「Dimensions」

10. 男の部屋

 スケアリーはあまり乗り気ではなかったのだが、モオルダアが急げとうるさいので急いで車を運転して二人は男の家の近くにやって来た。スケアリーが例の児童公園の前に車を止めたのだが、車を降りるとモオルダアはスケアリーにトランクを開けるように頼んだ。スケアリーはモオルダアが何をしたいのか良く解っていなかったが、とりあえずトランクを開けた。

 モオルダアがトランク中を見ると、彼が思った通りそこにはパンク時などに使うためのちょっとした工具セットが入っていた。その工具セットの中に理想的な工具が入ってなかったからか、モオルダアの表情はあまり冴えなかったのだが、とりあえずマイナスドライバーを取り出してからトランクの扉を閉めた。

「それ、どうするんですの?」

「いや。住人が最後に出たのが窓なんだし、玄関のドアは開いてないと思ってね」

「だからそれでこじ開ける、っていうんですの?」

「まあ、そんなところだけど」

「窓は開いているんだから窓から入れば良いと思いますわよ」

そういえばそうだ、とも思ったがやはり窓からよりはドアから入りたい。それはどうでも良いが、二人がそんなことを話しているうちに男の家の前に到着した。モオルダアはどうせ鍵がかかっていると思いながらドアノブを回してみたのだが、予想に反してドアが開いてしまった。これでせっかく持ってきたマイナスドライバーは意味がなくなったのだが。それよりも、それなりに頑丈そうなこのドアがマイナスドライバーでこじ開けられるようなものだったのか?とか、その辺も気になるのだが。とにかくドアが開いてしまったので、モオルダアは拍子抜けという感じの顔をスケアリーに向けていた。しかし、スケアリーはこの状況が何を意味しているのかにいち早く気づいたようで、緊張した面持ちで腰のホルスターに納めてある銃に手を当てた。

 それを見てモオルダアも慌てて自分のモデルガンを取りだしたのだが、マイナスドライバーのせいで、なんとなくカッコが付かない感じもした。それはともかく、二人はそっとドアを開けて中の様子をうかがった。

 中に人のいる気配はなかった。男が一人で住むには広すぎる家でもあったせいか、家の中は物があまりなく、スッキリした印象だった。これまたコンピューターやその他の技術に詳しい男のイメージとは違うのだが、今はそれを気にしている場合ではないので、二人は銃(とモデルガン)を構えたまま家の奥へと入っていった。

 一階には怪しいところは特にないといことで、二人は二階へ向かった。二人で手分けして部屋を一つずつ確認して行った。

「こっちは異常ありませんわ」

スケアリーが言うと、モオルダアの「こっちもだ…」という多少気の抜けた返事が返ってきた。スケアリーは「何なんですの?」と思いながら変な返事をしたモオルダアのいる方に行ってみた。

 部屋の中のモオルダアはさっきの返事以上に気の抜けた感じで部屋の入り口に立っていた。

「一体どうしたって言うんですの?」

「どうやら来るのが遅かったようだね」

モオルダアが力なく答えた。彼が見ているのはここに住んでいる男の言っていた書斎の机に違いなかった。本来ならば隠してある秘密の鍵で開けられるべき引き出しが壊されて、中が見えている状態になっていた。もちろん、そのバールのようなものでこじ開けられた引き出しに問題のゲームソフトが入っているワケはない。

「これはもしかすると、ボクらが思っているよりも重大な事件かもしれないぜ」

スケアリーはこの「ぜ」というのが気に入らないのだが、モオルダアがそういう喋り方になっている時にはただ事ではない状況になっていることは確かでもあった。

「もし、あの男の事を信じるのなら、彼はボク以外にこの引き出しの事を話してないはずなんだが。でもこの状況からすると、あの取調室の会話を誰かが聞いていて、ボクらよりも先にやってきてゲームソフトを盗んでいった、ということになるね」

「あなた、それってまさか警察内部の人間を疑ってる、って事ですの?」

「あるいは、警察のふりをしてあの警察署にいた人間か」

いかにもモオルダアの好きそうな展開ではあったが、壊された引き出しと、この部屋を見ていたらそれはあり得ることだとも思えてきた。

 このあまりにも整然とした部屋の中は、彼の病気とも関連しているのかも知れないが、その部屋の中に前面の板を引きはがされた状態の引き出しがあるのには違和感がありすぎである。少なくとも、この引き出しを壊したのは外部の人間に違いない。

 モオルダアは念のために天板の下の引き出しを開けて中を探ってみると、男が言っていたとおり鍵の入った箱があった。取り出してみると、やはり中には鍵が入っていた。

「本当はこれで開けるべきなんだけどね…」

モオルダアが壊れた引き出しを見ながら箱を振ると中で鍵がカラカラという音を立てていた。

11. ゲームソフト屋さん

 ダメ元であっても捜査というものはそれなりの手順を踏んでいかないといけない。どう考えてもそこに手がかりはないとしても、行くべき場所が他にないのなら行かなければならない。スケアリーはこういうことになるたびに、自分に無駄な行動をさせるだけにしか思えない捜査官としての理念みたいなものを呪いたくなる気分だったのだが、他に行くべき場所がないのでそうしなければならなかった。

 スケアリーは男が謎のゲームソフトを貰ったという店にやって来た。店に入るとそこでは良い年をした男性が試遊機で最新のゲームをやって遊んでいた。それを見て、スケアリーは「そんなに面白いものなのかしら?」と不思議に思っていた。彼女には解らないであろうが、面白いと思っている人にはこれ以上面白いものはないのです!ということはどうでも良いのだが、スケアリーは店の奥のレジの方へと向かった。

「あたくしF.B.L.のスケアリー捜査官ですけれど、いくつか聞きたい事がありますのよ。協力していただけますでしょうか?」

「いらっしゃいませ!」

若いか年をとっているのか良く解らない感じの地味な店員が半ば反射的に答えた。その後しばらく経ってから「いらっしゃいませ!」じゃなかったかな?という感じで「へっ?」と言った。「へっ?」も間違いに近いのだが、面倒なのでスケアリーは先を続けた。

「一年ほど前に、この店で常連客へのサービスとしてゲームソフトを配っていませんでしたか?」

「えー…。どうですかねえ…?」

「どうですか?ってどういうことですの?」

「そういう企画はこの店の名物でもあるんですが。繁華街から離れた小さな店ですし。だから、しょっちゅうやってきてゲームを買ってくれる常連客というのは優遇しないといけない、ってことでそういうサービスは良くやってるんですが」

「それじゃあ、一年ほど前にもやってたんですわね?でも最新のゲームソフトを配るなんてことはあまりないんじゃなくて?」

「そんなこともないですよ。彼らはゲームのために大金を使いますし。そういう人達の中には意外と影響力のある人もいるんですよ。ネットの掲示板やブログでゲームを評論してみたり、中には動画でゲームの内容を公開する人だっているんですけどね。それはそれで宣伝になるんです。それに自主制作みたいなゲームならなおさらですよ。そういう人に面白いって言ってもらえれば、イロイロとチャンスですからね。そういうゲームは制作者の許可があれば新作でもタダで配ったりしますよ」

ここは思っていたよりもかなりマニアックなゲームソフト屋さんだったようだが、スケアリーはそこまで解ってはいなかった。

「それは、つまり…。どういうことですの?プロモーションのためにゲームを配るように頼まれる事がある、ってことですの?」

「時にはそういうこともあります」

「それじゃあ、一年ほど前にそういう依頼があったのかしら?」

「さあ…?」

「さあ、ってどういうことですの?」

「いや、ボクはバイトなんで…」

今まで偉そうに話しておいて、いまさらバイトって何なんですの?!と、スケアリーは思っていたが、ここで怒っても仕方がないので、努めて冷静にしていた。

「それで、あなたはいつからここでバイトをしているのかしら?」

「先週ですけど。でもこの店は好きでたまに来てたからイロイロ知ってるんです」

そんなことはどうでも良かったが、先週からじゃ話にならない。

「店長様はいませんのかしら?」

「店長は午前中しかいないんですよね。一週間しかやってないボクが店に一人とか、けっこう危険だと思ったりしますけどね。まあ、お客さん少ないから良いですけど」

店員がまたどうでも良い情報を話し出したのでスケアリーはイラッとしそうになっていたが、とりあえずちょっとした情報は手に入ったのだし、店長には後で話を聞けばいいと思ったので、店員に名刺を渡してとりあえず店を出ることにした。

 だがもしも、この事件がモオルダアが言うような重大なものなら、犯人はこの店に証拠を残すような事もしないとも思っていたのだが。