「GONE」

17. SとMとオルダモアの捜査ファイル

 「オルダモアの捜査ファイル」とは今日の夕方に開設されたブログのタイトルである。超常現象や未解決の事件などに関する考察が、でたらめではあるが真面目な文体で書かれている。一般的な日記やマメ情報系のブログに比べたらその文章はかなり長い方だ。驚異的な短い間隔で更新されるこのブログの記事数は半日にしてもうすでに10を越えている。

 オルダモアとはどうやらモオルダアのアナグラムというつもりらしい。ただし彼を知っている人間なら誰でもオルダモアがモオルダアだと気付くに違いない。そんなオルダモアの書いた記事の中に「同僚Sに関する謎」という記事がある。先程から謎のブログサービスを運営している謎のサーバーに関して考えていたスケアリーは成り行き上「オルダモアの捜査ファイル」を読まなくてはならなかったのだが、運悪くこの禁断の記事を見つけてしまったのである。

「同僚Sに関する謎」

 世の中には異常な犯罪を繰り返す者はたくさんいるのだが、もしかすると私の同僚のSという女性もその一人になるかも知れない。Sが普段生活してる様子を見れば、それは他の女性と変わらないものに見えるだろう。(多少気取りすぎなところはあるが。)しかし、その何の変哲もない素顔の下には恐るべき凶暴性が潜んでいるのである。

 私はこれまで何度もSから暴力を受けてきた。一度は私を殺そうとしたことさえあるのだ。(これに関しては「恐怖のサプリメント」参照のこと)何故Sがこのような行動に出るのか。彼女の名前の頭文字がSで私の本名の頭文字がMだという事で説明出来るのなら、それは単なるジョークに他ならない。この謎を深く考察するためには、他の異常者達の行動を理解する時と同様に彼女の育った環境やこれまでに彼女が遭遇した事件や事故などを調べる必要があるかも知れない。Sがこれまでに受けた心の傷が現在の状況から何らかの影響を受けて彼女に異常な行動をとらせているのかも知れないからだ。

 Sは私に絶対に年齢を教えようとしないが、結構いい歳だということはその風貌から明らかである。そんな歳になって結婚もしそびれて、特にボーイフレンドもいない彼女にとってはそのことが異常行動の原因になっているのかも知れない。それでは、どうしてその原因によって彼女が暴力的な行動に出るのかを考えなくてはいけない。

 これは推測でしかないのだが、もし彼女が結婚というキーワードによって暴力行動に出るとしたら、彼女は以前に結婚に関して何か心の傷を負っている可能性が考えられる。或いは一番身近な夫婦である両親の関係が彼女の精神に何か影響を与えたのでは、とも考えることができる。もしかすると、毎年開催される同窓会で自分の周りからどんどん独身者が消えていくという現実からもそうとうのストレスを受けているのかも知れない。

 原因は何であれ、それらの要因によってなぜ暴力行動が誘発されるのかが最大の謎である。このSというモンスターをこのまま放っておけば…

「何なんですの!これは!」

スケアリーは最後まで読まずに立ち上がると、怒りに全身を震わせていた。他にやるべき全てを忘れてペケファイルの部屋を飛び出していった。行く先はもちろんモオルダアのボロアパートである。

18. 依頼人と帰ってきた男と静かな部屋

 先程まで良い感じに盛り上がっていたパーティー会場だったが、今ではそこにいた友人達は寝てしまい、起きているのは依頼人と帰ってきた男だけになった。二人の間には何度も気まずい沈黙が訪れた。いつもなら二人になってもくだらない会話は続いていたのだが、今日に関してそうならないのも無理はない。依頼人は帰ってきた男が別人なのだと思いこんでいるし、帰ってきた男は依頼人が何かを隠していると勘ぐっている。

「今日はあまり飲まないんですねえ」

静けさに耐えかねた依頼人が聞いた。帰ってきた男は先程からずっとカシスソーダの入ったグラスを持っていたが、その中身はなかなかなくならない。

「そうかな?でもまあ飲んでばかりというのも、もう飽きたしね」

帰ってきた男はあまり表情を変えずに静かに言うと、持っていたグラスの中身を飲んだ。それでも中身は少しも減らなかった。

「ここからいなくなった間に何かあったんですか?」

こんな事を聞いても帰ってきた男は適当な答えを言うに違いない、と依頼人の男は思ったが、聞かずにいるよりは聞いた方が黙っているよりもいいという考えであった。

「いや、特に何もしてなかったよ。でもねえ…」

「でも?」

「なんか自分の事をいろいろ考えてたら、ホントにこれでいいのかなあ?って思っちゃってねえ」

これを聞いて依頼人は思わず納得してしまった。確かに以前はこんなに落ち込んだ調子で話す事はなかったのだが、何かの拍子に客観的に自分を見てしまったら、この男ならそうとう落ち込むに違いない。帰ってきた男は以前とはまったく別人だが、それは別の人間がこの男に姿を変えたという意味ではなく、考え方やものの見方が変わったという意味での別人なのかも知れない。

 そうだとすると、依頼人の男はちょっと困ったことになる。わざわざエフ・ビー・エルの捜査官に捜査を依頼してしまったのだが、どうやって言い訳すればいいのだろうか?今さら「私の思いこみでした」とは言えないだろう。でもまあいいか。結構時間をかけて調べた資料もあるし。あれも何かの役には立つだろう。というように、依頼人の男は適当にこの問題を解決して、これから帰ってきた男と「人生のお悩み相談」でもするつもりでいた。