14. スケアリーと捜査資料とペケファイルの部屋
スケアリーは依頼人の男から渡された資料を感心しながら読んでいる。時刻はもう夜の10時を過ぎていた。普段ならこんな遅くまで仕事をしているはずはないのだが、ヨシオ君の捜索のためには寝る時間も惜しんで仕事をする覚悟らしい。
しかし、依頼人の男から渡された資料にヨシオ君を見つける手掛かりがあるのだろうか。スケアリーにその辺の確信はなかったが、その資料には十年ぐらい前からのあらゆる失踪事件に関する記録が書かれている。どうやら依頼人の男は図書館か何かで新聞を調べたのだと思われるが、実際の新聞の切り抜きではなく記事を書き写したものなので、本当にそれが新聞に掲載された記事だとは断定出来ない。もちろんエフ・ビー・エルの膨大な資料を調べればそこに書かれているのが真実かどうかは確かめられるのだが、スケアリーはそれよりもこの資料が言わんとしていることの方に興味があった。
その資料に書かれているのはある日の新聞に書かれた失踪事件の記事。そして、その同じ日に見つかった別の失踪者の記事である。A4の用紙にして50枚ほどであろうか。そのような記事ばかりが書かれている。誰かが失踪するたびに他の誰かが見つかっているという事が言いたいに違いない。依頼人の男が言っていた「一人出て、一人入る」というのはこのことだったのだろう。しかし、どうして依頼人の男はこんな遠回しな方法でスケアリーにこのことを伝えたのだろうか?スケアリーはこの資料を読むのに費やした無駄な時間を考えてだんだん腹が立ってきた。それにこの資料に書かれていることが本当かどうかを調べるためにまた面倒な事をしなくてはいけない。
スケアリーの怒りが沸点に達しようかというところで彼女の携帯電話が鳴り出した。見るとそこにはモオルダアの名前が表示されている。彼女はとっさに携帯を掴み取った。
「ちょいとモオルダア!どういう事なんですの!」
この「どういう事」にはあまりにもたくさんの意味が含まれている。もちろんその中にはモオルダアには答えられない「どういう事」も含まれてはいる。スケアリーは何か納得のいかないことがあると、その全てに対して納得のいく説明を求めるようだ。
この場合モオルダアに理解出来る「どういう事」はどうしてスケアリーに電話をしたのか?という事ぐらいだ。少なくとも彼には納得のいく説明をしなくてはならないような失敗をした覚えはない。いきなり怒鳴られて多少まごついた感じだったが、モオルダアはいつものように話し始めた。
「スケアリー。ボクはだんだんヨシオ君の事が解り始めてきたよ」
「どうでもいいですけど、あなたは何をしていらっしゃるの?あたくしはあなたがどこかへ行ってしまったおかげで、また面倒な事をするはめになってしまいましたわ。ヨシオ君の事が解ったって、どういう事なんですの?」
やはりスケアリーは怒っているのだが、モオルダアには何が原因かは解らないのでそのまま話を続けることにした。
「このブログというのは面白いよ。なんていうか中毒性があるとも思えるんだ」
「何のことだか解りませんが、ヨシオ君のブログを見れば確かに中毒ともいえる感じで更新されてましたけど。そんな事は人それぞれですし、それにそれが解ったといってなんになるというんですの?ヨシオ君はいまだにどこにいるのかまったく解らないんですのよ」
「そんな事はないよ。ボクはこの数時間でかなりヨシオ君に近づいた気がするんだ。とにかくボクのブログを読んでみてくれよ」
「あなたのブログって何なんですの?そんなものを読んでいる時間がないことぐらい解っていらっしゃるでしょ?ヨシオ君がどこかにいてブログを驚くべき速度で更新しているのは解りますけど、それでもヨシオ君は中学生なんですのよ。中学生がずっと帰らないままそんな事をしているということ自体が問題なのですから、あたくし達は一刻も早くヨシオ君を見つけないといけないんですのよ!」
「だからボクはこうしてブログを始めてヨシオ君に近づこうとしてるんじゃないか。いわゆるプロファイリングというやつだよ。いいからボクのブログを読んでみてよ。メールにURLを書いて送っておいたから」
「なんのことだかさっぱり解りませんわ!」
そう言いながらスケアリーは電話で話しているモオルダアの声に混じって小さくカタカタいう音が聞こえていることが気になっていた。
「ちょいと、モオルダア。あなた今何をしてらっしゃるの?」
「この会話から得られた事実に関してブログを書いてるんだよ。ちょっと面白い内容だと思ったからね。ブログには何を書いてもいいんだよ。自分の思ったこととか日記とか。何を書いてもいいとブログを始める時の説明に書いてあったからね。とにかくボクのブログを読んでくれれば全部解るよ」
スケアリーはモオルダアが何を言っているのか良く理解出来なかったが、今はモオルダアのブログなんかを読んでいる場合ではない。ヨシオ君を見つけるには他にやるべき事が沢山あるのだ。
「どうでもいいですけど、エフ・ビー・エルに来て捜査をしてくださらないかしら?あたくし一人ではどうにもならないほどたくさんの問題があるんですから。それにあなたが喜びそうな怪しい資料もあるんですのよ。最初に失踪していて戻ってきた方がいらしたでしょう?あの方の友人が言うには、戻ってきた方というのが外見は元のままなんですけど、中身が別人になっているらしいんですのよ。それでその方が持ってきた資料なんですけども…」
「そんな事はやるだけ無駄だよ。ボクはこうしてブログを書かなくちゃいけないんだから。それじゃあ」
「ちょいとモオルダア!?」
そう言った時にモオルダアはすでに電話を切っていた。これからモオルダアに電話をかけても多分無駄だと思ったスケアリーはグッとこらえ別のところに電話をかけた。警察はそろそろ本気でヨシオ君を捜し始めたらしいのだ。警察に電話して確認してみたが、ヨシオ君はまだ見つかっていないようだ。それを聞いて彼女はもう一度依頼人の男から渡された資料を見直すことにした。
15. モオルダアとパソコンとモオルダアの臭う部屋
モオルダアはスケアリーと電話での会話を終えた後もキーボードを叩いて何かを書いていた。多分、さっき言っていたスケアリーとの会話から得られた事実に関することに違いない。モオルダアが最後まで書き終えないうちに、モオルダアの携帯電話がモジモジと鳴り出した。モオルダアはそれを聞いて電話が怒り狂うスケアリーからかかってきたのではないことはすぐに解った。携帯の液晶画面には電話番号しか表示されていなかったが、電話に出ると相手はモオルダアの予想どおりだった。
「もしもし、モオルダアさんですか?ボクはヤスオです」
ヨシオ君の友達の一人、ヤスオ君は多少モジモジしながらも慌てた感じで話している。
「モオルダアさん。もしかしてブログを始めてませんか?」
これを聞いてモオルダアはあまりにも早くに自分の書いたブログに対して反応があったことに驚いていた。
「そのとおり、始めたよ。でも何か言いたかったらコメントとかトラックバックをしてくれないと。いきなり電話というのは失礼じゃないか?」
ヤスオ君は思ってもいなかったモオルダアの反応にモジモジしながら困惑していたが、少しの間をあけてからなんとか話し始めることが出来た。
「そうじゃなくて、そのブログはダメなんです」
いきなりダメと言われてもモオルダアには良く理解出来ない。モオルダアが何のことだか解らずに黙っていると、ヤスオ君がもう少し詳しく話し始めた。
「モオルダアさんの使っているブログサービスがダメなんです。それは妖怪が運営しているサービスなんです」
「確かにそうかも知れないね。こんなに楽しいブログというのは史上最強の妖怪かも知れないよ。ところでキミは妖怪というものがどんなものか知ってるか?妖怪というのは元々幽霊とかお化けとかとは違って…。おっとそれはボクがブログで解説することにしよう。それじゃあ、次の次でキミにボクの妖怪知識を伝授するための記事を書くから期待して待ってろよ。さらにその次にはプロファイリングについて徹底解説をするから、ボクがどうしてブログをやっているのかがわかるだろう。でもその前にボクはスケアリーという超常現象について書き上げなくてはいけないからね」
完全にブログに取り憑かれてしまったモオルダアはヤスオ君とまともな会話も出来ないまま電話を切ってしまった。