「多利佐久美」

10. 都内の刑務所

 ここは職場からスーツの男たちに連行されたジエイレマイが収容されたはずの刑務所。本当ならここにジエイレマイがいるはずなのだが、先程はFBLビルディングに現れたりもした。彼には何が起きているのだろうか?最初に起きたことを考えてみると、彼は重傷者を魔法のように癒してしまった男でもある。彼は一体何者なのか。そして、まだこの刑務所にいるのだろうか?

 ウィスキー男はいつものようにビンから直接ウィスキーを飲みながらこの刑務所にやって来た。もちろん目的はジエイレマイに会うためである。彼が収容された独房に来ると、扉が重苦しい音をたてて開いた。そして、光の全く差し込まない独房内に外からの光が差し込んで中を照らし出した。そこにはやはりジエイレマイがいた。全身を拘束具で固定されて椅子に座った状態である。いくら奇跡を起こした男といえども、この状態から抜け出すのは不可能なのだろうか。

 ウィスキー男は独房の中に入るとジエイレマイの頭を固定しているベルトを外した。それを着けている間は頭を左右に向けることすら困難なほど厳重だったが、今はやっとまともに話が出来るような状態になった。ジエイレマイはウィスキー男の方をまっすぐ見つめていた。そして、ウィスキー男も彼を見ながらウィスキーを一口飲むと、彼の前の椅子にゆっくり腰掛けた。

「大変な事をしてくれたな」

ウィスキー男はジエイレマイを威圧するような目つきで話し始めた。

「キサマのしたことでどんな厄介なことが起きるか解っているのか?」

「私は自分のしたことに誇りを持っておるよ」

ジエイレマイはここでも落ち着いた口調で話していた。

「誇りだって?なんたる自惚れだ。その自己満足のために我々の偉大なる目的を台無しにするつもりか?」

ウィスキー男の口調には次第に怒りがこもってきているようだった。

「私はもう偉大なる目的なんてどうでもイイと思っているんですよ」

「どうやらキサマは死ぬ運命にあるようだな」

「あなたに私の運命は決められない。あなたにはそんな権利もないし理由もない。解っているはずですよ」

ウィスキー男は脅しに動じないジエイレマイに苛立ってきたようだった。そしてウィスキーをいつもより多めに飲み込むと怒鳴りたい感情を抑えつけるようにして話を続けた。

「キサマは自分のしたことの重大さが解っていないんだよ。ヤツらにどんな影響を与えたか解らないか?ヤツらに希望など与えて何になる?」

「あなたは彼らに何を与えるというのですか?」

「我々は幸福を与えている。そして、彼らは我々に権威を託す」

「その権威は彼らの自由を奪う見せかけだけの民主主義というものだな」

「人類に自由は必要ないんだよ。自由を手にするにはヤツらは弱く、腐敗して、価値もないし不安定だから。人々は権威を信じる。ヤツらはもう奇跡や啓示を待ってはいないんだよ」

持論を語るウィスキー男は少し盛り上がって来て、ウィスキーを飲もうか、話を続けようかという感じでウィスキーのビンを口に近づけたり離したりしながらさらに続けた。

「今や科学こそがヤツらの宗教なんだよ。大いなる真理みたいなものはヤツらには意味がない。計画が実行されれば解るだろう」

「だが、今や科学こそ危険じゃないですか?より複雑で、誰もが好き勝手に自分の科学を信じている。そこに聖典があるわけでもないし、あったとしても誰も読まない。それを科学と思えば科学的と盲信するんです。昔のように神秘や奇跡で人々を導くことの方が楽なはずですよ」

「残念ながら、今では奇跡も科学が起こすと誰もが信じているんだよ。そして我々も奇跡を起こす」

「その奇跡のために人類はどれだけの代償を払うのでしょうね?」

「代償など問題ではないよ。それは当然起こりうることだ。もう決まっているんだよ」

根本的に考え方の違う二人が話してもそれが交わる場所はないようだった。ジエイレマイは少しうなだれた。しかし、それはウィスキー男を説得することを諦めた仕草ではなかった。うなだれたジエイレマイが再びウィスキー男を見た時に、そこにいたのは別人だったのだ。あの事件現場でやったように、ジエイレマイは別の人間の顔になったのだ。

 その顔を見てウィスキー男は思わず息をのんでしまった。どんな時でも冷静に物事に対処できるはずのウィスキー男だったが、珍しく動揺が隠せない様子だった。ジエイレマイの顔が突然別の人間の物になったことも驚きだったのだが、それ以上に目の前に現れた顔が彼の良く知る顔だったことが彼を動揺させたようだった。

 そこに現れたのは、ウィスキー男達に暗殺されるのを恐れて降板した怒百目鬼(ドドメキ)さんだった。ウィスキー男たちが隠蔽している情報を少しずつ外部に漏らしていた彼の降板は、彼の暗殺に成功したのと同様の意味があった。しかし、降板してもう登場しないはずの人物が登場してしまったのだ。

「自分の利益のために彼らに代償を払わせるということかね?」

ウィスキー男の前に現れたドドメキさんが言った。驚きで入って来た時の勢いをなくしたウィスキー男に対して、ドドメキさんは逆に威圧的な話し方だった。

「キミの無茶な計画のために一体どれだけの人間が降板したら気が済むんだ?」

形勢が不利になったことを感じたウィスキー男は思わず立ち上がってしまった。それでも少しでも動揺を隠そうとしながらゆっくりと扉の方へ近づいて行き、扉を叩いて外にいる看守にここを開けるように指示を出した。そして、扉が開く前に振り返って言った。

「べ、別にそんな手品みたいなやり方にビックリしたワケじゃないからな。キサマには裁きが下るぞ」

「今度は誰に降板させられるんだ?どういう道具でだ?」

一度降板したドドメキさんに脅しは効かないようだった。

「キミを滅ぼす道具を持った者がキミを降板させるんだよ」

ウィスキー男は言い残して去っていった。そして、再び独房の扉が重たい音と共に閉じられた。