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12月24日:例の街
モオルダアもスケアリーもなんとなくもどかしい気持ちを抱えたまま駅周辺の繁華街を歩いていた。結局犯人に関する有力な情報は一つもなくこの日を迎えてしまった。街には昨日までよりも多くのサンタ姿の人たちがいる。彼らの内の誰かが新たな被害者になるかも知れないと思うとFBLの二人も次第に焦ってきていた。
「ちょいとモオルダア。こんなことをしていても埒があかないと思いませんこと?」
「そうだけどね。他に手がかりも無いんだし。なにせ相手は見えないサンタ殺人サンタだからね」
『サンタ殺人サンタ』というのはモオルダアなりに考えて面白いと思ったことなのだが、スケアリーは『サンタ殺しサンタ』の方が正確だと思っていた。しかし、そんなことを言っても話が面倒になるだけなのでスケアリーは気にしないことにした。
「もしも、今日から明日にかけて何も起きなければあの目撃者がやっぱり怪しいってことにもなるけどね」
「そうですわね。でもあなたはあの方の言ったことを信じるんですの?」
「それなりの根拠があれば信じることも出来るけど」
そんなことを話しながら歩いていると彼らはとあるアパートの前に到着した。モオルダアがメモを見ながら並んだ各部屋のドアの前を進んでいき、目的の部屋を見つけたようだ。入り口には「三田」と書かれている。
「これがあの目撃者の名前ですの?」
「どうかな?自分に関しての詳しいことは全く話してないみたいだけど。まあこれが名前だとしたらミタではなくてサンタと読むんじゃないか?」
それは冗談なのかどうか解らない言い方だったが、今のところ二人ともこの部屋の中の方が気になっている。
モオルダアはドアベルのボタンを探したが、この古い一人暮らし向けアパートにはそういうものは付いてないようだ。それでモオルダアがドアをノックした。中からは反応がない。ドアベルが付いていれば例の連打というお楽しみも待っていたが、ノックではそれが出来ないのでモオルダアはちょっと残念だった。
それはともかく、反応がないのでその後何度かノックしてみたがやはり中には誰もいないようだった。
「ということはここが彼の部屋で間違いないのかな」
誰もいないからといってそう考えるのもおかしいが、今彼は留置場にいるのだから辻褄は合っている。モオルダアはドアノブを回したがそこには鍵が掛かっていた。すると、彼はアパートの裏の方へと歩いていった。
「ちょいとモオルダア何をやっているんですの?」
スケアリーが追いかけていくと、モオルダアは塀をよじ登ってアパートの敷地内に入っていった。そしてさっきの部屋の裏にある大きめの窓を開けてみた。どうやら鍵が掛かってなかったようで、それはカラカラという乾いた音を立てながらひらいた。
モオルダアは一度スケアリーの方を見たが、スケアリーとしても今は細かいルールを守っていられるような状況ではないと解っていたので、ただ頷いただけだった。モオルダアは部屋の中へ入っていった。
スケアリーは再び入り口の方へ戻っていった。なんというか、見張り役みたいな感じでもあったが、ここが全く関係のない人の部屋だった場合は、いくら捜査のためとはいえ問題になるに違いないのだ。スケアリーはなるべくさりげない感じで部屋の前で立っていたのだが、その時部屋の扉が開いて中からモオルダアが顔を出した。
「スケアリー、ちょっと」
モオルダアが何かを見つけたようだった。しかも「ちょっと」どころではない何かのようで、彼は興奮のあまり顔を引きつらせている感じがした。
スケアリーが部屋に入ると、確かにそこには「ちょっと」どころではない光景があった。狭い部屋ではあったが、足首まで隠れるほどの高さまでその部屋は手紙で埋め尽くされているのである。
「ちょいと、モオルダア。これって、まさかサンタ様への…」
「そのようだね」
モオルダアがその中の一つを取ってスケアリーに見せると、そこには子供の書いたような字でサンタへのメッセージが書かれているようだった。
「これって、もしかして犯人はあの目撃者ですの?」
「いや、そうは思わないよ。これまでの殺人事件で持ち去られた手紙はまとめても段ボール箱一つ分にもなりそうもないし。それよりも、9年前にもこんな光景を見たよね」
「そうでしたわ。あの時は犯人は手紙に書かれた返信用の住所からLittle Mustaphaの家を知ろうとしたんじゃありませんでした?未解決ですし、推測でしかありませんけど」
「そして、その返信用の住所は大きな公園の住所で、そこで恐怖の殺人鬼が暴れてた。それに、そこにはあの目撃者のサンタもいたよね」
「それはどういうことかしら?前回も今回もあの目撃者が犯人だって言うんですの?でもそれでは何かが…」
「そうなんだよね。あのときあの目撃者はLittle Mustaphaの家を知っていると言っていたんだよ。もしもこの中にLittle Mustaphaからの手紙があるとしたら、これは彼の住所を知るためではなくて、他の目的で盗まれたってことになると思うよ」
「そうですわね。とにかく警察にいって話を聞いてみる必要がありますわ」
二人がその部屋を出る時にスケアリーは時計を見て時間を確認した。すでに四時を過ぎている。この時期はあと数十分もすれば日が暮れてしまう。それを考えるとスケアリーは心の中で不安と焦りがこみ上げてくるのを感じていた。
FBLの二人は車に乗って警察署へ向かうところだったが、アパートの前を出発して大きなとおりに出ると、年末特有の大渋滞に捕まってしまった。始めは渋滞といってもすぐに抜けられるものだと思っていたのだが、一つの信号を通り抜けるのに何十分もかかる渋滞だった。
すぐに日が暮れて、周りの車のブレーキランプの赤い光が妙に目立つようになってきた。モオルダアは抜け道はないのか?と思って助手席からカーナビの地図を動かしてみていたのだが、その抜け道のところまで行くのにも何分もかかりそうだった。
そうしているとモオルダアの携帯電話が鳴り出した。彼にしては珍しく苛ついた様子で電話に出た。そして相手の話を聞いてすぐに「どういうこと?」と大きな声で聞き返したのでスケアリーも驚いてモオルダアの方を見てしまった。
モオルダアが電話をしまうとすぐにスケアリーが「どうしたんですの?」と聞いた。
「あの目撃者サンタが逃げたらしい」
「どういうことですの?」
スケアリーもさっきのモオルダアと同じように聞き返している。
「さあ、良く解らないけど。浮かれて騒いでいるサンタ姿の若者達を連行してきて、事情を聞いた後に帰したみたいなんだけど、それに紛れて逃げたんじゃないか?ってことだけど」
「じゃあ、あのアパートに戻るのかしら?」
「どうだろう。でも、押収した銃も無くなってるってことだよ」
「そんなことって、あり得るんですの?!」
「普通ならあり得ない。けど、これは普通じゃなくなってきているみたいだよ」
そういうとモオルダアは渋滞でほとんど動かない車のドアを開けて外に出て行ってしまった。
「ちょいと、モオルダア!どこに行くんですの?」
「解らない…。キミは警察署に行って詳しいことを調べてくれないか?誰かが彼の逃亡を手助けしたかも知れないし」
「解りましたわ」
スケアリーも一緒に車を降りて自分の足で走りたいような気分だったのだが、ここに車を置いていくわけにもいかない。彼女はイライラしながらハンドルを握っていた。