「Dimensions」

23. 後日、スケアリーのレポート

根戸下政男の立て籠もり事件と、その周辺の出来事に関するレポートですのよ。


 これらの事件のうちあたくし達が関わったのは、行方不明の女性に関してですわね。あの部屋にいた女性に関してはいまだに何も手がかりがありませんわ。警察は捜査の範囲を広げて引き続きあの女性を追っているのですけれど、見付けるのは難しいかも知れませんわ。

 それに、世間の注目はネトゲの死に集まっていますし、裁判になれば女性のことなどいつしか忘れ去られてしまうような気もいたしますわ。それが都合の良いことだと思う人がいたとしても、あたくし達が事件をペケファイルに保存している限り、事件は風化させるべきではありませんわね。


 モオルダアは最初からゲームソフトが事件に関わっていると思っていたようですが、それはある部分では正しかったと言えますのよ。ただしそこから導き出されてきたものはあまりにも曖昧。

 セーフハウスにかくまったあの男はやはり精神に問題があるということで、しばらくしたらセーフハウスから追い出されるようですわね。精神科医とも相談してあまり彼を不安にさせないようなやり方で出て行ってもらう事になっているそうですけれど。

 彼の言っていた事はあくまでも参考にしかならないでしょう。少なくとも法的に有効な証拠として扱うのは難しいと思いますわ。そして、そこがこの事件をさらに難解なものにした原因でもありますのよ。彼の言っていたプレーヤーに幻覚を見せるというゲーム。その存在は結局最後まで解らないまま。

 そこで、あたくしはゲームソフト屋さんの店長のところに行って、過去の記録を見せてもらったんですの。そのゲームが本当にあるのかどうかを確かめるために。記録には様々な会社の名前が書いてあったのですけれど、そのほとんどが店と定期的にやりとりをしている会社だったんですのよ。でもその中に一つだけ、一度しか店と関わっていない会社を見付けましたわ。でも予想どおり、その会社は今では存在していませんでしたのよ。


 それでもゲームを追っていくうちにまたいくつかの謎に遭遇いたしましたわね。まずは救急車で運ばれていった舞黒という方。彼は二三日入院して体調は元に戻ったということですけれど。ゲームのことに関しては何も覚えていないそうですわ。もっと調べるべきなのかも知れませんけれど、むこうが協力を拒んでいる以上、あたくし達の持っている証拠だけで捜査を続けることは困難ですわ。これ以上の被害を広げないために協力したら良いと思うのですけれど、舞黒という方は恐ろしくてゲームのことは考えたくない、なんて言うんですのよ。モオルダアに言わせれば、それは表向きの理由で実は誰かに口止めされているんだ、なんて言っていますけれど。

 それから、あの倉井ですわね。彼の行動がゲームによるものだったのか。それは簡単には断言できませんのよ。その後の調べで解ったのですが、彼のパソコンからあたくし達を隠し撮りした画像がたくさん見つかりましたのよ。あたくし達があの公園にいた間に撮られたものですけれど。その時点からあたくし達に対して殺意を抱いていたのなら、話が違ってきますものね。ただ、写真の中にはあたくしを写したものが多かったのですけれど、狙われたのがモオルダアだったというところもおかしいですわね。

 あのゲームが存在するという前提で考えれば上手く説明できるのかも知れませんけれど、それにはまず証拠を集めないといけませんわ。あたくしの仕事は証拠を分析して理論的に事件の全容を推測していくことですもの。ただし、倉井が拘束衣を着せられて病院に閉じ込められている間は新しい証拠を見付けるのは不可能かしら。ここにはやり場のない怒りを感じてしまいますけれど、いつだって冷静にしていなければいけませんわね。そうすればいつか新しい手がかりも見付けられるはずですわ。


 最後にモオルダアの事に関して。あの事件で負傷したモオルダアですけれど、頭の傷はたいした事がないようですわ。そして精密検査の結果、脳にも異常はなかったようですのよ。足の傷は完治までは時間がかかるものの、日常生活に支障はないようですし、あの方の強運には時々驚かされますわ。

 ただし、あのような辛い経験をしたのですから、心に傷を負っていないか心配ですわね。あたくしもパートナーとして、彼の様子を観察して、おかしなところがあれば無免許医師として適切なアドバイスをしないといけませんわ。F.B.L.の捜査官と言っても、いいえF.B.L.の捜査官だからこそ、心のケアというものは重要になりますものね。


 まだ解決していないこの事件ですけれど、いつか進展があるのかしら?あれば良いですわね。

24. モオルダアのボロアパート

 怪我のこともあって休むように言われたモオルダアだったが、安静にしていないといけないワケでもなく退屈すぎる時間を過ごしていた。そこで彼は寝転んでフロシキ君から借りている携帯ゲーム機で遊んでいた。厳密にはもうすぐそのゲーム機はモオルダアのものになるのだが。

 ちょうどそこへフロシキ君がやって来た。

「とんだ災難だったな。まだ痛いのか?」

フロシキ君が包帯を巻いたモオルダアの足を見ながら言った。

「キミに同情されるのはイヤだから痛くないことにするよ」

「そうか。足を切られたぐらいじゃその態度は変わらないんだな。まあ、こちらはブツがもらえればそれで良いんだが」

「キミのすぐ右側に置いてあるよ。それだけあれば満足だろ?」

フロシキ君が右側を見ると、そこには何もなかったが反対側には雑誌が五冊ほど積まれていた。モオルダアは自分から見て右ということで「右側」と言ったのだろう。それはともかくフロシキ君は雑誌を一冊ずつ手にとって調べていた。

「これで取引成立だな」

どうやらモオルダアは彼の持っているエロ本と引き替えにフロシキ君の携帯ゲーム機を手に入れたようだ。この取引は公平なものなのか、人によって意見が違いそうだが、保存状態の良いモオルダアの80年代のエロ本はフロシキ君にとっては値打ちものらしい。

「しかし、あんな思いをして、良くまだゲームが出来るな。オレも元部長も幻覚兵器が恐くてゲームはやってないんだぜ」

「ボクの知る限り、恐怖のゲームを手に入れるのは困難なことだしね。それに次に出回る時にはもっと刺激の少ないものになるよ。派手な立て籠もり事件が起きたんじゃ、後始末が大変だからね」

本気で言っているのか解らないが、モオルダアがにやけて話していた。

「とにかくどんなゲームでも一度始めたらエンディングは見たいだろ?」

「まあ、そうだがな。じゃあお大事にな」

そう言うとフロシキ君はエロ本を鞄に詰め込んで部屋から出て行った。モオルダアはまた寝転んでゲームの続きを始めた。たまに上手くいかずに怒ってみたり、ニヤニヤしたり。端から見たモオルダアは気持ち悪いのだが、彼は十分楽しんでいるようだ。

 どうやら彼に心のケアとかそういうものは必要ないだろう。少なくともこうしてゲームで遊んでいる間は。

2012-01-15 (Sun)
the Peke Files #028
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