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#213 「第2の始まり」 2025-12-25 (Thu)

 その頃、夕方のニュース番組・クリスマス特番の現場ではDr. ムスタファの予想どおりリホっちこと宇絵座理保の天気コーナーが特別版としてクリスマスマーケットの会場から生中継されていた。

 去年のクリスマス特番で本格的な腹話術を目の前で披露された宇絵座は、自分の能力の低さを思い知り、実は腹話術人形のキショー君との天気コーナーをやめるつもりだったのだ。しかし、悩んだ末に彼女はプライドを捨てて後輩である腹話術の天才の工藤郁子に弟子入をしたのだった。腕を磨いてまともな腹話術が出来るようになると、その努力が認められるようになって、同時にお天気コーナーのファンも増えているということだ。

 そんな事もあって、クリスマスマーケットの会場から中継中の天気コーナーを見ようと、宇絵座の周りには人だかりが出来ていた。しかし、この後で恐ろしいことが起きるとは誰も気付いていないのである。


「…ということで、週末は良いお天気が続くのですが、風が冷たいので暖かくしてお出かけくださいね。ところでキショー君は…エッ?!…っと、あ…、ん…。」

「どうしたの、リホっち?」

「なんか今本物のサンタさんがいたような気がしちゃったんだ」

「アハハハハー!サンタさんなんかいるわけないよー」

何が起きていたのか気付いていた人はほとんどいない。

宇絵座が一度言葉を詰まらせてしまったのは、目の前の観衆の中にゾンビのような顔をしたサンタを見たからである。新人の頃のアイドル崩れの宇絵座なら、まずは悲鳴を上げてしまうところだったが、今は冷静に番組を続けられるまでに成長しているようだ。しかもキショー君を上手く使って、アクシデントをまるで演出かのようにして乗り切ったのである。

 これを見て密かに舌打ちしたのは少し離れていたところにいた内屁端である。これでは作戦が失敗しただけでなく逆に宇絵座の株を上げてしまったようなものである。

「おいAD!もう良いから戻ってこい」

内屁端は遠くまで聞こえないようなギリギリの小さな声でそういうと、観衆の中にいたゾンビのような顔をしたサンタが振り向いて内屁端のところへ歩いてきた。

「もう良いんですか?これじゃあドッキリ企画にならないんじゃ」

「それはもうやめることになったから良いんだよ。早くメイクを落としていつもの仕事に戻れ。それからメイク落としてるところは見られるんじゃないぞ。ドッキリ企画なんだからな」

「でもドッキリ企画はやめになったって…」

「つべこべ言わずにいくんだよ!」

「はい…」


 そうこうしている間にお天気コーナーは無事に終了。次はクリスマス特番の特番編が始まる前の予告といった感じで、内屁端がクリスマスマーケットの会場から来場者へインタビューをすることになっている。

 さっきまで宇絵座の天気コーナーを見ていた内屁端だったのであまり準備は出来ていないのだが、そこはベテランの人気女子アナ。適当な来場者を見つけて強引にでも盛り上がっているような雰囲気になるようなインタビューをすることは出来るはずである。


「はい、今年もやって来ましたぁ。この後はこのクリスマスマーケットの会場から生中継でクリスマス特番ということで、辺りはクリスマスムード一色といった感じですよ。あ、それではそこの方に話をうかがってみたいと思いまぁす!…すいませ〜ん!少しお話よろしいですかぁ?」

中継が始まってここまではいつもの感じで進んできた。しかし、内屁端が客の一人に声をかけて、その客が振り向いくと「ギャァ!」という悲鳴を上げて内屁端は危うく腰を抜かして倒れるところだった。

「め、目が!目がぁ!」

普段はあまり動じることもない女子アナのなかでも更に恐い物なしの内屁端だったが、この不意打ちには面食らってしまったようである。

 内屁端に声をかけられて振り向いた客の顔は、目のあるべきところに手榴弾のようなものが埋め込まれているのである。そんなものは特殊メイクに決まっていると思う人がいるかは解らないが、この日のこの場所にそのような特殊メイクでやって来る理由は見つかりそうにない。

「ば、爆弾人間…。し、しCM!CMいきまぁす!」

内屁端が何とか声を絞り出して中継は一時中断されるかと思われたのだが、テレビ的にはオイシイ場面なのでまだ中継は続いているのである。

「うっ…うっ…」

爆弾人間は苦しそうに呻いている。何かを伝えようとしているが上手く喋れないようでもある。

 この爆弾人間は何者かによって顔に手榴弾を埋め込まれて、そのせいで苦しんでいるとか、そんな気がしてくる。

 目の前にいる爆弾人間を見て内屁端は、その呻き声で何を伝えようとしているのかを考えていたが、ふとイヤな光景が頭をよぎった。それが本当に起きるとしたら最悪の事態になる気がしたのである。

「みんな、伏せろ!爆発するぞ!」

土壇場になってようやく女子アナの裏の顔が出て、周囲にいた人達も慌てて頭を抱えてその場に伏せた。内屁端は少しでも爆弾人間から離れようと駆けだした。

 本当に爆発するのか。いつ爆発するのか。そしてその規模はどれぐらいなのか。場合によってはテレビに映ってはいけないものが大量に映ってしまうかも知れない。ここでテレビ局は苦渋の決断でいったんCMにいくことにしたようだ。