05. 警察署
スケアリーは警察署で担当の刑事達と一緒に事件の映像を見ていた。主に例の人質が映る前後の映像を何度も繰り返して見ていたのだが、見れば見るほど何とも言えない違和感を感じない訳にはいかなかった。
誰もが美人と認めるような容姿であることは先程から何度も書いているが、彼女がどうやってあの部屋に入ったのか。引きこもりの政男が外に出て無理矢理彼女を部屋に連れ込んだとは思えない。ならば彼女が自らあの部屋に入ったと考えるのが普通だが、一体何のために?
「あの時政男さんは何て言っていたんですの?」
スケアリーが刑事に聞いた。
「いや、なんというか。そうとう混乱していたようで、ほとんど聞き取れないような喋り方でしたけどね。ああいう状態になると誰でもそんな感じですが。殺されるとか、逃げられないとか、そんなことを叫いていましたけどね。おそらく妄想とかゲームの世界とか、そういうのが現実とごっちゃになったんだと思いますけどね。ほら、あの家にもゲームがいっぱいあったでしょ?」
スケアリーはこの刑事の意見を聞いて、この刑事もまたモオルダアのように引きこもりと他の精神疾患に関する中途半端な知識で勝手なことを言っているのだと思った。現実と想像の世界の区別がつかない、というのは部屋に引きこもることとは直接は関係がないはずである。
「そうなんですの。それで政男さんは何かを要求したりしていたんですの?」
「それが、おかしなことに何もなかったんですよね。あの混乱の仕方は尋常じゃなかったし。そこまで考える余裕はなかったんじゃないかとも思いますけどね。今考えてみると、人質なんかいなくても良かったんだし。いなければもっと穏やかに解決できたはずなんですが」
この刑事は政男が狙撃されたことを悔やんでいるようだった。
「政男さんが回復してくれたら謎は解けるのですれど…。あの方どうなっているのかしら?」
「さあ。どうにも出血が酷いってことだし。どっちにしろ今は我々だけでなんとか行方不明の人質の捜索をしないといけませんから。いや、まだ人質かどうかも解らないですけどね」
スケアリーは刑事が言うのを聞いて「それはそうですわ」と思っていたのだが、何かがどこかで間違っているようなおかしな気分でもあった。そして「本当にあの人質はあそこにいたのかしら?」と考えたところで「それじゃあまるでモオルダアの考えですわ」と思って、頭に浮かんだ妙な考えを振り払おうと首を横に振った。
「あの女性はやっぱり人質ではなかったんじゃありませんこと?」
スケアリーはヘンな考えを打ち消すために別のヘンな考えを口にしてしまった。しかし、これまでの事を考えてみると、そう考えてもおかしくはなかった。
「それじゃあ、あの人は誰だと思います?母親も初めて見る人だって言っていたし、強引につれて来る以外に彼女があそこにいるというのは不自然だとも思いますが」
「ですけど、今はインターネットで知らない誰かと知り合いになることもありますでしょ?」
「どうでしょうかね?」
「それって、どういうことですの?」
「いや、あの部屋のパソコンはしばらく使われていなかったみたいで、押し入れの奥にしまわれていましたよ。パソコン用のゲームも捨てようとしていたみたいですが、あれはインターネット用ではなくてゲーム用だったんじゃないですかね。調べたわけじゃないですが」
「そうなんですの?!ということは引きこもっている間中、ずっと誰とも…いや、待ってくださいな。あの部屋にはゲーム機がありましたでしょ?今はパソコンがなくてもゲームでインターネットにアクセスできたり…」
スケアリーはそこまで言ったところで、このまま考えを先に進めていくとなぜかモオルダアの考えているような結論に辿り着きそうな気がして、口をつぐんでしまった。もしもモオルダアがこのことを見越してゲームを気にしていたとしたら凄いことでもあるのだが、そんなことはスケアリーとしては認めたくはないのだ。このままモオルダア的な考えをしていけば異次元の扉だとか幻覚だとかいう話が出てきてしまうに違いないからだ。
常識で考えてすぐに理屈が解る現象と、常識で考えてもそこで起こっている現象が説明できない現象がある。しかし、たとえ常識で考えて理解できないような問題でも、理解を超えたところから現象までの空間にあるいくつかの事柄。それは証拠であったり、科学的な知識でもあるのだが、そういうもので現象までの間を埋めることが出来れば、どんな怪現象でも科学的に説明することが出来るはずである。少なくともスケアリーはそう思っている。
「とにかくあたくし達はあたくし達なりの方法で調べてみますわね」
スケアリーが不自然な感じで話を終わらせてしまった。
それよりもモオルダアはどこに行ったのか?ということであるが。さっきの事件現場を去る時に「ちょっと気になることがある」とか言って、警察署での捜査はスケアリーにまかせて、彼はどこかへ行ってしまったのである。
この場所での捜査がややこしい感じになってきたので、スケアリーはなんとなく自分だけが苦労をしているような気分になってきて、そろそろモオルダアに面倒なことをまかせたい感じもしていた。しかし、モオルダアも真面目にやっているようだし、それなりに何かをしているはずだと思って、彼女は彼女で次の行動に出ることにした。