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#213 「第2の始まり」 2025-12-25 (Thu)

いつもはあまり登場しない調査局の建物

 さっきも登場した調査局というのは、長官の孫娘さんや犬サンタ君に犬弟子サンタ君などが所属する機関です。いつもの話に関わるのは限られた人達ですが、実際には沢山の人が働いていて、次元を超えた現象や事件などを調査する機関なのです。そして調査局の長官はもちろん長官の孫娘さんの祖父ということになります。

 その調査局が一年ほど前から総力を挙げて取り組んでいたあることに関する調査の進展は思わしくなくなく、今の状況を考えると少し強引な手段をとらないといけなくなったようです。

 自分の部屋にいた長官の孫娘さんが連絡を受けて研究室の方へ向かっていると、ストレッチャーの上に人が乗せられて運ばれていくところに追いつきました。長官の孫娘さんがそのストレッチャーを覗き込むと、そこには里梅屋さんが横になっています。

「本当はこんなことはしたくなかったけど…。この人を傷つけたりはしてませんね?」

「大丈夫です。気持ちよく眠っているだけです」

長官の孫娘さんが聞くとストレッチャーを押している一人が答えました。里梅屋さんは眠ったまま研究室へ運ばれていき、そこで色々な装置に繋がっている電極などが彼の体に着けられていきました。


 調査局は三年前に登場した深淵の暗殺者の言葉を解読しようとしているのです。平行して存在している次元の中でも深淵の暗殺者のいる次元はあまりにも特異で、言葉だけでなく、そこにいる人(といっても一般的な感覚では人に見えない人)達についても良く解っていないのでした。さらに調査局の中で深淵の暗殺者の言葉をある程度理解していた調査官が深淵の暗殺者に殺害されるという事件も謎を呼んでいました。

 その殺害された調査官というのが、実は深淵の暗殺者にLittle Mustaphaの殺害を依頼した張本人だったからです。それなのに深淵の暗殺者はLittle Mustaphaではなくてその調査官を暗殺しました。


 全てが謎に包まれたままでしたが、最近になって明らかになったことがありました。深淵の暗殺者達のやり取りを調べていくと、良く使われている言葉があるようだったのです。その言葉だけにねらいを絞っていくと難解な言語とはいえ少しは意味が解るようになったのです。そしてそれは「呪い」という意味がある言葉だったのです。


 調査局は同時に里梅屋さんがいつものLittle Mustapha達の次元における、あの時の深淵の暗殺者であるということも調べて知っていました。Little Mustaphaの場合、別の次元でもLittle Mustaphaという名前なので、あの深淵の暗殺者も本当の名前は里梅屋さんというのだと思われますが。いつもの次元の里梅屋さんがLittle Mustaphaに電話をして「呪い」という言葉を使ったことで、調査局は深淵の暗殺者達の言葉を解読するのに里梅屋さんが役に立つと考えたのです。


 調査局の研究室にある装置は里梅屋さんの脳波などから夢の内容を音声化していきます。映像化ではないので、もしも里梅屋さんが得意なエッチな夢が始まったとしてもそれほど気不味いことにはならないはずです。

 それはどうでもイイのですが、里梅屋さんの夢を解析していくと、深淵の暗殺者達のシュワシュワした感じの言葉と、時々里梅屋さんの喋る日本語が聞こえてきました。里梅屋さんは夢の中で深淵の暗殺者の里梅屋さんに質問して言葉の意味を知ろうとしているようですが、なかなか上手く行かないようです。

「これは簡単にはいきませんね」

研究室の研究者が長官の孫娘さんに向かって言いました。

 その時、長官の孫娘さんの持っていたスマホのようなものの通知音が鳴りました。長官の孫娘さんはそれを確認すると、研究者に何かわかったら連絡するように頼んでから研究室を出て行きました。緊急事態が起きたようです。

孤独な森の孤独な家

 孤独なLittle Mustaphaは何をすべきか解らなくなっていました。そういう時にはなんとなくパソコンを使ってネットで検索したりして、ありもしない答えを探してしまいがちなのは、いつものLittle Mustaphaに似ているのですが。アンパン2の言うとおりに別次元のLittle Mustaphaのところへ行ってプレゼントのリクエストをやめさせることは本当にやるべき事なのか、ということで迷っているようです。

 プレゼントを渡せばその後はプレゼントのリクエストもしなくなるはずなので、本当はプレゼントを渡した方が良いとも思った孤独なLittle Mustaphaなので「反重力リアクター 代替品」とか「横溝正史 似ている作家」とかそんなキーワードで検索したりしていました。

 そんなことをしていると、またパソコンのスピーカーから勝手に声が聞こえてきました。頭の中でアレコレ考えていた状態の孤独なLittle Mustaphaだったので、声に驚いてビクッとなりました。

「はい、こちら現場のアンパン2でぇす!あなたはサンタとしての任務を放棄しようとしているようですが、どういうおつもりですかぁ?」

「どうって言っても。やっぱりサンタとしてはちゃんとプレゼントを用意した方が良いんじゃないかって思ったから」

「サンタというのは良い子にしていた子供達にプレゼントを渡すものだと思われますが。あなたはリクエストをしたLittle Mustaphaが本当に良い子だと思っているのですかぁ?」

「まあ、子供ではないと思うけど。こうして手紙が届いたんだし、プレゼントを貰う資格はあるんだと思ってるよ」

「しかし、リクエストの手紙は一枚ではなくて大量に届いたはずです。それが正規の方法で出された手紙とはとても思えません!ルールを無視したやり方でプレゼントのリクエストをしたと考えることは出来ませんかぁ?」

「それは解らないけど。そんなことが出来る人がわざわざサンタにプレゼントをリクエストすると思えないし。それに手紙はあの洞窟を抜けて届いたんだから。途中で何かの異常が発生したんだと思うよ」

「あなたから全てを奪ったあの洞窟ですね」

アンパン2がそういうと孤独なLittle Mustaphaは言葉を詰まらせました。確かにあの洞窟は自分から全てを奪ったかも知れないと、孤独なLittle Mustaphaはそう思っていました。孤独なLittle Mustaphaが黙っているとアンパン2が続けました。

「あなたはまだ気付いていないようですが、あの洞窟で起きたことはプレゼントをリクエストしたLittle Mustaphaに原因があるのですよ」

「まさか、そんなことを普通の人間が出来るはずないよ」

「普通の人間ならそうです。しかし偶然にも大きな力を手に入れた人間は調子に乗って間違いを犯します。疑うのならこちらの映像をご覧ください!」

アンパン2が言うとパソコンの画面で動画の再生が始まりました。

 それは4年前のあの時の様子にソックリです。いつもの次元のLittle Mustapha達が騙されて偽のLittle Mustaphaの部屋に集まった時の問題のシーン。この後でLittle Mustaphaがトイレの扉を開けると時空間に異常が発生するはずです。そんな状況なので何かの電気的なノイズの影響で時々映像が乱れたりしているようですが、それ以外にも映像には少し不自然な点もあるようです。


動画の中のミドル・ムスタファ-----いいんですか、そんなことしたら、大変デスヨ。

動画の中のLittle Mustapha-----かまうものか。この扉をつかって、世界を思いどおりにするんだあ。

動画の中のマイクロ・ムスタファ-----その扉を開けてしまえば!世界の秩序は崩壊、ハキ!ハキ!

動画の中のニヒル・ムスタファ-----カオスがおとずれるぜ。

動画の中のDr. ムスタファ-----破滅の扉ということわざじゃあ。

動画の中の一同-----あっはっはっはっは!

動画の中のLittle Mustapha-----それでは、扉をあけてみたいと思い、ます!せーの!

動画の中の一同-----メリークリスマスー!


 何故か喋っている内容があの時と違ったり、マイクロ・ムスタファの声がハキハキ少女に吹き替えられていたりして、これは明らかにねつ造されたものか、あるいはAIによって生成されたもののようです。しかし、いつもの次元のLittle Mustapha達を知らない孤独なLittle Mustaphaには違いが解らないのです。

 動画の中のLittle Mustaphaがあの時のように完成間近だった異次元の扉でもあるトイレの扉を開けると、扉の中から閃光が発せられて、それと同時に映像は乱れてその後すぐに真っ暗になりました。


「これはなんなんですか?」

孤独なLittle Mustaphaが聞くとアンパン2が答えます。

「動画の中のLittle Mustaphaが扉を開けたことによって、全ての次元における異次元への出入り口に異常が生じたのです。それがどういうことだか解りますかぁ?」

「つまり、あの洞窟のあの窓に異常が生じて、それでみんながいなくなってしまった…」

「そうなのです。あなた達の仲間もあの洞窟から消えてあなたと会うことが出来なくなりました、あの時発生した異常の衝撃を考えれば彼らは死んでいるのではないでしょうか」

孤独なLittle Mustaphaはあの時何が起きたのかを理解し始めていました。

 孤独なLittle Mustaphaはもともと孤独ではなかったのです。4年前のクリスマスまでは。


 静かな暗い森しかないようなこの次元のLittle Mustapha達はクリスマスになってもやることがあまりないので、毎年森の中にある不思議な事が起きるという洞窟でクリスマスを過ごす事になっていたのです。

 不思議なことが起きるのは、そこが異次元への出入り口でもあったからだと思われますが、4年前のクリスマスには本当に不思議な事が起き、それは同時に恐ろしいことでもあったのです。

 いつものように洞窟でささやかなパーティーをしていたLittle Mustapha達でしたが、深夜になった頃に洞窟の奥の方からの強い光が見えたと思った瞬間、目が眩んで何も見えなくなりました。

 そしてやっと目が暗がりに慣れてくるとまだ孤独でなかったLittle Mustaphaは周りにいた仲間達が消えているのに気付いて、その時から孤独なLittle Mustaphaとなったのです。


「これで解りましたかぁ?動画の中のLittle Mustaphaは意図的に時空の混乱を引き起こしたのです。それも面白半分で。そしてあなたは仲間を失ったのです」

孤独なLittle Mustaphaは何も言わずに考え込んでいました。

「悪人を懲らしめるというのもサンタに与えられた権限かと思われますが。あなたはそのサンタの権限をどのように使っていくつもりですかぁ?」

孤独なLittle Mustaphaはまだ考えているようです。

「我々はあのLittle Mustaphaを懲らしめるために丁度良い物を用意しました。机の引き出しを開けてみてくださぁい。そこにある銃を使えばどんな人でもあなたの言うとおりにすることが出来るのです。スゴいと思いませんかぁ?それで撃たれても死ぬことはありませんので、安心して使ってくださいね。では現場からは以上でぇす」

部屋はまた静かになりました。

 孤独なLittle Mustaphaが机の引き出しを開けてみるとアンパン2が言ったとおり、自分の知らない間に銃が用意されていました。

 手に取ってみると、それは彼の持っている本物に見えるだけのモデルガンと違ってズッシリとした重さがありました。それでもそれは本物の銃とは違うようにも思えましたが、彼は本物の銃を見たことがないので確かなことは解りません。でも撃っても人を傷つけることはないということなので、孤独なLittle Mustaphaはその銃を持って立ち上がりました。


 孤独なLittle Mustaphaは部屋の灯りを消して外に出ました。そして雪の降る静かな森の中を洞窟へと向かっていきます。

 誰もいなくなった真っ暗な家の中にフワッとした感じでダー・クマタンが現れました。

「ああ、誰もいない。遅かったようですね。まさか危険なことをするのがこっちのLittle Mustaphaだったとは気付きませんでしたよ。でもまあ起きることは起きるべくして起きるんです。私にはどうすることも出来ませんよ。どうせ私はただのダー・クマタンですからね。はぁ…」

ダー・クマタンが一人でつぶやくと、またフワッとした感じで消えていなくなりました。