「Dimensions」

03. 薄暗い部屋

 カーテンを閉め切って薄暗い部屋には男が一人いて、先程からニュースを放送しているテレビ画面を凝視していた。画面には立て籠もり事件で警官達が突入する様子が何度も繰り返し流れていた。

 それを見る度に男は興奮とも恐怖ともいえぬ言い知れぬ感覚を覚えて荒くなりそうな呼吸を抑えるのに苦労していた。そして、ニュースであの事件に関する放送が終わると、男はビデオのリモコンを操作して、録画したさっきの映像をまた繰り返し何度も再生した。特に人質と思われる女性が映る場面は念入りに何度も確認していたようだった。

 ある種の興奮状態にある男は自分の頬に汗がつたってそれが床に滴り落ちているのは少しも気にしなかった。というより、気付いていないのだろう。瞳の奥にまともな思考があるのかどうか解らないような表情のまま、男は真っ直ぐにまばたきもせずにテレビの画面を見つめていた。

04. 現場周辺

「こんな事をして、本当にあの女性が見つかると思うんですの?」

スケアリーがウンザリした様子でモオルダアに言った。

「ええっ?!というか、とにかく辺りを捜索しよう、って言ったのはキミじゃなかったか?」

「そうですけれど。こんなことで見つかるんだったらとっくに見つかっているはずじゃございませんこと?」

「そりゃそうだけど。まあ、探してみて見つからないのなら、この辺りにはいないということだけどね。まあ、せっかくだからこの辺の人に話でも聞いてみたら、引きこもり男と女性の関係が解るかもよ。ネトゲ・マサオって人は良くある顔って感じだったけど、女性の方はかなりの美人に見えたし。そういう人の事ならこの辺の人でも記憶に残っているかも知れないからね」

「あら、そうかしら?なら、あたくしも目立たないようにしないといけませんわね。すぐに顔を覚えられてしまうと捜査に支障をきたしますから。オホホホ…」

モオルダアはスケアリーが何のことを言っているのか解らなかったようだが、もしも解っていて下手なことを言ってしまったら大変なので、解らない方が良かったかも知れない。

 それはともかく二人は何か事情を知っていそうな人がいないかを探すために再び歩き始めた。歩いたところで事情を知っている人にぶつかるとは限らないのだが、他に打つ手が何もないので、じっとしているよりは動いている方がまだマシ、ということで動いているようなものでもあった。

 しばらく付近を歩き回っていた二人だったが、平日の昼間のこの静かな住宅街には人通りがほとんどなかった。特に高級な感じもしなければ、寂れているわけでもない。なんというか普通すぎる町並みの普通すぎる住宅街だった。「一般的な住宅街」という言葉で思いつくのはこんな場所に違いないのだが、それ故にF.B.L.の二人も必要以上にリラックスしている感じがした。そして、事件の手掛かりになるようなものは何も見つからない。それよりも、自分たちは何について調べているのかすら忘れかけていた。まず、あの女性は一体誰だったのか。母親や現場にいた関係者に聞いてもそんな女性は知らないというし。本当にあそこに女性がいたのか?というところからハッキリとしたことは解っていない。ただし、テレビに映っているのは沢山の人が見ているのだし、確かにあそこには誰かが居たのだ。

「人間って、そうあって欲しいと思うことは、実際にはそうでなくてもそう見えてしまう、って事があるよね」

唐突にモオルダアが言った。言われたスケアリーは何のことだか理解できなかったようだ。

「何ですのそれ?」

「あの家にマサオさんが立て籠もっていたら、一人で立て籠もるよりも人質ぐらいいたら様(サマ)になるって思うでしょ」

「様になるって、実際に人質はいたのですし…」

「でも、煙のように消えちゃったけどね」

「あなたは何が言いたいんですの?」

「あの場面では人質の命を最優先して、かつ誰も傷付けないように警察が踏み込むというのが一番理想的な展開だけど。もしも人質がいないんだったら、テレビとしては盛り上がらないし」

「まさか、ヤラセだって言うんですの?」

「いや、そうじゃなくて。何て言うか、ボクらが全員理想的な展開のために幻覚のようなモノを見ていたとか…」

「あなた、それ本気で言っているんですの?」

スケアリーが呆れて言ったが、モオルダアも喋っていて自分の説に無理がありすぎると思ったようで、それ以上ヘンな話をするのはやめることにした。

 きっと、この気の抜けてしまうような平凡すぎる住宅街がそうさせているに違いない。モオルダアは辺りを見まわしながら、おかしな事を考えてしまうのを周囲の環境のせいにしていた。


 ペケファイル課の二人は事件のあった家のある区画にそって道を歩いて、もうすぐ一周して元の場所に戻ろうか、というところまで来ていた。ここまで来ると何かの手掛かりを見付けるのはほぼ無理なのでは、と二人とも思い始めたようで、特に事件に関する話もないまま黙って歩いていた。しかし、事件現場の家が視界に入ってくる場所まで来てモオルダアが何かに気付いて道をはずれて気になるものがある方へと歩いて行った。

 そこはこういう「一般的な住宅街」に良くある児童公園だった。鉄棒と砂場があって、後はちょっとしたスペースがあるだけで、鬼ごっこをするほど広くもなく、小学校の中学年ぐらいからはこういう公園では特に遊ぶ事がなくなってしまうような公園でもある。しかし、そこには小学校の中学年くらいの子供達が数人集まって何かに夢中になっているようだった。

 モオルダアは彼らに近づいていくと、彼が思ったとおり子供達は携帯用のゲーム機で遊んでいた。

「キミ達、面白そうなもので遊んでいるね」

モオルダアが言ったが子供達は黙ってゲームの画面を見つめていた。

「この近くで恐ろしい事件があったのは知ってるよね?キミ達も、こんなところにいたら危険だから、今日は家に帰った方が良いと思うぞ」

もう一度モオルダアが言ったのだが、また子供達に無視された。子供達はゲームに夢中になっているからモオルダアに気付かないだけだと思ったのだが、どうやら聞こえているのに聞こえないフリをしているようだった。

 これはどういうことか?と、モオルダアはスケアリーの方に助けを求めるような視線を向けたのだが、スケアリーはまずモオルダアが何をしたいと思っているのかも解らないので、肩をすくめてちょっとだけ首を傾げるという中途半端な反応しか出来なかった。

 そんなやりとりに気付いたのか、子供達のうちの一人がゲーム機から目をあげてモオルダアに話しかけてきた。

「知らない人と話しちゃいけない、って言われてるんだよ。特に怪しい人とは」

モオルダアに話しかけてきた少年はここにいる子供達の中では一番しっかりしていそうな顔つきだった。顔つきだけでは人を判断できないのだが、誰が見てもこの子供達の中では彼がリーダーとなっているのは明らかだった。

「これでもまだ怪しいって言うのか?」

モオルダアは笑顔を見せながらF.B.L.の身分証を少年に見せた。そんなものを見せたらさらに怪しくなってしまいそうだが、少年はしばらくその身分証をじっと眺めてから、取り敢えずモオルダアの言うことを聞いていみることにしたようで、黙って大きく頷いた。

「女の人を見なかったかな?格好は…」

そこまで言うとモオルダアは一度スケアリーの方に向き直った。

「あの人質の女の人って、どんな格好してたっけ?」

不意に聞かれたスケアリーだったが、とっさに人質の服装などを思い出せずに困っていた。

「どうな格好、って。アレですわよ。普通の格好じゃなかったかしら?」

確かに、特別に奇抜な格好でない限り誰かの着ている服などあまり覚えていない事が多い。特に今回はテレビの画面にチラッと映ったぐらいでもあったのだし。赤い服だっただろうか?いや、女性だから赤というのは脳が勝手に作り出した印象じゃないのか?とか。

「ここには誰も来てませんよ」

F.B.L.の二人が良く解らない事を言っているのを見て少年が割り込んで答えた。

「ん?!…ああ、そうなの」

なんとなくモオルダアよりもしっかりした感じの少年の答えにモオルダアはぎこちなく反応している。

「でも、この辺で恐ろしい事件が起きたんだし。事件の関係者が一人行方不明なんだ。その人がどんな人かも解らない状態だし、もしかすると児童誘拐殺人の犯人かも知れないからね。今日は外で遊ばないでゲームは帰ってからやった方がいいぞ」

このままだと子供にバカにされかねないので、モオルダアはちょっとした脅しも含めて子供達に帰るように促した。

「そうですか。それじゃあ、もう少ししたら帰ります。ここでデータをダウンロードしたいんで…」

少年が良く解らないことを言い始めた。最近の携帯ゲーム機にはインターネットなどのネットワークからデータをダウンロードする機能もついているのだが、こんな児童公園でデータをダウンロードとはどういうことなのだろうか?モオルダアは気になって少年の持っているゲーム機の画面を覗き込んだ。

「それって、何のゲーム?」

モオルダアが聞くと、少年は「これです」と言いながらモオルダアに見えるように携帯ゲーム機の画面をモオルダアの方に向けた。それは何というタイトルのゲームか解らなかったが、特におかしなところもなさそうな普通のゲームソフトのようだった。

 モオルダアが何とも言えないまま少年達の後ろからボンヤリとゲーム機の画面を眺めていると、突然彼の背後で大きな声がしてモオルダアはビクッとすることになった。

「コラッ!お前達。あんな事件があったのに、こんなところで遊んでるヤツがあるか!」

少年達も突然怒鳴られたのでちょっとビビっていたのだが、明らかに一番ビビっていたのはモオルダアだった。それはどうでもイイが子供達は声に反応してゲームをしまった。

 子供達を怒鳴り付けたのは彼らの学校の先生のようだった。若くて優しいというイメージの教師が増えている中で、こういうある種の威厳のある年をとった教師を見てモオルダアとスケアリーはなんとなく懐かしい気分になってしまったが、それはどうでも良いことである。

 この教師はテレビで学校の近所で起きた事件を知って、見回りに来たようだった。子供達は仕方なくゲーム機をしまって家に帰ることになったようだ。

「あんた達は?」

教師が二人に聞いた。

「あの、あれです。調べているんです」

モオルダアは昔から厳しい感じの教師が苦手だったので、緊張してヘンな返事をしていた。仕方ないのでスケアリーが代わった。

「あたくし達はF.B.L.の捜査官ですのよ。行方不明の人質を捜しているのですが。…あの失礼ですが、あなたがもしも昔からこの近所の学校で教師をなさっていたのなら、ネトゲ・マサオさんの事も知っていませんでしょうか?」

スケアリーがなんとなく思ったので聞いてみたが、教師は何を言われたのか一瞬解らないような表情をしていた。

「あんた、なんのことだか解らないが、小学校の教師というのは同じ学校に何十年も勤めたりはしないものだよ。まあ、今日の事件の犯人が今私の勤めている学校の出身である事は確かなようだが」

「あら、そうなんですの」

スケアリーはなんとなく理解したようなしないような感じだった。そうしている間に教師は乗ってきた自転車に乗って行ってしまった。

 スケアリーはまだなんとなく納得出来ないような感じだったが、モオルダアが説明した。

「公立の学校は私立よりも教師の入れ替えが多いんだよ」

「あら、そうなんですの」

スケアリーは同じ返事をしていたが、今度はなんとなく理解したようだった。