「GONE」

12. モオルダアとパソコンとモオルダアの汚い部屋

 モオルダアは自分の部屋のパソコンの前に座ってキーボードを叩いている。これほど熱心にパソコンをいじることなどこれまで一度もなかったのだが。それよりもモオルダアはパソコンの使い方すら良く解っていなかった。しかし今は一心不乱に何かを書いているようだ。

 カチカチとタイプをする音が絶え間なく続いている。ほとんどパソコンを使わない人間とは思えないスピードである。しかし、モオルダアがこの部屋にやって来てパソコンで何かをし始めた時にはこれほどではなかった。いつものように目でキーボード上のアルファベットを探して一つずつ不器用に文字を入力していた。モオルダアの意外な学習能力が発揮されたというのだろうか?

 モオルダアは画面を真っ直ぐに見つめている。その下におかれたキーボードの上ではモオルダアの動かない視線に相反して絶えず彼の両手が文字を入力していった。長いことその状態が続いたあと、やっとモオルダアの手が止まった。同時に時計に目をやると時刻は夜の10時を過ぎていた。

「もうこんな時間かあ」

とつぶやいてから、もう一度時間を確認した。彼がこの部屋に戻ってきたのは何時だっただろうか?そんな事を考えながら、自分がこれまでしたことに多少驚いてさえいた。少なくとも5時間はパソコンの前に座っていたのだ。そこに気付くと、モオルダアは腕組みをして椅子の上で反り返りながら何かを考えていた。何を考えていたのか知らないが、考えがまとまると電話のところへ行きスケアリーに電話をかけた。電話がつながるとすぐにスケアリーは電話に出た。少しまずいことをしてしまったかも知れない、とモオルダアは思っていた。

13. 依頼人と帰ってきた男とその友人達

 依頼人の男は公園を去った後すぐにこのパーティー会場へやって来ていた。パーティーとはいっても帰ってきた男の部屋で酒を飲んでいるだけなのだが、彼らはそれをパーティーと呼んでいる。友人達はもうすでにそうとう飲んでいるようで、くだらないことを言っては大笑いしている。帰ってきた男もそれなりに楽しそうだ。依頼人の男は彼らに怪しまれないようになるべく彼らに会わせて笑顔を作りながら帰ってきた男の様子をうかがっていた。

 しらふでここへやって来た依頼人の男には何がいつもと違うのかすぐに解ったが、酔っ払っている友人達はまだそこに気付いていないようだ。帰ってきた男はさっきから甘いカクテルばかり飲んでいる。もし帰ってきた男が本物だとしたらそんな事は絶対にあり得ない。普段から飲むのが好きな男だったが甘いカクテルを飲むことなど滅多になかったのだ。

 これは絶対に別人だと依頼人の男は確信していたのだが、いったい彼は何の目的でこんな事をするのだろうか?帰ってきた男を見つめながら考えていると唐突に声をかけられた。

「何だよキミ。何か言いたいことがありそうな顔をしてるなあ」

依頼人の男はなるべく驚いた事を悟られないように冷静さを保とうとしていた。もしかすると、そう思っているのは自分だけで周りの全員が必要以上に驚いた彼を怪しんでいるのかも知れない。ただしここで黙り込んでしまってはもっと怪しい。これまで彼はこの友人達に何かを聞かれて黙り込んでしまうことなどなかったのだから。

 運良く彼はあることに気付いた。

「あの、さっきから気になってたんですけど、留守番電話にメッセージが残されているみたいですよ」

依頼人の男は小さなランプの点滅している電話機を指さした。全員がそれに気付いて、興味の対象はその留守番電話に移ったようだ。ただ帰ってきた男だけは時々依頼人の男の様子をうかがうようにチラチラと彼を見ていた。