クリスマス サンタが危険 ペケファイル
12月13日:例の街
Little Mustaphaの家の前の狭い道路は午後になると日が当たらず、冬になるといっそう薄暗くそして風は冷たい。しかし何かが気になって仕方がないモオルダアにこの寒さは耐え難いものでないようだ。彼はまだLittle Mustaphaに何かあると思って彼の家を少し離れたところから監視していた。
しかし、しばらくすると寒さよりも退屈さには耐えられなくなってくる。モオルダアの予想では1時間も見張っていればLittle Mustaphaが何か怪しい行動を開始するはずだったが、家からは誰も出てこないし、誰かがやって来る様子もない。何かが起きるというのは彼の予想ではなくて理想の展開という事でもあるのだが、そう簡単に理想的な展開とはならない。
モオルダアが飽きてきて次第に集中力がなくなって来ると、彼は道を挟んだ反対側にある駐車場にネコがいるのを見つけた。ネコは車の下で寝ていたが何か物音がする度にそちらの方をチラと見たりしている。モオルダアはその様子を見ながら、もっと落ち着く場所で寝たら良いのに、とかどうでも良いことを考えていた。そして、もうLittle Mustaphaの家とかはどうでも良くなったのか、しゃがむとネコの方に向かって舌を鳴らしてみた。ネコはモオルダアの方を見て不思議そうにしていたのだが、モオルダアが手を差し出して興味を惹こうとしているのには無関心だったようで、また前足に顔を埋めて寝てしまった。
モオルダアは「なんだ…」と思ってまたLittle Mustaphaの家の方へと目をやったのだが、そのとき何か気になることに気がついた。一体何が気になるのか?と言っても最初はモオルダアにもその原因がわからなかったのだが、モオルダアの家を過ぎて向こうの方へ向かう道が目に入ってきて、そして気になる事がなんなのか気がついた。
その道を足早に歩いて行く男の姿がある。かなり歳をとっていそうだが、しっかりとした歩き方である。モオルダアはその男を恐らく先程から何度も見ているのだ。Little Mustaphaの家に集中していたので始めは気付かなかったのだが、あの男はLittle Mustaphaの家の前を何度も通っているに違いなかった。
モオルダアは男を見失わないように小走りに彼を追いかけた。道は狭いがそこから更に狭い路地が伸びていたりするので、そういう場所に入ってしまうと見つけるのは困難になる。かといって走って追いかけたら怪しまれてしまうし、この辺の調節は難しい。
モオルダアは次第に男に近づいていった。しかし、男に近づくにつれてまた距離が離れていく。もしかすると男はモオルダアが後ろから迫っている事に気付いているのだろうか。マズいと思ったモオルダアは速度を緩めて歩いた。それで男との距離はさらに開くのだが、怪しまれるよりはこっちの方が良い。
しかし、そうすると男は更に歩調を速めてその先にある路地に入ってしまった。モオルダアは「しまった!」と思って走ってその路地に向かった。そして、その路地に入ったとたん、かれは男から銃を突き付けられた。モオルダアはビックリして両手を挙げた。
「私に何か用かね?」
男が静かに言った。
「それともLittle Mustaphaに用かね?」
モオルダアが思ったとおり、この男はLittle Mustaphaに何か関係がある人物のようだ。
「私はエフ・ビー・エルのモオルダア捜査官だ。下手なことをするとそれなりの処分を受けることになりますよ」
モオルダアは突きつけられた銃に少しビビりながら言った。しかし、それほど慌てていないのはこの男が悪人ではないような感じがしたからだった。
「エフ・ビー・エルがここで何をしているんだ?私はニコラス。警視庁の刑事だ」
これまでのサンタネタを知っている人はここで「オォ!」となる場所なのだが。それはともかく、いつもLittle Mustaphaたちのクリスマスパーティーに勝手にやってくるニコラス刑事がLittle Mustaphaの家の周辺で何かを探っていたらしい。
「あなたが刑事?」
モオルダアはそう言いながらいろいろと疑問に思っていた。刑事と言うには少し歳をとりすぎな気もしたし、それにニコラス刑事という名前はどこかで聞いたことがあるような…。
「まあ、そう思われても仕方がないがな。最初の登場時には定年間近っていう設定だったんだが、それからずっと退職せずに8年もたってるしな。自分でも私が何歳なのかわからないんだが」
そんなネタの話はどうでもいいかな、と思いながらニコラス刑事は銃をしまった。
「ところでキミはあそこで何をしていたのかね?なにかLittle Mustaphaに容疑でもかかっているのかね?」
「いや、正確には何も。しかし、最近このあたりで起きているサンタ殺害事件を知っていますよね。それにLittle Mustaphaが関係しているのではないかと思って…」
「この辺で起きる怪しい事件はすべてLittle Mustaphaに関係していると思って間違いないぞ」
ニコラス刑事は口元にかすかな笑みを浮かべながら言った。
「私は9年前の凄惨な事件以来、ずっとクリスマスになるとLittle Mustapha達を監視してきたのだがね…」
「それはもしかしてピエロのメイクをした殺人大サンタの事件ですか?」
「エフ・ビー・エルではあの事件をそんな名前で呼んでいるのか?」
「ええ、まあ」(というかモオルダアが今考えた名前だが。)
「あの恐ろしい事件を解決させるために、私はLittle Mustaphaの周辺を調べ始めたのだが、それ以来毎年クリスマスになると恐ろしい事件が発生しているんだ。特にこの近辺でね」
「それはつまりLittle Mustaphaが何らかの形で事件に関わっていると言うことなのですか?」
「そう簡単にはいかないのだよ。これはね、キミ。まともな頭で考えても理解できないことなんだ。悪いことは言わん、Little Mustaphaに関わるのはやめておくんだ」
そんなことを言われると関わらずにはいられなくなるのはモオルダアだけではないかも知れない。
「どうしてですか?彼には何か普通の人間にはない能力があるとか?」
モオルダアが言うと、ニコラス刑事はじっと彼の目を見つめた。モオルダアが冗談でそう言ったのではないのを確認しているようだった。それからニコラス刑事はこれまでLittle Mustaphaを監視し、そしてLittle Mustapha達と一緒に過ごして彼が経験してきたことを話し始めた。
吸血鬼の話から始まって、タイムトラベルやら異次元世界、さらには喋る犬の話など。まともな人間ならそんな話は信じないだろうが、モオルダアなら黙ってそれを聞くこともできてしまう。しかし、さすがのモオルダアも疑問に思うところがあった。そのあまりにも多種多様な超常現象が同じ場所で起こるなどということはあり得るのだろうか?その前に、何が原因でそんなことが起きるのか。刑事だからといって信用して話を聞いていると、大事な点を見逃してしまいかねないとモオルダアは思った。
「しかし、そのような現象が起きる原因は何なのですか?」
「さあ、解らないな。少なくともLittle Mustaphaが望んでそうなっているとは思えないんだが。しかし、彼らには何かがあると思うんだよ。あるいはあの場所にそういうものを引き寄せる力があるのか」
「どうにも不可解ですね。とことで、さっき言っていた特殊な飲み物というのは」
「ああ、あれは、なんて言ったかな。サンタの酒とか彼らは言っていたが」
「まさかその飲み物で幻覚を見ていたなんてことは?」
「ハハハハ!あれはただの酒だよ。それにあの酒はたいてい最後の方に登場するんだよ。さんざんおかしなものを見た後にな」
「ただ、ボクはそういった行為から宗教的儀式を連想するのですが。恐らく黒魔術ですね。彼らがその酒を飲むのもその儀式の一環かも知れませんよ」
「うーん。キミはキミで面白い考え方をするんだな。エフ・ビー・エルって言うと、もしかして…」
「ペケファイル課です」
「ああ、やっぱり。甥からキミ達のことは聞いたことがある」
モオルダアはここまで聞いてやっとニコラス刑事のことを思い出した。the Peke-Filesの最初の方には警察側の代表選手みたいな感じでよく登場していた若い男前の刑事だ。これは後でスケアリーに報告しないと、とモオルダアは思ってニヤニヤしていた。
「それで、どうするのかね?キミがここであの家を張り込んでいても今は意味がないと思うぞ」
ニヤニヤしているモオルダアは言われて今何をしているのか思い出した。確かにLittle Mustaphaの家を張り込むのはあまりいい考えではないように思える。それにそれはこのニコラス刑事がやってくれるに違いないのだ。以前の捜査で関わったニコラス刑事の親戚と言うことなら信頼しても大丈夫だろう。それよりも、モオルダアはニコラス刑事の話を聞いてほかに調べるべきことが出来たのだ。
「何かあったら連絡してくれますか?」
「ああ、仲間は多い方がいいからな。警察の連中は誰も私に付き合ってくれないしな」
確かにそうだろうな、とモオルダアは思ったがそれは表に出さないようにしながらニコラス刑事と別れた。