「多利佐久美」

15. 地下駐車場

 モオルダアは「どうしてこんな場所を選んだのか?」と思いながら空気のよどんだ地下駐車場で誰かを待っていた。時間を確認するともうすぐやってくるに違いなかったが。地下駐車場に歩いてやってくるというのは何だかヘンな気分だった。モオルダアをここに呼んだ人物は彼が自分の車を持っていないことを知らないのだろうか?あるいは、この誰もいなくて、照明も必要最低限しかない暗い場所が彼と会うのにちょうど良かったというだけなのかも知れない。

 しばらくすると、少し離れたところに人の気配を感じた。モオルダアはその気配のした方へと歩いていった。しかし、ちょっと行きすぎたようで、モオルダアは背後から声をかけられて少しギョッとした感じで振り返った。そこにいたのは厳つく浅黒く感じられる表情のミスター・ペケだった。これまでも厳しい表情の人物だと思っていたが、この場所だとよりそれが強調される気がした。

 それはそうと、彼ならこのような場所を選ぶのも無理はないだろう。そして、何か重要な情報のやりとりがあるに違いない。モオルダアにそれをするだけの価値があるのか解らない気もするのだが、どういうワケだかモオルダアはいろんな偶然でそういう役割になってしまう。今回も彼の手に入れた物は彼らにとって重要な物に違いなかった。

「例の物は持っているのか?」

何時もの厳しい口調だったが、そろそろ慣れてきているモオルダアは後ろから声をかけられた驚きが収まると比較的落ち着いてミスター・ペケの目を見つめた。

「持っているのか?と聞いているんだ」

「持ってますよ」

「よこすんだ」

ミスター・ペケは何の情報も与えずにモオルダアの手に入れた物をよこせと言い出した。これにはモオルダアも納得できるわけはない。

 例の物とは、恐らくモオルダアが古野方区の家で見つけたあの尖った物が飛び出す物なのだが。前にもそんなことがあったが、ミスター・ペケがそういう感じで欲しがるということは、本当に重要な物だとモオルダアも気づき始めていた。

「それは出来ないよ」

モオルダアは拒否した。

「キミには価値のない物だと思うが」

「あなたにはあるんですか?」

こういう受け答えは映画かドラマの影響なのか。カッコつけたつもりで言ったが、なかなか効果のある返事だったかも知れない。

「その時がくれば。真実が明らかにされる時が来れば、それは必要不可欠なものになる」

「なぜ?」

もうちょっと知っていると思ったが、モオルダアの返事にミスター・ペケは軽くズコッとなりそうだった。

「知っていると思ったがね。モオルダア捜査官」

ミスター・ペケは何かを示唆するような目つきになっていた。それが意味する物は何なのか?とモオルダアが考えた時、遠くからタイヤをきしませる音が聞こえてきた。固い壁に覆われた広い空間の地下駐車場なので、音がいろんな場所に反響してどこから聞こえてくるのか解らない。その音が聞こえた時にミスター・ペケは慌てて辺りを見回した。彼がそのような態度になるのは見たことがなかったが、辺りを見回すその目は明らかに何かに驚き警戒している様子だった。彼がここにいるということは、かなり危険なことなのだろう。その目を見たモオルダアの少女的第六感がここで働き出したようだった。そして、適当な知識と記憶から彼の頭の中でいろんな考えがまとまってきていた。

「あれは武器だ。そうでしょ?背中の首の付け根のところに突き刺したり…。それが、彼らを殺す唯一の方法なんでしょ」

やはり知っていたのか、とミスター・ペケは思っていた。本当に知っていたのか、適当に思いついたことがアタリだったのかは解らないが。

「銃で撃ったところで効き目はないからな」

「なぜそれを欲しがるんですか?」

「モオルダア捜査官。ヤツらはそれのためにキミを殺すぞ。絶対に。それのためなら何でもする連中だ。もしそれによってキミが英雄化されてキミやキミの業績が崇拝されるような事になってもな」

ミスター・ペケの難しい言い回しはモオルダアには良く理解できなかったが、英雄になったら格好いいかも知れないと思っていた。ただその英雄化というのは彼の死が前提であることにまだ気づいていないようだったが。とにかくモオルダアは盛り上がって来ていた。そして妄想か事実か解らない事柄が頭の中でいっぱいになってきた。

「これははっきりさせたいんですけどね。それってもしかして入植計画のことじゃないですか?そして、いつ始まるかも決まっているんでしょ?」

今では一部のマニアですら信じなくなっている話だったが、ここでモオルダアがその話を出してきたのは驚きだった。だがミスター・ペケはこれ以上話すことは出来ない。

「武器を渡すんだ、モオルダア捜査官」

やっぱり武器だった。モオルダアはスゴい物を手に入れたと気づいたので、そんな物を渡すつもりはなくなった。

「ダメです」

そう言うとモオルダアはこの場を去ろうとした。古野方区の家での時もそうだったように、自然な感じで去っていけば呼び止められたりすることはないだろうと、モオルダアは思っていた。しかし実際にはそうでもなかったし、それ以上に驚くべき展開になってきた。

 ミスター・ペケの横を通って帰ろうとしたモオルダアだったが、そこでいきなりミスター・ペケが殴りかかってきたのだ。全く無防備な状態でまともにパンチを喰らったが、ミスター・ペケの狙いが少しはずれたようで、モオルダアは少しふらついただけですぐに元の体勢にもどった。驚いてミスター・ペケの方を見ると、さらにパンチがくりだされてきた。今度こそダメかと思われたが、モオルダアはそのほとんどを避けることが出来た。当たったパンチもたいしたダメージを与えることはなかったようだ。実は避けるのはけっこう得意なモオルダアだった。

 しかし、とっさのことで頭に血が上ってしまったモオルダアはよせばいいのに反撃に出た。ミスター・ペケのパンチを避けながら、自分もパンチで応戦した。それはミスター・ペケの頬を捕らえてはいたのだが、全く効いていないようだった。

 これでは勝てるわけがないと思ったモオルダアは夢中になって体当たりを試みた。そう来るとは思っていなかったミスター・ペケはモオルダアのタックルで壁に背をぶつけた。しかしその壁が支えになって彼にとっては逆に有利になった。ミスター・ペケの胸の辺りに肩を押しつけてしがみついているモオルダアだったが、その体勢のままミスター・ペケの膝蹴りをみぞおちに喰らった。これはかなり苦しい。

 たまらずミスター・ペケから離れて腹部を押さえたが、その時良い具合に上着の下に装備していたモデルガンが手にあたった。こうなったらこれを出すしかないと思ったモオルダアだったが、取り出すとすぐにミスター・ペケがモオルダアの腕をねじ上げた。そして、モオルダアが銃を落とすのを確認するとさら蹴りを入れた。

 モオルダアは避けるのが上手いだけだが、ミスター・ペケは本物のようだ。こういう格闘には慣れているようで、そろそろ勝負がつきそうな感じだった。床に倒れ込んだモオルダアにさらなる攻撃を加えようとしたミスター・ペケだったが、最後の抵抗でモオルダアが足をバタバタさせたら、偶然にもそれがミスター・ペケの腹部に当たった。こういう不意打ちはかなりのダメージを与えることがある。

 ミスター・ペケ思わず後ずさりした。胃の下のほうから重たい痛みが全身に広がっていくような感じがして、ミスター・ペケはフラついていた。倒れそうになるをこらえて片膝をついたのだが、そこで先程モオルダアが落とした銃が目に入った。こうなったら武器に頼るしかない。そう思ったミスター・ペケは銃を手にしてモオルダアに向けた。

 するとモオルダアの方も予備に持っているもう一つのモデルガンを構えたところだった。ミスター・ペケは焦っていた。銃を拾った瞬間にそれがモデルガンであることに気づいたからだ。そして、モオルダアの持っている銃は今度こそ本物っぽい。実際にはどちらもモデルガンなのだが、モオルダアが予備で使っているのは彼が以前に実家で見つけた父親の高級モデルガンなのだ。なので、少し離れた所から見たら本物に見えるのだ。

 ミスター・ペケはそれでもモデルガンの銃口をモオルダアに向けていた。もしかすると彼もこれが自分の持っていた物だと気づいていないのかもしれない。とにかくハッタリでも良いからそうしてないと、今はヤバい状態になっているのだ。モオルダアといえども殴り合ってテンションが上がっている状態では人を撃つことがあるかも知れない。

「ボクを撃ったら、あの武器は見つかりませんよ」

モオルダアはゆっくりと立ち上がりながら言った。立ち上がったのは良いのだが、まっすぐな姿勢になると腹部に鈍痛を感じたので、かがんで片手を膝に当てていた。二人とも似たような姿勢で息をハアハアさせていた。

「撃つべきだと思うがね。私はキミに情報を与えすぎたようだ」

撃ったところでモデルガンでモオルダアを殺すことは出来ない。しかし、モオルダアはやはりこの銃が自分の物だと気づいていないようだった。

 お互いに銃を向けあったままでは埒があかない。かといって、ここで都合良く第三者が現れて話が展開しそうな様子もない。こういう時に優秀な捜査官はどうするのだろうか?モオルダアは考えてみたが、どうすれば良いのかよく解らなかった。第三者が現れない時にはたいていの場合ここでCMになってしまうのが良くあるパターンなのだ。しかしCMのない地下駐車場では何かをしないといけない。このまま朝まで銃を向けあっていることは出来ないのだ。

「ボクは…。歩いて帰るぞ」

苦しそうに息をしながら出てきたのはよく解らない台詞だった。しかし、帰ると言ったら帰るしかないので、モオルダアはミスター・ペケに銃を向けたまま歩き出した。ミスター・ペケも持っているのがモデルガンなので、どうすることも出来ない。遠ざかっていくモオルダアを見ながら、ミスター・ペケも苦しそうに息をしながら言った。

「このままでは命はないぞ、モオルダア捜査官。私がやらなくてもヤツらはキミを殺すんだ」

モオルダアはずっと銃を構えながら後ずさっていった。ミスター・ペケが言い終わる頃にはかなり離れていたので、彼の言葉が最後まで聞こえていたかは解らない。モオルダアは曲がり角まで来てそのまま壁の向こうに見えなくなってしまった。