5. モオルダアとスケアリーと技術者
こうなってくるとモオルダアにもスケアリーにも手が出せなくなってくる。モオルダアはともかくスケアリーもこの状況を理解できるほどコンピューターには詳しくなかった。二人はとりあえず少年達に必要な二三の質問をして二人を帰らせた。
モオルダアは先程から気になっていた。どうしてスケアリーはあんな少年達の言うことを真に受けているのだろうか?彼らの言っていることはモオルダアにとっては興味深いものだったのだが、スケアリーなら真っ先に否定するはずだ。
もちろんスケアリーもあの少年達の言うことを信じているわけではない。彼女はモオルダアがここへ来る前にヨシオ君のお母さんに会っているのだ。(ということは、二人の少年は倒れたヨシオ君のお母さんを置き去りにして妖怪ポストのところまで行ったということになるのだが、そこは気にしない。)ヨシオ君のお母さんの様子が尋常でなかったのがスケアリーは気になっていたのだ。その様子からスケアリーはこれがただの失踪事件ではないと思っていた。同じ女性として、ヨシオ君のお母さんの気持ちが理解できる気がするのだ。というようなことをスケアリーはモオルダアに話して聞かせた。
モオルダアは解ったのか解らないのか判然としない感じでうなずいただけだった。そんなやりとりの間もずっとパソコンのモニターには新しい文字が表示され続けていた。
「宇宙からのメッセージという可能性もあるな」
モオルダアが言うと、彼は横にいたスケアリーからの冷たい視線を感じた。その後の長い沈黙のあと、彼らが呼んだエフ・ビー・エルのコンピューター技術者がヨシオ君の部屋に到着するまでの間も、モニターには新しい文字が表示され続けていた。
ヨシオ君の部屋にやって来たコンピューター技術者はしばらくおかしな文字を表示し続けるモニターを眺めながら、頭の中を整理しているようだった。あごに手を当てて考えていた技術者の頭の上に一瞬電球が見えたような気がした。
「解りましたよ!」
技術者は得意げにペケファイルの二人に言った。
「これは誰かが文字を入力しているのです。まあ、ここにいる誰もこのパソコンに触っていないのだから、この文字を入力している人間はネットワーク経由でこのパソコンにログインしているのだと思いますけどね。ただしおかしいのは、本来ならそういうふうに外部からログインしても作業の様子がこのモニター上に表示されたりしないんですけどねえ。もしかするとこれは不正なアクセスとか、パソコンのエラーとかかも知れませんねえ」
スケアリーは半分ぐらい理解していた。モオルダアは半分ぐらい理解したフリをしていた。
「それで、この文字はなんなんだ?」
モオルダアは解らないなりに一番疑問に思っていたことを聞いた。
「これは多分日本語ですよ」
「それはどう見ても日本語ではありませんわ」
スケアリーが言うのも無理はない。モニターに表示されるのはまったく意味をなしていないと思われるアルファベットの羅列に見える。
「いや、そんなことはありませんよ。二人とも一度や二度、こんな文字を見たことあるでしょ。これは解りやすく言うと文字化けというヤツですよ。インターネットとかやってると見かけるでしょ?私もここにどんな言葉が書かれているのかまでは解りませんが、こんなのには見覚えがあります」
そう言われればそんな気もしてくる。モオルダアは詳しいフリをして何かを言おうと、知っている限りの知識を絞り出そうとしていたが、先に技術者が話し始めた。
「このパソコンがどうしてこんな状態になったのか知りませんが、再起動してみたら正常に日本語が表示されるようになって、何が書かれているのかも解るかも知れません。というか、もうシステムがおかしくなってる可能性もありますけどね。どっちにしろ一度電源を落とさないと。このキーボードにはまったく反応しないし」
そう言って技術者は机の上のキーボードを適当に叩いた。それから、強制的にパソコンの電源を落とすために、本体のボタンに手をかけた。
「それはダメだ!(ですわ!)」
モオルダアとスケアリーがほぼ同時に技術者を制止した。技術者は驚いてパソコンから手を離した。技術者を制止した二人もめずらしく意見が合っていることに驚いていた。
「なんで、ダメなんですか?」
技術者は自分を驚かせたくせに、なぜか本人達も驚いている二人に聞いた。モオルダアとスケアリーはどちらが説明するのか?という感じでお互いの顔を見合わせていたが、こういうことは自分が言うのが適当かな、という感じでモオルダアが説明を始めた。
「ヨシオ君は今、その中にいるんだよ。だから電源を落としてヨシオ君の身に何かがあったら大変なことになるぞ」
この二人は変わっていると聞いていたが、これは変わっているどころではない。そんなことを考えながら技術者は困った感じで二人を見つめていた。見つめられている二人も、電源を落とすことを止めたまでは良いが、その後どうすれば良いのか良く解っていない。
「ここに次々と表示される文字をどこか別のところに保存して別のところでちゃんと表示させることは出来ないんですの?」
そんなことは無理だろうと思いながら、何かを言わないと自分たちが変人に思われると思ってスケアリーが言った。そういわれた技術者は一瞬目を輝かせてから、落ち着いた調子で言った。
「まあ、出来ないこともないですよ。でも今すぐに令状も無しでそれをやるのはちょっと問題です。少なくとも持ち主の同意がないと」
「それなら問題ないよ。持ち主のヨシオ君はそうやってモニターに書いていることを表示させているんだから。誰が見ても良いよ、ということに違いないよ」
モオルダアの考えはあまりに適当だが、特にスケアリーに止められることもなかった。それを聞いて技術者は嬉しそうに部屋を出て、外に止めてあるワゴン車から一抱えの機材を持ってきた。
技術者はそれらの機材についていちいちモオルダアとスケアリーに説明していたが、二人とも何のことだか解らなかったので少しも聞いていなかった。三十分ほど一生懸命に作業していた技術者は、大きく息を吐き出しながら近くにあった椅子にドカッと腰をかけた。
「もう終わったの?」
モオルダアが聞くと技術者は疲れ切った表情で首を振った。
「これから始まるんです。ボクの作ったプログラムがこのパソコンに侵入して中のデーターを吸い出すはずなんですが、このパソコンはそうとう特殊なシステムで動いているみたいなんですよ。ただしそれほど複雑でないだけ助かりましたけどね。上手くいけば二時間もすれば終わりますよ」
二時間も?!そろそろこの部屋に飽きていたモオルダアとスケアリーは技術者を置いて外に出ることにした。
6. スケアリーとモオルダアとスケアリーの部屋以外
ヨシオ君のマンションはスケアリーの家の目の前。スケアリーは技術者の作業が終わるまで自分の部屋でゆっくりするつもりだった。その後をモオルダアがついていく。
「ちょいと!なんであなたがついてくるんですの?」
モオルダアは当然自分もスケアリーの部屋でコーヒーでもすすりながら二時間のヒマを潰せるものだと思っていた。
「これまでの話と同様に、あなたがあたくしの部屋に来るとロクなことにならないのですから、あなたはあの技術者が間違ってパソコンの電源を落としたりしないように見張っていれば良いんですわ」
そんなことを言われても、モオルダアにはあの技術者がやっていることはチンプンカンプンだし、さらに変な機材が持ち込まれて自分には良く解らない作業が始まってしまっているのだから、技術者が何をしようとモオルダアにはどうすることも出来ないのだ。しかしスケアリーに睨まれて、モオルダアはただ「はい」と答えて高級アパートメントに入っていくスケアリーの後ろ姿を見送るしかなかった。