「多利佐久美」

08. FBLビルディング

 全くなんなんですの!?とスケアリーは思っていた。あれから何度もテレビ局から入手した映像を確認していたのだが、何度見たって何も解らない。おじさんが立っていた場所に、次の瞬間に別のおじさんが立っていた。だからなんだって言うんですの?としか思えない。そんなことは有り得ないことなのだし。解った事と言えば、最初のおじさんは「おじさま」という呼び方が似合いそうで、次のおじさんは「オッサン」という感じがした。そのくらいだった。せめて入れ替わる瞬間が映っていればそこにどんなトリックがあるのか解るのだが、カメラの前を横切った何者かの影のせいで入れ替わる瞬間が写っていない。まあいってみれば、その人影がトリックでもあるのだが。スケアリーはそこに腹が立っていた。

 腹が立つとお腹も減る。スケアリーは映像の解析は投げ出して外のコンビニへ行くために一階までやって来た。出口に向かって歩く間に、今日はエリーゼなのか?ルフィールなのか?ということを考えていたのだが「あら、なんですの…!」と思って立ち止まった。彼女の目の前に「おじさま」が現れたのだ。さっきから映像で何度も見た「おじさま」である。彼はビル内に入るためにセキュリティーチェックを受ける順番を待っているところだった。

「あの、失礼ですが、あなたはジエイレマイ・ヤスミツ様じゃございませんか?」

スケアリーが少し戸惑いつつも訪ねると、おじさまは静かに振り返った。

「いかにも。私はジエイレマイです。テレビを見ていたらおかしな事になっているようなので、こうしてやって来たのです。まさかテレビで私の写真が写されるなんて。あれは間違いですよ」

ペケファイル課の部屋で何度も見た「テレビの画面から消えた男」が目の前にいる。スケアリーは幽霊か何かを見ているようなヘンな気分でもあった。それに、スケアリーは知る由もないのだが、彼はスーツ男たちに捕まって独房に閉じ込められたはずではなかったか?いずれにしても、スケアリーはどうしてこんな展開になるのかしら?と思ったのだが。それに間違いとはどういうことかしら?とも。とにかくここで彼から話が聞けるのなら少しは話が進展するに違いない。

「あの、こちらへ来ていただけますか?」

スケアリーはジエイレマイを連れてビルの中へと戻っていった。


 スケアリーがジエイレマイが来たことを報告すると、彼女の上官であるスキヤナー副長官とその他数名が待つ部屋で彼から話を聞くことになった。スケアリーはスキヤナーと一緒にいるこの人たちは誰なのかしら?とも思ったのだが、恐らく副長官と同じクラスかそれ以上の役職の人間であろう。ちゃんとした人ならいないよりいた方がマシなので、その辺は気にしなくても良い。

 ジエイレマイは部屋に入ると落ち着いた様子で椅子に座った。ここにいる人達はジエイレマイがあの現場にいたのか、そして例の奇跡を本当に行ったのか、ということが聞きたいに違いなかったが、いきなりそんなことを聞いても恐らく話してはくれないだろう。それに、彼はテレビのニュースでやっていることが間違いだとも言っていた。まずはそれがどういうことなのか、とかその辺から話を聞くことになったようだ。

「ええ、確かに私はその現場にいて。…そうです、私は男に銃を下ろすように言ったんです。なんて言うか、それは夢を見ているような感覚で。自分が自分でないような…」

スケアリーはこれから何かおかしな話が始まるのではないか、と嫌な気分になりそうだったが、あの場所で起こったとされることが本当なのかどうかも確かめる必要もあった。

「報告によりますと、その後に超常的とでもいいましょうか。不思議なことが起きたと聞いたのですけれど」

「ええ、そのようですね。テレビではそう言っていましたけど…」

この後にジエイレマイが何を言うのかと一同が耳をそばだてた。しかし、ジエイレマイは多少期待を裏切ることになってしまった。

「正直なところ、私は何も覚えていないんですよ。全く」

覚えてないのにニュースが嘘だというのもちょっとおかしくないか?と思うのはみんな一緒だったようだ。

「あなたはウソの住所を警察に教えて、聞き取りの最中に姿を消しましたね」

部屋にいた一人がしびれを切らせたように口を開いた。人が忽然と消えるなんてことは有り得ないと思っているので、こんな風にやって来て曖昧な説明しか聞けないとなると、少し苛立っても来るのだろう。

「スイマセンが、覚えてないんです」

「なにか覚えてることはありませんか?」

今度はスキヤナーが聞いた。どうでも良いが「こっちの方が良い質問ですわ」とスケアリーは思った。ジエイレマイはちょっと記憶をたどるようなそぶりを見せてから話し始めた。

「覚えているのは、翌日になって仕事場にいるところからですかね。その前までは何も覚えていないんです」

「社会保険に関するお仕事ですよね」

ジエイレマイは頷いてからちょっと考えていた。そして、今度は彼がFBLの人達に聞いた。

「あの、これって私が何か悪いことをした、ってことになるのですか?」

「いいえ、あなたは何の疑いもかけられていませんわ」

「じゃあ、これで帰っても良いですか?」

それで問題は無かったがスケアリーは自分が言うことではないと思ってスキヤナーの方を窺った。そしてスキヤナーが答えた。

「ええ、けっこうですよ。ただし、この件が解決するまで遠出をする時には我々に連絡するようにしてください」

ジエイレマイはそれを聞くと頷いてから静かに立ち上がると部屋を出て行った。その姿を見送りながらスケアリーは「わざわざ沢山の捜査官を集めて話を聞いても、下手な質問で何も解りませんでしたわ。これってもしかしてあたくし一人で話を聞いた方が良かったんじゃないかしら?」と思っていた。そこへスキヤナーがこの件に関して意見を求めようとスケアリーを声をかけたので彼女はちょっと焦りながらも冷静に振り返った。そして、首をゆっくり横に振って「何も言うことはありませんわ」という感じで上手いこと誤魔化した。