01. F.B.L.ビルディング:ペケファイル課の部屋
モオルダアは先程から自分の机で、携帯できる小さなゲーム機のゲームソフトに夢中になっていた。まだ昼間なのだが、いつものように地下にあるこの部屋は薄暗い。そして、そういうところで小さな機械を両手で持って猫背でゲームをしている人間はさらに薄暗く見えるものだ。それはともかく、時々ニヤニヤする以外は無表情なモオルダアはそうとうゲームに熱中しているようだったが、突然携帯電話の着信音が鳴り始めて、いつものようにモオルダアは驚いてビクッとなっていた。
持っていたゲーム機を机において携帯電話を探していたモオルダアだったが、携帯電話がどこにあるのか思い出せなかった。しばらく考えた後にさっきのゲーム機を手に取ると、その画面には着信を知らせる通知と、かけてきた相手のスケアリーの名前が表示されていた。「ああ、そうだった」と思って、モオルダアは慣れない手つきでそれを操作すると電話にでた。
モオルダアは最近流行りのスマートフォンに買い換えたのだが、ゲームをするためにスマートフォンにするのは果たしてスマートなのか?という決まり事のような疑問も湧いてくる。ただし、そんなことはこの話とは関係ない事なので、気にしてはいけないのだ。(それよりも前にゲームをやっていても着信があれば画面に表示されるはずなのだが、いったい彼はどんなゲームをやっていたのか?)
「ちょいと、モオルダア!大変ですのよ!」
「何が?」
「何がじゃなくて、テレビをつけてくださいな」
そう言われるとモオルダアは散らかった机の上の雑多なものどもを掻き分けてテレビのリモコンを探し出してテレビを点けた。
「それで、何が大変なの?」
「引きこもりが立て籠もってるんですのよ!」
「なんだそれ?!」
本気なのか冗談なのか解らないスケアリーの説明にモオルダアはちょっとにやけた返事をしていた。
「良いから早くテレビで確認するんですのよ!ニュースでもワイドショーでも中継しているはずですから。それじゃあ、ちゃんと確認するんですのよ!あたくしの出番なんですからね」
スケアリーがにわかに不機嫌になったので、さっきのは本気だったに違いないのだが、肝心のテレビが映らない。
モオルダアは通話を終了させると立ち上がってテレビの方へ歩いて行った。テレビに近づいても操作は手に持っているリモコンでするのだが、こうやって近くに来ると映らない原因が解るような気もした。モオルダアはニュースやワイドショーがやっていそうなチャンネルのボタンを順に押していったが、どのチャンネルも砂嵐や真っ黒な画面しか映らなかった。
勘のいい人ならすでに気付いているかも知れないが、そろそろモオルダアも気付いたようだ。モオルダアはカレンダーを確認すると、もうとっくの昔にアナログ放送が終了になっているのを思い出した。この部屋では事件の資料映像のビデオを見るぐらいしかしないので、そこに気付かないのも仕方がないのだが、モオルダアの家のテレビはどうなっているのか?というところも気になる。だが、それもこの話とは関係ないので、気にするのはやめて部屋を出て行ったモオルダアの後を追うべきである。
モオルダアは階段を上がって広くて明るいオフィスにやって来た。普段は顔もあわせないし、何をしているのかも解らないF.B.L.の職員達が大勢いて、彼らはみなオフィスにいくつかあるテレビに釘付けになっているようだった。
テレビに映っているのは何の変哲もない一軒家だったが、その周辺には警官やその他に防弾チョッキとヘルメットを装備したそれっぽい人達などが大勢映っていた。テレビカメラはかなり遠くに追いやられたようで、望遠で撮影している映像はあまり見やすいものではなかったが、窓の向こうを横切る男の顔もだいたいは確認することはできた。
その人物が立て籠もっている引きこもりということなのだろう。色白で太り気味で、とても健康そうには見えない顔には生気のない目がボンヤリ光っているように見えた。いや、望遠で撮影しているから、そう見えるだけなのか?
それはどうでもイイが、男は包丁を手に持って、時々激高したように何かを喚いていた。何を言っているのかは解らなかったが、外にいる警察の人間と話しているのだろう。
この状態なら隙を見て踏み込んでいって男を取り押さえたらすぐに解決になりそうだ、とモオルダアは思っていたのだが、その時窓の向こうに別の人影が見えた。それはモオルダアが思わず声をあげてしまいそうな美女だった。或いは望遠で撮影しているからそう見えるだけなのか?とにかく彼女が人質になっているから警察は踏み込むことが出来ないのだろう。
モオルダアはもう一度あの美女が画面に映らないかな?とか思っていたのだが、ちょうどその時立て籠もっている男が突然興奮して包丁を振り回し始めた。何を言っているのか解らないのだが、顔を紅潮させて目に涙を浮かべて包丁を振り回している様子はただ事ではない感じだった。
自分が美女をもう一度みたいとかヘンな事を考えたから男が暴れ出したのか?とかモオルダアはおかしなことを考えてしまったのだが、ヘンな事を考えたのとタイミングが一緒だったので仕方がない。それはそうと、男に注目しなければならないのだが、テレビに映っていた男は突然、窓の下に姿を消した。
このオフィスにいる職員達の数人は何かに気付いて「あっ」と声をあげていた。テレビの画面はすぐに望遠で撮影しているカメラから、別のカメラに切り替わった。その映像では防弾チョッキとヘルメットのそれっぽい人達が一斉に家の中へなだれ込んでいく様子がとらえられていた。
テレビで興奮気味に喋っているリポーターの話を聞くと、男は狙撃手によって撃たれて、それと同時に警官達が家に入っていったということだった。果たしてあの男は生きているのか?とか、どうしてああいうことになったのか?とか、人質の人はあそこでどんな思いをしていたのか?とか、モオルダアは考えていたが、何とも言えないイヤな気分になって一度テレビの画面から目を離した。
それよりも、どうしてスケアリーはあの事件の中継を見るように言ってきたのか、モオルダアはそこが気になり始めていたのだが、ちょうどその時スケアリーからモオルダアに電話がかかってきた。
「大変な事件でしたわね」
「まあ、そうだけど…それでキミは…」
「あたくしの活躍は見ていただけました?」
「えっ?!」
まさか狙撃したのがスケアリーだったとか、そういうことだと驚きなのだが、そんなことが有り得るわけはない。しかし、いったい彼女がどんな活躍をしたのだろうか?
「活躍って?」
「あなた、あれからすぐにテレビを点けなかったんですの?」
「いや、点けたことは点けたけど…」
「だったらあたくしの姿は見ていただけたんでしょ?あの時、たまたまあたくしが近くを通りかかって、F.B.L.捜査官として協力しないといけなかったのですけれど、きっとカメラもあたくしのことに気付いて何度も画面に映っていたに違いありませんわ」
「ああ、そうなのか…。まあなんていうか…」
「もちろん録画してくれましたわよね。あたくしがテレビに映っているのに録画しないわけはないですわよね」
「…もしもし?…もしもし、…あれ、…なんか電波が…」
マズくなってきたのでモオルダアはバレバレの演技をしたあとに電話を切ってしまった。それに、どうしてスケアリーが現場にいるとカメラは彼女を映さないといけないのか?ということでもあるのだが。まあスケアリーとはそんな人なので考えても無駄かも知れない。
そのまま上の階のオフィスにいても仕方ないのでモオルダアはまたペケファイル課の部屋に戻ろうと思って部屋を出たのだが、廊下を歩いているとポケットの中で電話が鳴り始めた。ポケットから電話を取りだして画面を見ると発信元の表示は「非通知」になっていた。これがスケアリーである確率はかなり高かった。彼女はモオルダアがビデオを録ってないことには気付いているはずであるし、そういうマズい状況ならモオルダアがスケアリーからの電話に出ないことは彼女も解っているのだ。それで非通知にすればモオルダアもうっかり電話に出るかも知れないと思ってスケアリーが非通知で電話をかけてきた、とモオルダアも勘ぐったりする。
しかし、このままいつまでもスケアリーから逃げているワケにはいかないし、早いとこ上手く誤魔化しておいた方が良いと思ってモオルダアは電話に出た。
「もしもし、あの、これはボクの責任って言うには少し無理があると思うんだよね。あの部屋のテレビが今では映らなくなっていることはキミも知っていたはずだし、そういうことに良く気付くのはどちらかというとボクよりも…」
反論されないように勢いよく話そうとしていたモオルダアだが、どうも相手の様子が変なのでモオルダアは一度話すのを止めた。向こうからは何の反応もない。
「…もしもし?」
モオルダアが言うとしばらくして電話の向こうから、低い声が聞こえてきた。
「あれは始まりにすぎない、モオルダア君。証拠が消される前に真相を暴くんだ。時間はあまりないぞ」
「誰ですか?…いきなりそんなことを言われても…」
電話の向こうから予期せぬ声が聞こえてきたので、せっかくの優秀な捜査官的な謎めいた電話に対しても動揺した受け答えで雰囲気を台無しにしてしまったが、相手は電話を切ったようで、それ以降は何も聞こえてこなかった。