クリスマス やっぱりないのか プレゼント
12月20日:FBLビルディング・ペケファイル課
モオルダアはやることが沢山あるのか、あるいはそういうフリをしているだけなのか知らないが、最近はあまりFBLビルディングにいることはない。今この部屋にいるのはスケアリーである。モオルダアがここにいられないのは、彼がスケアリーを怒らせたからなのだが、それとは関係なくスケアリーは出来れば暖かい室内で捜査がしたいということで、あの街の周辺でサンタの格好をした人が居そうな場所を調べたり、これまでの事件とサンタの関連を調べたりしていた。
とはいっても、そういうところを調べたところで事件に隠された部分が見えてくるワケでもなかった。そして、今回の事件に何らかの形で関わっているとモオルダアがにらんでいるLittle Mustaphaだがあれから特に変わった様子もないようである。
そうなってくるとスケアリーにはやることがなくなってくるのだが、ちょうど良い時に電話がかかってきた。携帯電話を確認するとそれはモオルダアからの電話だった。
「ああ、スケアリー、ボクだけど」
スケアリーを怒らせてからモオルダアが彼女と話すのは最初なのでかなりビビり気味なようだ。
「あの、今ダイジョブかな?…その、なんていうか…」
「大丈夫ですわよ。それより何か言うことがあるのならハッキリ言ってくださるかしら?」
「いや、そのあれなんだけど。まあ、冗談のつもりだったんだし、ボクもあんなにキミが怒るなんて思ってもいなかったもんだから…」
電話の向こうでしどろもどろな感じのモオルダアの様子にスケアリーはちょっと笑ってしまいそうになった。
「ですから何だって言うんですの?」
「あの、ごめんなさい…」
「ウフッ…!ずいぶんと素直じゃありませんこと?ウフフ。でもあたくし、もう怒ってなんかいませんのよ。あたくし、今回の事件のことを考えていたらもっと人に優しくならないといけないと思っていたところですし。それに、クリスマスって人を恨んだり妬んだりする日じゃないでございましょ?でも今はそんなことはどうでも良いですわね。それよりも、あなたはもっと乙女心を理解しないといけませんわよ」
「まあそれならどうでも良いんだけど。それよりも事件なんだよ。またサンタが殺されたよ。しかも今回は目撃者もいるんだよ」
急にいつものような話し方にもどったモオルダアだったが、どうも話す順場が間違っているようだった。
「ちょといと!なんでそれを先に言わないんですの?それで、場所はどこなんですの?」
「あの街にある駅前のデパートらしい。ボクも今から行くけど」
「あたくしも向かいますわ!」
スケアリーは立ち上がって上着をきて部屋を出た。歩きながら、さっきモオルダアが「それならどうでも良い」って言っていた意味を考えて少し納得いかない気分になりそうだったが、今はそれを気にしている場合ではないので、急いで現場へと向かった。
12月20日:新たな事件現場
すでに日の暮れた頃、現場に着いたスケアリーが車から降りると、少し離れたところからモオルダアが自分の方へ近づいてきているのに気づいた。スケアリーも彼の方に近づいていく。
「どういう状況なんですの?」
「これまでとだいたい同じかな。サンタの格好をしたデパートの店員が銃で撃たれている。そして同様に弾丸は見つかってなくて、サンタの持っていたチラシが盗まれてる。チラシは手紙と間違えたのかも知れないけど。」
「それってどういうことですの?」
スケアリーは少し話がおかしいと思っていた。彼らが今向かっているのはその殺人が行われた場所に違いないのだが、そこは駅前の人の沢山通る場所でもある。
「本当にあそこで人が銃殺されたと言うんですの?」
「状況から判断したらそうなるね。それよりも、もっと興味深いことがあるんだよ」
「なんですの?」
「これだけ大勢の人が通る場所なのに、目撃者は一人だけ。しかも、それはボクらの知っている人物だったんだよ」
スケアリーは勿体ぶらないで要点を言って欲しいと思っていたが、いったい目撃者とはどんな人物なのか?と考えてミョーにスリリングな気分にもなっていた。
モオルダアは事件現場まで行かずに、その途中に止めてあるパトカーのところで止まった。その中に目撃者がいるのだろう。
「彼だよ」
モオルダアはスケアリーに言った。スケアリーは窓の中をのぞき込んで「まあ」と声を上げてしまった。
パトカーの中にいるのはサンタの格好をした男だった。そして、それが9年前の事件で唯一の目撃者だった男と同じであることに気づくのに時間はかからなかった。サンタの格好をしているのは街にいる他のサンタと一緒なのだが、ヒゲは偽物でなく本物というのも彼の特徴であり、そこがスケアリーの印象に残っていた。
「どういうことですの?」
「ボクに聞かれても解らないけど」
「ですけど…。なんで手錠をはめられているんですの?」
「ああ、それか。どうやら銃を持っていたらしいんだ。しかも44マグナムというスゴいやつをね」
スケアリーはまたもや「まあ」と声を上げた。前の二件の事件で使われたのも44マグナム弾だと推測されている。その弾を撃てる銃をこの目撃者が持っているとは偶然とは思えない。
「どうして容疑者じゃなくて目撃者なんですの?状況から考えたらどう考えてもあのサンタが…」
「でもそうできない理由はあるんだよ。この駅前で彼の姿はみんな見ていたんだ。そして、殺されたサンタが倒れた時にも彼は何もしてなかったらしい。それに、彼の持っていた銃だけど、調べてみたら最近弾が発射された形跡はないみたいなんだよ」
スケアリーはまた「まあ」と言いそうになったが、今度は心の中でつぶやいただけだった。今は謎について考えるよりは目の前にいる目撃者に話を聞いた方が手っ取り早い。スケアリーはパトカーのドアを開けて目撃者のサンタに話しかけた。
「どういうことか説明してくださるかしら?」
スケアリーがいきなり聞くと、サンタは迷惑そうな顔を彼女に向けた。
「もう何度も話してるんだが。ここの人たちはすぐに忘れちまうのか?」
「あなたがやってないのは解りましたよ。銃のことも今は良いです。それよりもあなたが見たことを話してください」
スケアリーがちょっと慌てた感じだったのでモオルダアが聞き直した。
「言ったって、どうせ嘘だって言うんだろ?」
「嘘かどうかは聞いてから判断しますわ」
「強引だなあ。まあ話すとするよ。最近はあんまり仕事もなくなってきて、夕暮れ前にはやることもなくてこの辺をブラブラしてたんだがね。そこへデパートの偽サンタの姿があったからちょっと見ていようと思ったんだよ。別に邪魔をするつもりじゃなかったんだが、ああいう何も解ってない奴らが本物のフリをしてるのを見るのは楽しいからね」
どうやらこの男は自分のサンタっぷりに相当自信があるらしい。
「だが、せっかくの見世物もすぐに終わってしまったがね。あっちの方からまた別のサンタがやってきたんだが、こいつはちょっと違ってたな。なんていうか恐ろしいっていうのか。まあ結局恐ろしいヤツには違いなかったんだが。サンタの帽子の他にマスクみたいなもんもつけてたんで顔はよく見えなかったんだが、どうも肌の色が赤いというか、濃いというかね。ちょと人間離れした感じもあったんだが。そいつがズンズン歩いてきてさっきの偽サンタの目の前までくると、銃を取りだして一発。それからまた元来た方へ歩いて言ってしまったよ」
あっけない感じもする目撃者の説明だったが、スケアリーとしては信じるワケにはいかない。
「どうしてあなただけが見ていたんですの?そんなに目立つやり方で銃を撃ったら誰だって気がつくはずですわ」
「それは私に聞くんじゃなくて、あんた方が判断するんじゃなかったのか?」
目撃者サンタが言ったが、スケアリーも確かにそういう約束で話を聞かせてもらったのを思い出した。
「もしかして、あなた特別に目が良いとか、そういう事はありませんか?」
モオルダアが変なことを聞き始めた。
「さあな。長く生きてる割には良く見えている方だと思うが。特別見えてる感じはしないね」
「そうですか」
「ちょいと、モオルダア。目が悪くても目の前の殺人事件に気づかない人なんていませんわよ」
そう言われるとモオルダアはパトカーのドアを閉めて、すこしパトカーから離れてから説明を始めた。
「そうじゃなくて、犯人が特殊な迷彩で隠れてたりする可能性があるんじゃないかと思ったんだよね。まあ、なんて説明したらいいか解らないけど」
モオルダアは「透明マント」という言葉を使いたかったのだが、これは真っ先にスケアリーに否定されそうでやめておいた。
「さっきの話の中で肌の色がおかしかった、ってのがあったでしょ?もしかすると、何か特殊な薬品のようなものを塗ることによって体が光を反射しなくなったりとか…、というかそれじゃあ影になるのか?とにかくそういうものによって、消えるまでは行かなくても、極限まで目立たなくなることは可能だとも思うんだけど」
「でも犯人はサンタの格好をしていたって言っていましたわよ」
「まあ、そうだけど…」
モオルダアの推理も良い線まで行っていたのだが、簡単に否定されてしまった。しかし、犯人の肌の色についてスケアリーは少し気になることがあった。
あのスーパーの前で出会った顔色の悪すぎる横屁端から聞いた言葉。「キツネ色の男」とはもしかして?そんな気がしたのだが、こういう話はモオルダアにするとややこしくなるだけである。
「それよりも、あたくし調べたいことがありますのよ。あの目撃者の持っていたという銃ですけど押収されたんでございましょ?」
「うん。多分」
「あたくし、ちょっとそれを調べてみますわ」
モオルダアはスケアリーの去っていく後を眺めながらもう一度目撃者の言っていた内容を思い返してみた。そうすると目に見えない恐ろしい殺人鬼がどこかで自分を監視しているんじゃないか?という思いがしてモオルダアはゾクッとなった。ちょっと気味が悪いのでモオルダアもこの場から去ることにした。