「多利佐久美」

12. 厚生労働省関連機関の建物

 今日もここにいる職員たちは黙々と働いている。書類を見たりパソコンに何かを打ち込んだり、やることはそれぞれ違うが、誰もが黙々と働いている。本当にこんな状態で朝から夕方まで働いているのだろうか?そして、忙しい時期があるとしたら、その時は朝から夜までこんな状態なのだろうか?時にこういうことは信じがたい事もあるのだが、それが仕事だと思えば何の苦もなくこなせる人達がここに働いているのだろう。

 ここの職員たちがあまりにも黙々と働いているので余計なことを考えてしまったが、ここへやって来たモオルダアもFBLのオフィスやその他の自分の知っている会社のオフィスとは全く違う雰囲気に戸惑ってしまった。前日にスーツ男たちがやって来た時と同じように、モオルダアとスケアリーがフロアに入ってきても全員が脇目もふらずに仕事を続けていた。

「あの、ジエイレマイ・ヤスミツさん。います?」

部外者がやって来たというのに誰も自分の方を見ないのでモオルダアは不自然な感じで近くにいる数人に聞こえるような感じで聞いた。なぜかカタコトみたいになっているのはモオルダア自身も解っていたが、そんなことは気にしても仕方がない。

 モオルダアの声はちゃんと聞こえていたようで、一番近くにいた職員が黙々とやっていた作業を中断してモオルダアの方を見ると、ジエイレマイいるのデスクの方を指さした。モオルダアは礼を言おうと思ったのだが、すでにその職員はまた元の仕事をやり始めて黙々となっていた。

 モオルダアとスケアリーがジエイレマイの方へ向かうと、ジエイレマイは他の職員と違って早めに彼らの存在に気づいたようだった。彼は一度机に置いた書類に視線を戻すようにして目をそらすと、ちょっと気に入らないような表情をしていた。そうしているうちにモオルダアとスケアリーがジエイレマイの前までやってきた。

「私はFBLのモオルダア捜査官。話が聞きたいので一緒に来てくれませんか?」

モオルダアがFBLの身分証を見せながらモオルダアが言った。すると、ジエイレマイはいつもの素敵なおじさまの表情に戻ってモオルダア達の方を見た。

「どうしてですか?昨日全て話したはずですよ。確か、何かある場合は事前に連絡すると言っていたはずなのですが」

ジエイレマイが昨日話をしたスケアリーの方を見ると、彼女はちょっとすまなそうな感じで何も言わなかった。しかしモオルダアはどうしてもジエイレマイから話を聞きたいようだ。

「ここで黙々と仕事をしている人達にあなたが無理矢理連れて行かれるところは見られたくないでしょ?」

そう言いながらモオルダアはジエイレマイの肩に手をかけていた。拒否されたら本当に無理矢理連れて行くとでもいうような感じで。

「解りました。行きますよ」

ジエイレマイは嫌々ながらも承諾したようだ。それでも立ち上がる時にはうっすら笑顔さえ浮かべていた。この辺が素敵なおじさま的なところなのだろうか。

 ただし、この男はただ者ではないのだ。モオルダアもスケアリーもなんとなく解っているのだが、ここで逃げ出すなどとは思っていなかった。どうせ逃げたとしてもすぐに捕まるとも思ってたいのだ。しかし、それは普通の人間ならばという条件付だったのだが。

 ジエイレマイはモオルダアとスケアリーに両脇を挟まれた状態でエレベーターに乗り、建物の一階まで降りてきた。犯罪者と言うことでもないので、FBLの二人は特に彼の腕を掴んだりはしていなかった。それに、逃げるような理由もあまりないように思えたので、面倒だということ以外に彼がFBLまで行くのを拒むことはないと思っていたのだろう。だが実際には違っていた。

 そこは官庁街にある国の機関の建物とあって、一階の入り口付近には沢山の職員や来客であふれかえっている。外に出るにはその人々の間をぬって行かないといけないのだが、エレベーターから降りてちょっと進んだところでいきなりジエイレマイが人混みの中へ向かって走り出した。人にぶつかりながらも走ろうとするジエイレマイはすぐに数人を巻き込んで将棋倒しのように倒れたのだが、ジエイレマイの狙いはそこにあったようだった。

 慌てて後を追ってきたモオルダアは倒れたジエイレマイのスーツの背中のところを掴んで起こした。しかし、起き上がった人物はジエイレマイとは全く違う人だった。しかも、その男はモオルダアが荒っぽく背中を掴んでいたことに怒ったようで「何をするんだ!?」という表情でモオルダアを睨んだ。モオルダアは慌てて手を離さないといけなかった。それから、まだ倒れている数人の中からジエイレマイを探したのだが、なぜかジエイレマイの姿がない。走り出してすぐに人にぶつかって倒れたのは確かに見たのだが。モオルダアはジエイレマイの着ていたスーツと似た色のスーツの男を見つけてその人の顔も確認したのだが、彼も違う人物だった。

「どこに行ったんだ?」

「解りませんわよ。見失いましたわ」

スケアリーも何が起きているのか解らないような表情で辺りを見回してジエイレマイを探していた。人の顔が一瞬にして変わるなんてことは有り得ないから、そんなことが実際に起きたとしても、そこにいた者は人が一人消えたとしか思わないのだろう。そして、そういうことがあるかも知れない、ということを知っているモオルダアとスケアリーは顔ではなくて来ているスーツでジエイレマイを見つけるべきだったのだが、ここにいるような人達が来ているスーツはどれも同じにしか見えないのだった。

 せっかくここまでやって来たのだが、謎の男ジエイレマイ・ヤスミツは逃亡してしまった。