14. 警察署
すっかり日も暮れた頃、F.B.L.の二人は現場近くの警察署で合流した。ゲームソフトを配っていたというゲームソフト屋さんに行ったスケアリーはたいした情報も得ることが出来ず、一方のモオルダアも、怪しい男の作ったゲームソフトを解析しても何も解らなかった。このままでは、全てがあの男の病気に起因する作り話とも思えてくる。まずは、男の言っていた幻覚作用のあるゲームというのが本当にあるのかどうかを確かめる必要がありそうだ。
二人は事件の証拠品を調べるために、捜査を担当している刑事のところへ向かった。そこは先ほどスケアリーがいた時よりも慌ただしく、殺伐とした雰囲気にもなっていた。
「ネトゲの部屋から押収した証拠品を調べたいのですけれど、見せてもらえませんかしら?」
スケアリーが聞くと、急ぎ足で歩いていた刑事は無意識のうちに舌打ちをして足を止めた。
「ああ、あんた達。証拠品ですか。どうぞ勝手に見ていってください」
刑事はそう言うと二人に背を向けて歩いて行こうとしたのだが、スケアリーは刑事にこんな態度をされて「何なんですの?!」と思わないワケはない。
「ちょいと!どういうことですの?あたくし達のやり方に文句があるのならはっきり言ってくださるかしら?」
刑事はまた足を止めてこのスケアリーの挑発的とも思える発言につられて激しい口調で言い返そうになったのをこらえて、ゆっくりと振り返った。
「いや、失礼しました。でも今はそれどころではなくて。実は病院に運ばれていたネトゲが死亡しまして。母親は我々を訴えると言っているようですし、こちらもあの発砲が正しかったという証明をしなくてはならないので…。ああ、証拠品ならまだ箱に入れたままあそこの机の上においてあります。それじゃあ、私は忙しいので」
「あら、そうでしたの…」
刑事はそうとう忙しくなってしまったようで、スケアリーの言うことも聞かずにそのまま去っていった。
「大変なことになりましたわよ、モオルダア」
「そうだね…」
モオルダアは刑事の後ろ姿を見ながら適当な感じで答えていた。
「ちょいと、モオルダア?!」
「ん?!」
「何をボーッとしているんですの?」
「なんであんなに慌てているのか、と思ってね」
「そりゃ、間違った発砲によって人が亡くなったのなら問題ですし…」
「警察にとっては間違いでも別の人にとっては間違いではなかったかも知れないし。テレビを見ている限りあのタイミングで発砲というのはおかしいとも思ったけどね」
「それは現場の指揮官の判断でもありますし…。まさかあなた警察以外の誰かが彼を暗殺したとか言うんですの?」
「ないこともないと思わない?」
ここでスケアリーは「そんなことはあり得ませんわ!」というはずだったが、なんとなくこれまでの成り行きを考えてみると「誰かがゲームを使った幻覚兵器の実験の証拠を消そうとしている」というモオルダア的な発想もあながち嘘ではないような気もするのであった。一方でモオルダアは事件の直後にかかって来た電話のことを思い出して、さらにそのことに確信を持っていたようでもあった。(電話というのは、最初のほうの「あれは始まりにすぎない、モオルダア君。証拠が消される前に真相を暴くんだ。時間はあまりないぞ」というあれです。)
ただ、ここでどこの誰とも解らない謎の組織のことを考えていても仕方がないので、二人は証拠品を調べることにした。
ここにある証拠品がどういう基準で現場から持ち出されたのか解らなかったが、モオルダアが最初から気になっていたゲームソフトなどは現場になかったのだし、あるとすればこの証拠品の中に違いない。そうでなければ、そんなものは始めからなかったのか、あるいは誰かが密かに持ち去ったのかも知れないが。とにかく、ここにあるいくつもの段ボール箱に入った証拠品の中から、事件に関係がありそうなものを見付けるしかなさそうだ。
しかし、それは既に警察でもやっていることでもあるし、それで何も見つからなかったのならこの証拠品を調べるのは時間の無駄とも思える。しかしF.B.L.のペケファイル課の独自の視点で調べれば何かがつかめるかも知れないと二人とも思っていた。もちろん、二人の思っている「独自の視点」というのはそれぞれで違っているのだが。
証拠品の入った箱の中は、あのネトゲ・マサオの部屋と同様に整然としていた。というよりも、それは彼の性格によるものだったのかも知れないが、おそらく部屋の中が整理されすぎていて、証拠品として持ち出せそうなものも、他の物と同様に綺麗にまとめられていたに違いない。
箱の中を見た二人はそんなところに感心していたのだが、いつまでもそんなところに感心しているわけにはいかない。しかし、この中に本当に手がかりになる物があるのであろうか?そこにあるのはスクラップブックや書類をまとめるためのバインダーのような物ばかりであった。
「これが全部あいうえお順やアルファベット順に並んでいるんだったら、ボクはとんでもない間違いを犯してしまったようだが」
「何ですの、それ?」
「いや、ボクはあの男から例のゲームのタイトルを聞くのを忘れてたことに気づいてね。今、彼はどこにいるんだろう?」
「知りませんわよ。どのみちセーフハウスにかくまうってことになったら、あたくし達でも容易に接触は出来なくなりますし。それに、そんな心配はいらないようですわよ」
そう言うとスケアリーはファイルを一つ取り出して中身をモオルダアに見せた。
「ボクには地底文字のように見えるけど…」
モオルダアがファイルを見て言ったが、それが冗談なのか真面目なのか良く解らないまま、スケアリーは「そんなことはどうでも良いですわ!」と思っていた。
「どうやらあの方は自分にしか理解できない言語でこのファイルを作ったようですわね。ここに書かれている言葉は少なくともあたくしの知識にはない言葉ですし」
スケアリーが言うとおり、そこに書かれていたのはあまり見慣れない言語のようだった。便宜上なのか知らないが、文字にはアルファベットを使っているが、意味のある単語は見つかりそうになかった。
ただし、アルファベットというのは基本的に音を表す記号である。なので、モオルダアは書かれていることをローマ字読みで読んでみたら、何か解るのではないか?と思って書かれているアルファベットを適当な発音で読み始めた。
「ちょいと!何なんですの?!」
スケアリーはモオルダアが変な発音で意味不明の言葉を話し始めると慌てて持っていたファイルを閉じた。
「いやね。少しでも可能性があればないがしろにしてはいけないしね。音にしてみたら以外と意味の解ることかも知れないと思って。クリンゴン語ではないようだけど…」
モオルダアも読んでみる作戦はまずかったと思っているようで、気まずそうに答えていた。
「それよりも、このファイルって全部が謎の言語で書かれているのかな?」
いつまでも気まずそうではいけないので、モオルダアが話題を変えた。そして、別のファイルを取り出して中を見てみた。確かに全てのファイルは謎の言語で書かれていたのだが、一緒にファイルされている写真や絵などを見ればそこに何が書いているのか解りそうだった。
というより、写真や絵などぐらいしか手がかりになりそうなものはなかった、ということだが。
「とにかく、今はこの中から手がかりになる物を見付けるしかなさそうだけど」
と、モオルダアがいうと、確かにそのとおりですわ、と思ってスケアリーもファイルを一ページずつめくりながら確認する作業を始めた。
ただし、そこに人質になっていたと思われる人物の写真があるとしたら既に警察がそこに気づいているはずであるし、それ以外の事で、今回の事件との関連性を示しているものをこの中から見付けることが出来るのかは二人とも自信が持てなかったのも事実である。
二人はしばらく無言のままファイルを確認していった。ノートに書かれている謎の文字は解読のしようがなかったので、これは他の専門家に任せた方が良さそうである。彼らはそれ以外のファイルを調べていたのだが、それはクリアファイルに納められた電気製品の説明書や保証書といったものがほとんどだった。
ネトゲが几帳面な性格だということは良く解ったが、それ以外には何も解らない。モオルダアは保証書ばかりのファイルを閉じて、ネトゲがいつどのような電気製品を買ったのかは解ったな、と思った後に多少うんざりして次のファイルを開いてみた。
次のファイルを開くと、うんざりした表情は一瞬でどこかに消えたようだった。そのファイルにはゲームソフトのケースから取り出されたパッケージがまとめてあったのだ。思わず「おっ!」と声をあげたモオルダアにスケアリーが反応したのだが、まだ何かが見つかったわけではないので、モオルダアは「いや…」と中途半端な返事をしていた。
それはともかく、ネトゲの几帳面な性格のおかげで思わぬところで手がかりが見つかるかも知れない。モオルダアはファイルに納められているゲームのパッケージを注意深く調べていった。そこにあったゲームは普通に市販されているものばかりのようだ。そして、いくつかはテレビのCMでも見たことがあるような有名なものだった。この中に謎のゲームがあったらすぐに解りそうなものだが、残念ながらそんなものは見つからなかった。
調べていない残りのファイルはあと一つしかない。モオルダアは手を伸ばしてファイルの表紙を半分ほどめくってみたのだが、そこには例の謎の言語が書いてあった。モオルダアは反射的に表紙を閉じて、もう一度今持っているパッケージのファイル調べることにした。これ以外のファイルには何もなさそうだし。それに、このファイルはミョーにモオルダアの興味を引くのだった。
ネトゲの性格を考えるなら、おそらくパッケージは古いものから順にファイルされているに違いない。そう考えると興味深い事が解ったような気がした。ネトゲの家には彼が捨てようとしていたと思われるスケベなゲームの箱があった。このファイルの最初の方にもそういった感じのゲームのパッケージがファイルされている。その中に普通のゲームのパッケージもあるのだが、あるところを境にスケベなゲームのパッケージはなくなっていた。これが何を示しているのか、モオルダアは漠然とした考えが少しずつ形になって行くのを感じながらファイルをめくっていった。
一方スケアリーはそろそろ面倒になって来たようで、モオルダアが調べるのを拒否した最後のファイルを適当にめくっていた。そして、モオルダアの調べているファイルをなんとなく覗き込むと、そこにはカラフルなゲームのパッケージがあって「どうせならあっちの方が退屈しのぎになるかしら」とか思っていたところだった。
そんなことは知らずにモオルダアはゲームのパッケージを一枚ずつ観察していった。どうしてこのファイルが気になるのか?ということを考えながら。そして、あるパッケージをみた時にモオルダアの少女的第六感が彼に何かすごい事を伝えようとしているのに気づいた。なんだか解らないが、モオルダアはとりあえず「あっ!」と声をあげた。
「なんなんですの?!」
スケアリーが驚いて聞いたのだが、モオルダアはまだ自分が何に気づいて声をあげたのか解っていなかった。しかし、そのパッケージを見た時に脳に電流が流れたような、あの閃いた感じがあったのである。モオルダアはスケアリーに返事をせずにそのままパッケージを眺めていた。そして、何かが霧の向こうから現れてくる時のように、次第にそこにある答えが明らかになって来た。
「スケアリー、この女性を見てよ」
モオルダアはパッケージに描かれている女性の絵を指さしてスケアリーに見せた。
「それが何だって言うんですの?」
「この人、あの部屋にいた女の人に似てない?」
そんなことを言われてもスケアリーには何とも言えなかった。それにそこに描かれた女性は写実的な描き方で描かれたものではないので、生身の人間と似ているか?と聞かれても何とも言えなかった。
「女性だ、ってこと以外にあたくしには何とも言えませんわよ」
スケアリーは言ったが、モオルダアは何故かこの絵の女性があの部屋にいた女性だと思えて仕方がなかった。
「でも、服は一緒だと思うけどね。それに全体的な雰囲気とかも」
雰囲気までは解らないが、確かに服装は似ているような気がする。
「だったらなんだって言うんですの?そのゲームはあの方の言っていた謎のゲームではないんじゃございませんこと?それに、ゲームのキャラクターの格好をして楽しむ人もいますし。そのパッケージにそんなにこだわる必要はないとも思うんですけれど」
確かに市販されているゲームのようだし普通は誰でもそう思うのだが、モオルダアは違っているようだった。
「だけど、謎のゲームには幻覚作用があるって言ってたぜ」
「だから何なんですの?」
「幻覚といっても、半分は夢みたいなものだから、自分の意識の中のものが幻覚として見えることもあるよね。だとすると、もしもネトゲがこの女性キャラを気に入っていたりして、それが幻覚として現れたら?」
「何を言っているのか解りませんわ」
スケアリーは答えてから何かイヤなことが起こりそうな予感がしていた。
「ボクは気づいたんだけどね。この女性が描かれたパッケージから後にはスケベなゲームがないんだよね」
「スケベなゲームって何なんですの?」
「それはつまり、エロゲーって事だけど」
エロゲーって何ですの?ともスケアリーは思っていたのだが、いちいちモオルダアの説明を聞いても意味がなさそうなのでそこは気にしないことにした。
「人は時として、自分の嗜好に気づかなかったりするよね。それは、それまでそういうものがあることを知らなかった、という事が原因かもしれないけど。あることをきっかけに自分の新たな嗜好に気づいて、そうなるとそれまでのこだわりはすっかり忘れて、それにハマってしまったりとか。ネトゲにとってはこのゲームがそうだったんだと思うけど」
モオルダアが解るよな解らないような説明をするので、スケアリーも解ったような解らないような反応をしていた。
「つまり、それが問題のゲームだっていうことですの?」
「いや、そうじゃないと思うけど。少なくともこのゲームはよく知られたメーカーから売り出されたものみたいだし。だけど、ネトゲがこのパッケージの女性を気に入っていたとするよ。それでいつでもこのキャラクターの事を考えてニヤニヤしていたとして。そんな状態であの問題のゲームの幻覚作用によってネトゲの頭の中にあるものが現実世界に現れたりしたら、それはそれで大変なことだよね」
やっぱりイヤなことになってきましたわ、とスケアリーは思った。
「何を言っているのか全然解りませんわ!」
「つまり、あの時部屋にいた人質と思われる女性はネトゲの見ていた幻覚だったんだよ!」
スケアリーの予感が見事に的中したようだった。
「ちょいとモオルダア。どうして誰かの幻覚を他の人が見たり、それがテレビに映ったりするんですの?その前に、あなた幻覚って言葉の意味を知っているんですの?」
「確かに、そうなんだけどねえ。ボクだって、ある人の幻覚を別の人が一緒に見たりするなんてことは考えた事ないけど。ただし、あの場所から忽然と姿を消した女性のことを考えると、あれは幻覚のようなものだったんじゃないか?って考えてもおかしくないと思うし」
そのことを言われるとスケアリーも危うくモオルダアの言い分を受け入れそうになったのだが、少なくとも幻覚はテレビ中継には映らない。もしあるとすればそれは3Dホログラムのようなものかも知れないが、それをいうとモオルダアを変に盛り上がらせるだけなので、スケアリーは黙っていた。
「興味深い意見ですし、あの女性の服装がそのゲームのキャラクターに似ているのは認めますわ。その方面から女性の身元を割り出すことも出来るかもしれませんし、とにかくあの時の映像を見ればそれは解るはずですから、確かめてみるのが一番ですわ」
スケアリーはあくまでも現実的な考えで意見を言った。モオルダアも頷いていたのだが、どうしてもあの女性がネトゲの幻覚だと思えて仕方がなかった。