クリスマス 行ったり来たりで ややこしい
12月10日 深夜:FBLビルディング・ペケファイル課
モオルダアはポケットから鍵を取り出すと、ペケファイル課の部屋にあるファイルキャビネットの鍵を開けた。その中にあるファイルこそがペケファイルである、というかそのファイルがあるからこの部署がペケファイル課と呼ばれているとか、キャビネットにはそういうファイルが入っているのだ。常識では理解しがたい現象やら事件にかんするファイルという事になるのだが、ペケファイル課の二人が捜査した事件のファイルもそこにまとめられている。
「あった、これだ。もう9年前なのかぁ」
モオルダアが少し懐かしそうにしながらファイルを取り出した。それは、以前に起きた恐怖の殺人鬼事件に関するものだった。その事件はサンタへの手紙が紛失したところから始まっていたのだ。そして、その事件の最終的な舞台となったのは今回サンタが殺されている街なのである。
「ちょいと、モオルダア。懐かしがっている場合ではありませんのよ。事件はまだ進行中なんですから」
スケアリーはモオルダアの緊張感のない感じを注意したのだが、それよりも9年前と聞いて自分もそろそろいい歳になっているような感じがして気に入らなかった、というのが主な理由だったりした。
「あの事件で人々を次々に殺していったという大男だけど、結局ボクもキミも姿は見てないんだよね。目撃者と言ったら、あのサンタの格好をした男ぐらいだったけど」
「まさか、あの殺人鬼がまた現れるって言うんですの?」
「いや、そうは思ってないけど。それに今回は怪力で被害者をひねり潰してるんじゃなくて、銃というか今のところ銃とされている凶器を使っているよね。その点では今回は過去の事件と関係はないのかも知れないけど。やっぱり気になるのはサンタへの手紙ってところだよね」
スケアリーはモオルダアの話を聞きながらファイルを確認していた。
「あの時は確か…。そうですわ。Little Mustaphaという方が出した手紙が犯人の目的だったんですわね」
「しかし、Little Mustaphaと仲間は無事で殺人鬼も姿を消したまま見付からなかった。サンタの格好でピエロのメイクをした大男なんて警察が捜したらすぐに見つけられそうなものなのにね」
「それよりもLittle Mustaphaという方の事について考えた方が良いんじゃありませんこと?もしも今回もLittle Mustaphaという方が関わっているのだとしたら。或いは狙われているのかも知れませんわね。そうだとすると、なにか理由があるのかしら?」
「日記に『彼女が』とか『彼女と』とか書いてるとか?」
「そういうことじゃありませんわよ」
「まあ、そうだよね。それにサンタに手紙を書くような人だしね」
この部屋でダラダラと推論していると話がミョーな方向へずれて行きそうになる。それよりも新たに見付かったちょっとした手掛かりを元にLittle Mustaphaの周辺を調べてみるべきである。
12月11日:例の街
エフ・ビー・エルの二人は翌日Little Mustaphaの家へやって来た。9年前は深夜だったのもあるが、辺りの雰囲気はすっかり変わっているように思われた。滅多に来ない場所でこんなことに気がつくと、物事は常に変化していくものだ、とかいう思いを抱いてしまうが、そんなことを考えて無駄な感傷にひたっている場合ではない。モオルダアは家の前に来るとインターホンのボタンを押した。
中から反応がないので、モオルダアは間を開けて何度か押してみたが、やはり誰も出てこない。
「いないのかしら?」
スケアリーはそろそろ行こうか、という感じで言ったのだが、モオルダアとしては誰もいない家でやらずにいられない事がある。ちょっとニヤついた感じになったモオルダアはインターホンのボタンを連打し始めた。
「ちょいと、モオルダア!」
インターホンを押すと、外にある機械でもチャイムの音がするので、モオルダアがやっているように連打すると結構うるさい。それでもまだモオルダアがボタンを押していると、ガチャという音がして誰かがインターホンに対応したようだった。
「宅配便ですか?」
インターホンから聞こえる声が言った。
「いや、あの…、その…」
誰もいないと思っていたモオルダアは少し焦って上手く返事が出来ていない。後ろからスケアリーが乗り出してインターホンに向かって話した。
「あの、お休みのところすみませんが、あたくし達エフ・ビー・エルのスケアリーとモオルダアともうしますのよ。近くであった事件の事で少しお話が伺えたら、と思ってやって来たのですけれど」
「…ああ、ちょっと待ってください」
どうやらLittle Mustaphaが出てくるようだ。しかし、インターホンに出ていきなり「宅配便ですか?」と尋ねるのはどういうことなのか。おそらくそれくらいしか来客のあてがないのだろう。
しばらく待つとドアが開いてLittle Mustaphaがその向こうから顔をだした。予想外なのか、そうでもないのか、という感じの見た目だったが、一見したところ殺人事件に関係しているような印象は受けない顔だった。
「あなたはLittle Mustapha様かしら?」
「そうですけど」
「あたくし達、とある事件を追っているのですけれど、あなたはこの方達を知りませんこと?」
スケアリーは被害者の二人の写真と名前の書かれた紙をLittle Mustaphaに渡した。Little Mustaphaはこの喋り方ってどこかで聞いたことがあるような、ないような、とかそんなところが気になっていたのだが、とにかく渡された紙を見てみた。
「誰ですかこの人達?」
Little Mustaphaはどうしてこの二人のことを自分に聞きに来るのかとも思っていた。
「知り合いじゃございませんの?」
「知りませんよ」
「それじゃあ、もしかして知り合いに仕事とかボランティアでサンタの格好をする人がいたりしませんか?」
今度はモオルダアが聞いた。
「いや。いるとしたら、ボクらが用があるのはそういう偽物じゃなくて、本物のサンタですけどね。へへへ」
Little Mustaphaはこんなことを言っても二人が理解できないと思っていたので、余計なことを言った。確かに理解は出来なかったが、今の発言でモオルダアもスケアリーもそこに深い意味が込められているのではないか?と心の中で思っていた。
「あなたはFacebookとかやりますか?」
モオルダアはなぜかその辺が気になるようだった。
「やりませんよ。というか、出来れば避けたいとも思ってますし」
「そうですか。それじゃあ、ネットで人の日記を読んだりとか、自分で日記を書いたりとかは」
「まあ、日誌は書きますが。人の話は特に興味ないですね」
モオルダアは日記と日誌にどんな違いがあるのか?とも思ったが、それはどうでも良いことだった。少なくとも、Little Mustaphaはモオルダアの思っているような「日記に余計な事を書く」人間ではないと考えた。しかし、どこかに怪しいところがあるような、そんな感じもしなくもない。Little Mustaphaの言葉の中にはいちいち気にある要素が交じっている。或いは日記に余計な事は書かなくても普段の会話で余計なことを言う、というタイプなだけかも知れないが。
「ところで、この二人に何かあったんですか?」
Little Mustaphaが聞いた。
「殺されましたよ」
モオルダアが答えた。
「ェェエエエー?!」
Little Mustaphaが驚いた。
本心なのか演技なのか解らないようなヘンな驚き方をしたLittle Mustaphaだったが、なんとなくその二人の写真入りの資料を持っているのが不吉な事に思えたようで、無意識のうちに紙をスケアリーに返していた。
スケアリーはLittle Mustaphaをヘンに怖がらせてしまったような気がして、少し気の毒になった。
「あの、忙しいところ失礼いたしましたわ。また何かあったら話を聞かせてもらうかも知れませんけれど…」
「ああ、その前にもう一つだけ質問がありますけど」
引き返そうとするスケアリーだったがモオルダアが割ってはいるように言った。
「あなた、今年はサンタクロースに手紙を出しましたか?」
モオルダアに聞かれたLittle Mustaphaは少し戸惑った感じだったが、ほんの少し間を開けてからニヤニヤしながら答えた。
「もちろん」
「そうですか。ありがとうございました。それでは我々はこの辺で…」
「ああ、それはどうも…」
Little Mustaphaは去っていくエフ・ビー・エルの二人の姿を見つめながらドアを閉めた。
それよりも、最初は「お休みのところすみません」って言ってたけど、最後は「忙しいところ」になってたな、とかどうでも良いことが気になっていたLittle Mustaphaでもあった。
モオルダアとスケアリーは少し歩いて、彼らの車の止めてある場所まで来た。
「どう思う?」
モオルダアが聞いた。
「あたくし、あの方は特に関係がないように思えますわ。少しおかしな感じもしましたけど。こっちだって、いきなり尋ねていっておかしな質問をしたんですから、戸惑うこともあると思いますし」
「でもサンタには妙なこだわりを持っていたよね。偽物じゃなくて本物に用があるとか」
「確かに言っていましたわ。でもそれがなんだって言うんですの?」
「なんていうか、犯罪者の特質が垣間見られる気がしない?その辺のこだわりに。或いはボクらを挑発しているのかも知れない」
「まさか、あの方が犯人だって言うんですの?今の状況でそれを決めつけてしまうのは危険ですわ。それよりもあたくしは次の被害者を特定する方が先だと思いますのよ。このままでいたら犯人はまた誰かを殺しますわ。きっとサンタの格好をした人を」
「それじゃあ、キミはそっちの方を頼むよ」
「あなたは何をするんですの?」
「もう少し彼のことを調べてみたいんだよ」
スケアリーはそれを聞くと「どうでもイイですわ!」という感じで車に乗り込んで行ってしまった。彼女が行ってしまって移動手段がなくなったので、モオルダアはどうしてもLittle Mustaphaのことを調べるしかなくなってしまうのだった。
どっちにしろそうするつもりだったので、モオルダアはLittle Mustaphaの家の方へ戻ってしばらく様子をうかがうことにした。