遠くを見つめるばかりだったのだ。彼の目の前で起きた奇跡が何度も彼の頭の中で繰り返し再生されているのかも知れない。

「神が…、私は再びこの世に生まれた。…私の魂を憐れみ、そして私の罪を洗い流してくれた…」

やっぱりおかしなことが起きているとモオルダアは思った。しかし、これはスゴいことかも知れないと思って少し盛り上がってきてもいた。モオルダアはこれまでよりも真剣な表情になっていた。

「それはどういうことかな?」

「私に手をさしのべて癒してくれたんだ。あの人の手のひらで…」

「それって、どの人?」

「あの人さ」

男はまだ遠くを見つめたまま喋っていた。「あの人」と言っても、その視線の先に誰かがいるわけではない。それは雲の上のあの人ということなのだろうか?さっきからずっと、この男はこの世界にあるものが見えてないような、そんな様子で喋っていた。そして続けた。

「…聖人だよ。思うんだが、あの人は神なんだ。そうに違いないんだよ」

そう言いながら男はモオルダアの方へ目を向けた。まっすぐな瞳で見つめられながら「神を見た」と言う男はちょっとモオルダアを動揺させたようだった。モオルダアは何かを言おうとしたが上手い言葉が出てこない感じだった。


 モオルダアがパトカーから出てくるとスケアリーがちょっとプリプリした感じで歩いてきたところだった。犯人から変な話を聞いたモオルダアはそんなことは気にせずに話し始めた。

「キミは話を聞いたの?」

「聞いたの、って誰にですの?」

「犯人が言うには、誰かが手のひらで彼の傷を治してしまったってことだけど」

「それが、いないんですのよ!」

「これだけ警官がいるのに?」

スケアリーがプリプリしているのはこの先に彼女が説明することのせいでもあった。ただしそれは事実でもあるので、彼女はそのまま話すしかなかった。

「その方はちゃんと保護されていたんですのよ。それで警察の方たちも話を聞いたりしていたのですけれど。でも、どういうワケだかその人はいなくなってしまったのよ」

スケアリーの予想どおりモオルダアはそれを聞いて盛り上がっている様子だった。

「煙のように、ってやつか?」

「跡形もなく消えましたわね」

モオルダアが盛り上がるとスケアリーが呆れるのはいつものことでもあった。