02. 事件現場
三十分ほど経って、モオルダアは先程の立て籠もり事件の現場に到着した。そこに初めからいたスケアリーは不機嫌な様子だったが、モオルダアを責めるには今回の場合すこし違っているとも思えて、ビデオの録画に関しては何も言わなかった。それよりも、どうしてモオルダアまでわざわざここにやって来たのだろうか?
事件が一段落するとモオルダアはペケファイル課の部屋に戻っていつものようにヒマ潰しをする予定だったのだが、部屋についた後にかかってきたスケアリーからの電話により事件現場へ来るハメになってしまったのだ。
「ボクらの出番、ってどういうこと?」
機嫌の悪いスケアリーにちょっとビビりながらモオルダアが聞いた。
「これは、何かの間違いか、警察の方の不注意だと思うんですけれど、人質になっていた女性がいたでございましょ。あの方が行方不明なんですのよ」
「それって、どういうこと?あの部屋にいて、警察が突入するちょっと前にもカメラに映っていたけど」
「そうなんですのよ。それに、周囲でも警官が監視していましたし、行方不明なんてあり得ないんですけれど。パニックになって逃げだしたとしても、どうやって逃げたのだか…」
「それで、ボクらの出番ということなのかな」
「そうですけれど。でも、わざわざあたくし達が出るまでもなく見つかると思いますわよ。たまたまあたくしがここにいたから、ついでに頼まれたって感じもいたしますし」
「そうはいっても、あの家に異次元世界への扉があったとしたら、これは大変な事だけど」
「そんなことはどうでもイイですわ」
スケアリーはこれ以上モオルダアとの話を続けると面倒なことになりそうだと思って犯人が立て籠もっていた家の部屋へと向かった。
この部屋で立て籠もっていたのは根戸下政男(ネトゲ・マサオ)という20代後半の男性。元は会社員だったのだが一年ほど前から自宅の部屋に引きこもるようになったということだ。
引きこもりの部屋というのがどうなっているのかモオルダアは少し興味があったのだが、彼の予想に反して部屋の中は綺麗に整理されているようだった。モオルダアの散らかり放題の部屋に比べるとどんな部屋でも綺麗に見えるのだが、それでもこの部屋は几帳面すぎるとも思えるほど綺麗に片付けられていた。
「なんか物足りないというか、意外な感じだなあ」
「何がですの?」
「いや、なんというか。もっとジメジメしてゴチャゴチャした…。あれだよ。気持ち悪いホラー映画のDVDとかエログロのドロドロした本とか雑誌とか…」
「あなたは引きこもりを勘違いしていませんこと?ここにいた方について詳しい事は調べないと解りませんけど、あなたが言うような特徴は引きこもりとは関係ないと思いますわよ」
「そうだけどね…」
スケアリーの説明を聞いていたのか知らないが、モオルダアは気のない返事をしてすでに別のことに気をとられていたようだった。
「ゲームは好きみたいだね。これはどうにも引きこもりっぽい趣味だけど。このゲーム機はまだ電源が入れっぱなしだし、これは事件の直前までゲームで遊んでいたということかな?」
「さあ、どうかしら。でも、それと女性の失踪とは関係がないんじゃないかしら」
「そうかも知れないけど…」
そう言いながらもモオルダアはテレビの下に置かれているゲーム機がなんとなく気になっていた。違う種類のゲーム機が複数置いてあったが、最近使っているのは一つだけだったようで、他の機種に繋いであるコントローラーはうっすらと埃が被っていた。
それがどういう意味を持っているのか?と考えても特に何も思いつかなかった。もしかして最近自分がスマートフォンでのゲームにハマっているから、ゲーム機のことは全体的に気になってしまうのか?とも思ってモオルダアは意識を他に向けようとした。しかし、ミョーにスッキリしたこの部屋の中では他に興味を惹くような物はなかった。
「窓とドア以外には出入り出来る場所はないし、これじゃあホントに異次元世界に行ったとしか考えられないね」
モオルダアは言ったが、スケアリーはそんな話に真面目に反論する気にはなれなかったので黙っていた。しかしモオルダアはやはりゲームのことが気になってしまったので、電源が入れっぱなしのゲーム機でどんなゲームをしていたのかを確かめるためにゲーム機が繋がっているテレビを点けてみた。だが警察が突入してきた時に壊れたのか、テレビの電源は入らなかった。見るとテレビの液晶画面は誰かに蹴飛ばされたかのような感じでへこんでいた。
こうなると余計に何のゲームで遊んでいたのか調べたくなってしまうのだが、そろそろスケアリーに睨まれているような気配を感じてきたので、モオルダアは他の所を調べることにした。
部屋の中を一通り調べ終わるとF.B.L.の二人は政男の母親のところへ行き、話を聞くことにした。母親は事件のショックで顔面蒼白になり「あんなことをする子じゃないんです」と何度も繰り返していた。意識の無いまま病院に運ばれた政男のところへ一刻も早く行きたい様子だったが、取り調べのために警官やF.B.L.の二人がそうはさせなかった。
「あの子のことはもう全部話しましたよ!」
スケアリーが母親に何かを聞こうとすると、母親は今にも叫き出そうという様子になった。
「お母様、お気持ちは解りますけれど、人が一人行方不明になっているのですし、あの人質や政男さんのことについて何か知っていることがあれば…」
「ですから、さっきから言っているように、あの子はあんなことをする人間じゃないんです」
「そうは言っても、なにかおかしなところはございませんでしたか?もしかすると何か外的な要因で引きこもったり…」
「あなた、なんてことを言うの?あの子を病気みたいに言うのはやめてください。本当に、あの子はそんな子じゃなかったんですよ。いい加減にしてください。もう良いですか。あの子の所に行かないと。子供が撃たれて意識がないというのに、同じような質問を何度もされる親の気持ちが解りますか?解らないでしょうね。みんな自分の事しか考えてないのよ。そうでしょ?」
「あたくしは、そんなつもりでは…」
政男の母親が興奮し始めていたので、スケアリーは何も言えなくなってしまった。母親はそのまま部屋の外に出ようと歩き出したのだが、出口の近くにいたモオルダアが不意に母親を呼び止めて質問した。
「あの、ここにあるゲームソフトですが。これって捨てるつもりだったんですかね?」
モオルダアは何かに夢中になっていたようで、さっきまでのスケアリーと母親のやりとりは全く知らないような感じで質問した。
「知りませんよ、そんなもの!」
もちろん気が立っている母親はモオルダアの質問にまともに答える様子はなく、そのまま部屋の外へ出て行ってしまった。
モオルダアの変な質問のために少し苛立っていたスケアリーは上手い具合に気の抜けた感じになって、先程の母親とのやりとりのことに関してのどうにもならない感情はどこかへ消えてしまったような気分だった。
それにしても、先程からモオルダアはなぜかゲームを気にしているようだ。スケアリーが近づいてくるとモオルダアはさっき質問した、半透明のゴミ袋に入れられて捨てられそうなゲームソフトの方を指さしてスケアリーの方を見た。政男の性格なのか、ゴミ袋の中でもゲームソフトのケースは綺麗に並べられて、何が入っているのか良く解るようになっていた。
「これ、どう思う?」
「どう、って。どういうことですの?」
「いや。これって、どっちかというと特殊なゲームだと思うんだけど」
モオルダアが指さした先にあるゲームソフトのパッケージは全てがアニメ調の美少女が描かれたものだった。
「そう言われても、あたくしには良く解りませんけれど」
「ボクも良く解らないんだけど。でも引きこもりと、こういう感じのゲームは結びつきそうでしょ?」
「どういうことですの?」
「どういうことか、というと。こういうゲームっていうのは、基本的にプレーヤーの性的欲望を満たすのが主な目的だったりもするんだけど。おそらくエロゲーと呼ばれているジャンルのゲームだけど」
「あらいやだ。そうなんですの?でも、そんな絵じゃ…、なんていうか」
「まあ、どんなところに魅力を感じるのか?ということは人それぞれだから。それよりも何で捨てようとしていたのか、そっちが疑問なんだよね。引きこもりと、こういうゲームというのは結びつけて考えても良いようなものだと思うけど」
引きこもりがセクシャルなゲームをやっているというモオルダアのこじつけは正しいのか解らなかったが、スケアリーもなんとなく納得出来るような気がして黙って聞いていた。
「だけど、捨てようとしているってことは、そろそろ引きこもりをやめようと思っていたのかなあ?」
「それは有り得ますわ。変化に対応できないことから引きこもるケースはありますし。自ら何かを変えようとするのなら、それは良い兆候だったのかも知れませんわね」
「でも、結果は最悪な感じだったけど」
モオルダアが言うとスケアリーは何か嫌なものを心のどこかに感じ取って、その先を続ける気がなくなってしまった。とにかく今は行方不明の女性を捜さないといけないのだし、意識のない政男のことは気にすることはないのだ。しかし、モオルダアのせいで政男のことを考えないといけないような展開になっているし、考えてしまうと不自然な部分が沢山あるように思えるし。またモオルダアのせいで事件がややこしくなった、とスケアリーの心中は穏やかでなくなってきているようだった。
モオルダアはやはりゲームのことがどうしても気になってきて、帰りがけにまた先程のゲーム機のところへ行くと、ディスクの取り出しボタンを押した。政男が事件の直前までゲームをやっていたのならそこからゲームのディスクが出てくるはずだったが、トレイが開いてもそこはカラだった。
モオルダアはこの無機質なほどに整理された部屋と、ゲームソフトが入っていないのに電源が入れっぱなしのゲーム機にどこか違和感を感じないではいられなかった。ただ、何がどうおかしいのかは解らなかったし、そろそろスケアリーがイライラしてきているような気もするので、ゲーム機は放っておいて部屋の出入り口の辺りでモオルダアを見ているスケアリーの方へ向かった。スケアリーはモオルダアが歩き出すと同時に部屋から出て行った。行方の解らない人質の捜索は恐らく面倒なものになるだろうと、二人とも思っていたようだった。