「GONE」

2. 妖怪ポストとモオルダアとスケアリー

 ペケファイルの部屋へとつづく地下の廊下をスケアリーが鼻息を荒げて大股で歩いていく。彼女に何か気に入らないことがあったに違いない。彼女はこのままペケファイルの部屋までいき、勢いよくドアを開けるとモオルダアに向かってまくし立てるに違いない。「ちょいと、モオルダア!何なんですの!」という感じで。

 スケアリーがペケファイルの部屋のドアを開けるまでは、予想どおりだった。しかし、彼女が勢いよくドアを開けた瞬間に何かがドアにぶつかって多少派手な音を立てて倒れた。モオルダアに不満をぶつけようとしていたスケアリーはちょっと調子が狂ってしまった。スケアリーが倒れたものを見ると、そこには竹の棒の先に鳥の巣箱のようなものを付けた薄汚いものが倒れていた。

「ちょいと、モオルダア!?何なんですの、これ?」

スケアリーは言おうとしていたセリフを予定とはまったく違った調子で言わざるをえなかった。

 スケアリーがなんともいえない不思議な気持ちで倒れた何かを眺めていると、モオルダアは不機嫌な感じで立ち上がって、ドアのところまでくると倒れていたものを元のように立てた。よく見るとそれは巣箱ではなくて郵便受けのようだった。

「妖怪ポストだよ」

モオルダアがそれを立てると得意げに言った。古びた木材にツタなどが絡まっていて怪しげな雰囲気満載の作りになっている。しかし、どうしてこんなものがペケファイルの部屋にあるのか。そんなことはスケアリーに理解できるはずがない。

「ちょいと、モオルダア!?何なんですの、これ?」

スケアリーがもう一度聞いた。

「だから、妖怪ポストだって」

だって、と言われてもスケアリーは少しも納得できない。彼女はモオルダアに不満をぶつけようとしていたことなどすっかり忘れて、あっけにとられてモオルダアを見ていた。

「つまりこういうことだよ」

スケアリーの様子をみてモオルダアが説明を始めた。

「ボクらは警察では解決できないような不思議な事件が起こると呼び出されて、そして見事にその事件を解決するだろ?だからこの妖怪ポストはボクらにピッタリなアイテムということなんだ」

スケアリーは半分ぐらい理解していたが、少しも納得していなかった。

「つまり、こういうことでございましょう?不思議な事件が起こったらこのポストに手紙を出すとあたくし達がやって来て事件を解決する、ということですわね?でもこの部屋にあったら全然意味がないんじゃありません?ここまで来たのならあたくし達に直接相談すればいいんですわ。それに前回の話からエフ・ビー・エルにはお客様相談窓口が出来たみたいですから、こんなものは無用ですわ!」

確かに、そうかも知れない。モオルダアは言い返すことが出来なかった。

「でも、雰囲気は出てるだろ?」

モオルダアはどうしてもこの妖怪ポストをこの部屋に置いておきたいようだ。

「これ知人に頼んで3つ作ってもらったんだよ。一つはここに。あとの二つはボクの家の前と、キミの家の前にね」

「ちょいと!なんてことをするんですの。あたくしの家の前にこんなものを置かれたら付近の住民から大ひんしゅくですわよ!」

「でも、もう決めちゃったから。今頃、その知人がキミの家の前に妖怪ポストを設置しているはずだよ」

スケアリーはこのあと何をするか考えていた。とりあえずモオルダアに鉄拳をくらわせるか、それともすぐに家に行って妖怪ポストを捨ててくるか。そうしている間に、最初にしようとしていたことも思い出した。モオルダアを殴るのも妖怪ポストの廃棄もとりあえず我慢して、最初のテンションに戻らなくてはいけない。

「ちょいと、モオルダア!何なんですの!」

スケアリーからいきなり大きな声で怒鳴りつけられたのでモオルダアは少しビクッとなった。

「何って、何が?」


 ここでモオルダアが変なアイテムを作ったせいでそれていた話をやっと本題に戻すことが出来る。スケアリーは今日これまでに起こった納得のいかないあれこれについて話し始めた。

「今日はあたくし早くに目が覚めてしまったものだから、早めにここに到着していたんですのよ。ホントにそれまではすごくステキな気分だったのに」

今の彼女の状態からはそんなステキな気分は少しも想像できない。

「そしたら、警察からニコラス刑事って方がみえてるって言われたから、会ってみたんですのよ」

「ニコラス刑事って、以前一緒に捜査をしたちょっと男前の刑事のこと?」

「あたくしも始めはそう思ったんですけど、あのニコラス刑事さまとは似ても似つかない定年間際の刑事さんでしたの」

「ああ、なんだ。それで機嫌が悪いのか」

モオルダアはそれだけ聞いて全てを理解したかのような口振りだったが、そうでもなさそうだ。

「あたくしはそんなことで怒ったりはしませんわよ。それに、どうしてニコラス刑事さんが別の人だからってあたくしの機嫌が悪くなるんですの?…まあ、どうでも良いことですわ」

スケアリーはあのちょっと男前のニコラス刑事のことを話してしまいそうになったが、モオルダアに変な想像をさせないために、話を元に戻した。

「それで、そのニコラス刑事さんは少し厄介な事件が起きたから協力してくれって言ってきたんですのよ」

ここで少しモオルダアの目が輝きだした。

「それってもしかして警察にも解決できないような不思議な事件ってこと?」

「ちょいと、人の話は最後まで聞きなさいよ。あんなのはゼンゼン不思議な事件じゃありませんわ。ニコラス刑事さんのお知り合いが二三日行方不明になっていて、警察に捜索願が出されていたんですけど、でもそれは警察で捜査するような失踪事件じゃなかったんですのよ」

「なんだか、言ってることが良く解らないなあ」

「あたくしも、最初はそう思いましたわよ。それで詳しく聞いてみると、その失踪なさった方は家にもいないし、携帯電話にも出ない。しかもいなくなる直前まで友人と一緒にいたそうなんですのよ。それが、その友人がちょっと席を外していた間にいなくなってしまって、それっきりだったんですのよ」

「それだったら、普通の失踪事件じゃないか?」

「そうなんですけど、警察がわざわざ捜査をしない決定的な理由があったんですの。その人は失踪しているにもかかわらず自分のブログを毎日更新していたそうなんですのよ」

「なんだよそれ?!それじゃあ失踪じゃなくて、外出中ということじゃないのか?」

「そうですけど、その人は誰にも行き先を告げずに旅行をする人じゃないし、何かの事件に巻き込まれた可能性もあるってニコラス刑事さんも言ってましたし、あたくしニコラス刑事さんと一緒にその方の家に行ってみたんですのよ。薄汚い家に行くと、その方の友人達がいたから、あたくしがいろいろお話をうかがっていたらすごいことが起きたんですのよ」

スケアリーにしてはめずらしくもったいぶった話し方をしている。きっとすごいことが起きたに違いない、と思ってモオルダアは「すごいこと!?」と聞き返した。

「なんと、その失踪していた人が帰ってきたんですのよ。あたくしがあっけにとられているのも気にせずに、そこにいた方達は大喜びでその人を迎えていましたわ。しかも、その後がひどいんですのよ。ニコラス刑事さんは私に向かって、もう解決したからキミは帰っていいよ、なんて言うんですのよ!まったくひどいじゃございませんこと?あたくしを呼び出しておいて、お礼の一つもしないで『もう帰っていいよ』ですのよ!ちょいとモオルダア!いったいどういうことなんですの!」

どうやらスケアリーの怒りがまた再沸騰している感じになってきた。モオルダアはここで何か上手い方法でスケアリーを収めないといけない。

「それは、大変だったねえ。ところで、その事件はそれで解決でいいのかなあ?『その人』というのが、姿をくらましていた数日間のこととか、どうやって友人の前から姿を消したのか、とかいうことは調べなくてもいいの?」

「そんなことはどうでもいいんですのよ!あたくしはもう気分が悪くて仕方がないので、今日は帰らせてもらいますわ!後はあなた一人でやってくださいな!もしかすると、妖怪を退治して欲しいって人が来るかも知れませんからね」

そういってスケアリーはペケファイルの部屋を出ていった。スケアリーの怒りは収まらなかったが、モオルダアが痛い目に合わずに済んだのでモオルダアはとりあえず胸をなで下ろした。そのまましばらくスケアリーの出ていったドアを眺めていたモオルダアだったが、不意に思い出したように「そうだ、メールチェックしないと」とつぶやくと、彼もペケファイルの部屋を出ていった。