「多利佐久美」

05. FBLビルディング

 モオルダアは事件現場の映像をテレビ局から取り寄せて、それを調べようとペケファイル課の部屋に持ってやってきた。

「編集無しのノーカット丸見え版だぜ」

部屋に入ってきたモオルダアはそこにいたスケアリーに言ったのだが、それが冗談なのか真面目なのか解らなかったし、今のスケアリーはそんなことにイチイチ反応しているのが面倒だったので何も言わずにモオルダアの様子を見ているだけだった。

 モオルダアの方はというと、テンション高めで部屋に入ってきたのは良いのだが、テレビ局から渡された封筒の中身を見てちょっと困惑しているようだった。それは昔ながらのビデオテープでもないし、DVDのようなディスクでもなかった。

 モオルダアは封筒の中身を取り出した。それは名刺よりも小さめのカードのようだったが、これはどこに入れたら再生できるのだろうか?と思った。部屋を見渡しながら、そのカードが入りそうなところを探していたモオルダアだったが、どうもそれらしい機械は見当たらない。見かねたスケアリーがモオルダアのところに行き、カードを取り上げるようにして受け取ると、黙ったままパソコンのところへ行って、読み取り装置へそれを差し込んだ。簡単に言うとそれはフラッシュメモリの一種だったのだが、デジカメに使っているようなSDカードと比べたら一般的ではない種類だったので、モオルダアはそれが何だか解らなかったようだ。

 スケアリーは色々とモオルダアに言いたいこともあったが、それも面倒なのでなるべく話をそらさないようにした。

「それで、これを見たらその人が写っているって事ですわね」

「ああ、まあそうだよ」

モオルダアは自分がメモリカードの扱い方を知らなかったのがバレているのかバレていないのか、という事も気になっていたのだが、とりあえずスケアリーは何も言ってこないので、いつものように気取った様子に戻ろうとしていた。

「テレビ局の人が言うには8分20秒辺りからって事だけど」

そう言うとモオルダアはパソコンに表示されたプレーヤを操作し始めた。このプレーヤなら使い方を知っているのでここからは問題はなさそうだ。

 モオルダアがプレーヤを操作して問題のシーンを再生した。少し遠くからの映像だったが人の顔まで認識出来る鮮明な画像だった。そして、先程の事件現場だったファミレスで彼らに状況を説明した刑事の姿を見つけた。刑事は男から話を聞いているようだったが、さっきのファミレスでやった「本人による再現」のような緊張感はない様子だった。過去の事を少し大げさに語りたがる人もいるが、この刑事もそういう中の一人なのだろう。

 とにかく、ファミレスでの刑事の話が正しいのなら、この後に彼の目の前にいる男が消えてしまうはずである。モオルダアとスケアリーは画面を注意深く見ていた。そして、しばらくするとカメラの前を誰かが通り過ぎたようで、視界が遮られれ一瞬画面が暗くなった。このタイミングの良さは誰かが計算していたことなのだろうか?それともタダの偶然なのか?

「ちょいとなんなんですの?!」

スケアリーはこの邪魔者に対して少しいらだってしまったようだった。ここでそんなことを言っても仕方がないのだが、集中していたあまりに思わず声が出てしまったようだ。どちらにしても、そこで不可解な事が起きたのはすぐに解った。

 人が通り過ぎて再び刑事と男が映されたのだが、刑事の前にいた男はいなくなっていたのである。

「あら、消えちゃった?どこ行った?」

思っていた以上に一瞬の出来事だったので、モオルダアもワケの解らない反応をしていた。

 タダ驚いているだけでは意味がないので、モオルダアは映像を少し戻してもう一度問題のシーンを見ることにした。もう一度見ても確かに男は消えている。しかし、二度目なら別に気づく事もある。

「ちょっと見た?!」

「み、見ましたわよ、でも…」

「これは消えているというか…。男のいた場所に別の人が立っている。同じ服を着て」

男は消えたのではなく、別の人間に入れ替わったようだった。少なくとも映像を見る限りではそう見えるのだ。

「別の刑事って事もあり得ますわよ」

有り得ないことが起きたのでスケアリーはあり得そうな説明を探そうとしていた。モオルダアはそれに関して有り得ないような理屈で反論をする代わりに別のことが気になりだしていた。やはり全てが関連している。そう思えてきて仕方がなかった。

「キミはこれをもう少し詳しく調べていてくれないか?」

そう言うとモオルダアは立ち上がってどこかへ行くようだった。

「ちょいと、どこへ行くんですの?」

「もしも知ったらキミはボクを行かせてくれないだろ?」

スケアリーは「何なんですの?!」と思った。

「あなた、昨日からほとんど寝てないんですのよ。大丈夫なんですの?」

「何か解ったら連絡してくれ」

そう言ってモオルダアは部屋の扉を閉めるとちょっとニヤッとしそうになっていた。立ち上がってからの台詞は優秀な捜査官としてかなりイカした台詞だった。久々に決まったな。モオルダアはそんなところに満足しながらどこかへ向かった。

 部屋に残ったスケアリーはまた「何なんですの?!」と思ってため息をついていた。ビデオを何度見てもこれ以上解りそうな事は何もなさそうだった。

06. 厚生労働省関連機関の建物

 ここは国の機関のビル。そして、ここでは国の仕事が行われているのだが、国の仕事といってもそれが政治に関することとは限らない。ここで行われているのはお金の計算とかそういうこと。しかもそれは予算とかそういう大きな事柄のお金ではなくて、国民の保険に関する細かいお金の計算であった。そういう仕事は黙って黙々とやるに限る。張り切ったり元気にやろうとすると気が滅入るのだ。ここでは朝から晩まで、そしてこの先も毎日毎日ずっと細かいお金の計算をしないといけないのだから。

 この少し広すぎると思われる室内に整然と机が並べられて、そこで各人が黙々と仕事をこなしていた。広くて隣の職員が遠くて雑談も出来ない。しかし、それも黙々と作業をするには適した環境を作り出していた。実を言うと以前はもう少し狭い室内だったのだが、パソコン(特にディスプレイ)など機械類の小型化によってこのフロアはミョーに広くなってしまったようだ。

 とにかくここにある全ての机には職員が座っていて、それぞれが仕事をしていたのだ。すると、そこへおかしな集団が現れた。スーツに身を包んだ彼らは、一見すると自然に見えないこともなかったが、この場所では違和感がある。ほぼ全ての机には職員が座っているので、彼らはここの職員ではなさそうだ。始めは数人という感じだったが、次から次へと入って来て、10人以上がこの部屋にいるようだった。そして、最後に入って来たのはウィスキーのビンを手に持った男だった。黙々と仕事をする職員たちはそれに気づいていないか、あるいは気づいているのに気にしないようにしているのか解らないが、黙って仕事を続けていた。怪しいスーツの一団も彼らには関心がないようで黙って部屋の奥の方へと入って来た。

 そんな中でこの様子に危機感を抱いている者がいた。仕事をしているフリをしながら入って来た男たちを確認していたその男はまさしく、ファミレスから姿を消したあの「奇跡の男」に違いなかった。そして、あの男はそのスーツの男たちの中にウィスキーのビンをラッパ飲みする男の姿を見つけて少しマズいと思ったようだった。

 それよりも奇跡の男がなぜここにいるのか。ここにいるということは職員には違いないのだが、あの事件とかどうなっているのか?とかそういう事も気になってくるのだが、そうこうしている間にスーツの男たちが男の方へと迫って来てしまった。

 あの男はなるべく自然な様子でさりげなく立ち上がった。大抵の場合、誰がやってもそうなのだが、自然な感じを出そうとすると不自然になる。とにかく男は立ち上がって部屋の奥にある扉から別の部屋へ行って、そこから逃げようと思っていたらしい。

 扉まではなんとかして辿り着く事ができた。彼の姿を見つけて追ってくる者もいない。あの男は少しホッとして扉を開けたが、その向こうには別のスーツ男が数人待っていた。あの男はどうすることも出来ないままスーツ男たちに両腕を抱えられて、静かに外へ連れ出されてしまった。

 ウィスキー男はその様子を部屋の反対側の壁際で確認すると、無表情で一口飲んでから部屋を出て行った。他の職員たちは何が起きたのか気づいていないか、気づかないようにしているようにも見えた。


 その後あの男は都内のとある刑務所へと移送されてきた。その見た目からは誰かに危害を加えるとは想像も出来ない人なのだが、男は拘束具で全身をがんじがらめにされて、ほとんど身動きできない状態で台車のようなものに乗せられて運ばれていた。そして、凶悪犯の中でもさらに凶悪な囚人が閉じ込められるような分厚い扉のついた独房に入れられると、その扉が閉じられた。重たい音が刑務所の廊下に響き渡った。