12. ローンガマンのアジト
ローンガマンのアジトではメンバーの三人がモオルダアの持ってきた謎のゲームを囲んで盛り上がっていた。謎のゲームとはもちろん、モオルダアがあの公園でダウンロードしたゲームである。
「幻覚兵器とはまた思い切った発想だな」
謎のゲームの解析に時間がかかりそうだと思ったフロシキ君が話し始めた。
「それにそんなものに対抗するものがこんなゲームになっているとはな」
謎のゲームはメモリカード経由でコンピューターにコピーされてそれをヌリカベ君が様々な方法で調べているところだった。コンピューターの画面には時々ゲームの画面のような解りやすいものが写るのだが、それ以外のほとんどは素人には理解できない文字や記号の羅列のようなものだった。
「しかし、幻覚兵器とは言わないまでも、光の刺激が脳に何らかの作用をするというのは実際にありますよ。あのポケモンショックは政府機関が密かに行った実験だったとも言われてますしね」
元部長が怪しいことを言い始めた。
「それは興味深いな。あの男も問題のゲームではある波長の光が一定の間隔で出ていると言っていたけど。人間の網膜というのは光に反応するものだし、それを上手く利用して、ないものを見せるということも可能かも知れない。あるいはある種の催眠状態にさせるとか」
怪しい話にモオルダアも反応し始めたようだ。どこまでが根拠のある話か解らないが、彼らにこんな話をさせておくといつまでも止まらないに違いない。
「光刺激によって特定の脳波を出現させることが出来るのは解っています…」
ゲームソフトの解析がそろそろ終わりそうになってきたヌリカベ君も話しに入って来た。やはりヌリカベ君が言うことが一番本物っぽい。しかし、面白そうな出だしの話だったが、ヌリカベ君は無口なのでそこまでで終わりということらしい。話の続きを期待してミョーな間が空いたのだが、しばらくしてヌリカベ君が別のことを話し始めた。
「このゲームソフトは確かに特殊なものですね」
解析が終わってヌリカベ君の説明が始まるようだった。しかも謎のゲームはやっぱり特殊なものということだ。モオルダアは目を輝かせながら話を聞いた。
「ゲームの内容には問題がないですが、どうやら一定の間隔で画面が緑に光るようにプログラムされているようです。とは言っても1フレームだけ画面が緑になるだけなので遊んでいる人はそれに気づきません」
謎のゲームの謎に近づいて盛り上がっていたモオルダアだったが、その説明だけでは何がどうなっているのか良く解らない。
「それで、それだと何が起きるの?」
モオルダアが聞くとヌリカベ君は今の説明で解らなかったのか?という表情をしていた。
「特に何も起きません」
ヌリカベ君が言うのを聞いてモオルダアは力が抜けてしまった。
「そうは言っても、何かあるんじゃないの?どうして緑なのか?とかその辺は?」
「ポケモンショックの時には赤い光が危険だということになっていましたけど、その赤に対抗して緑なんじゃないですか?」
モオルダアは何とかこのゲームから事件の手がかりをつかみたくてどうでも良い質問をしたのだが、元部長からどうでも良い返事が返ってきた。光の三原色ということで考えると緑じゃなくて青でも良さそうだが。とにかくモオルダアは一度盛り上がってしまったし、このまま何もない感じでここを去る気にはなれなかった。
「一体あの男は何のためにそんなゲームを作ったんだ?」
「そこはやっぱり病気が関係してるんじゃないですかね」
元部長が言ったが、確かにそれはそれで納得のいく考え方であった。
「そうか。どんなに頭が良くても、どこかがちょっとずれてしまうんだな…」
モオルダアが言ったが、そこまで言って嫌な気分になってきた。もしかすると、あの男が話していた幻覚兵器とかそういう話ももしかすると全て彼の病的な妄想が作り出したものだったのではないか?と思えてきたのである。
しかし、それを確認するにはやはり幻覚兵器と男が言っていたゲームソフトを見付ける必要がある。立て籠もり事件の部屋には電源が入っているのに中にソフトの入っていないゲーム機も置いてあった。その辺も考えると全てが男の作り話とは思えない。もしかすると、誰かがあの現場からゲームソフトを密かに持ち出したのかも知れないし。やはり謎のゲームソフトについてもっと調べないといけない気がする。
「フロシキ君。すまないが、このゲーム機はもう少し借りておくよ」
モオルダアはそう言いながら携帯ゲーム機を持ってローンガマンのアジトを出て行こうとしたのだが、その前にフロシキ君が彼を呼び止めた。
「それは構わないが、例のものは先に渡して欲しいんだよね」
「ああ、そうか」
モオルダアは鞄の中から雑誌をとりだした。裏側を上にして取り出したので、雑誌の裏によくある広告が見えていた。それを見る限りおそらくかなり古い雑誌だろう。
「何ですか、それ?」
誰でもそれが気にならないわけはないので元部長が聞いた。
「いや、何でもないさ」
何でもないわけはないのだが、フロシキ君は適当に答えていた。
それはゲーム機をモオルダアに貸すという代わりにフロシキ君が要求してきたものだったのだ。裏返して表紙を見ればそれはエロ本だったりするのだが、フロシキ君は表を見せないまま自分の鞄にそれをしまった。多くの媒体がデジタル化された現在で、しかもインターネットを使えばそれらしい画像などは簡単に見つかるのだが。どうしてフロシキ君はそれを欲しがったのか?そして、どうしてモオルダアはそんなものを持っていて、またどうしてフロシキ君はモオルダアが持っていることを知っていたのか?
ここには多くの謎があるのだが、この謎を解くために時間を使う意味はないので気にしないことにする。とにかくフロシキ君はデジタルな媒体のものよりも雑誌であることに価値を見いだしているようだ。
13. またも薄暗い部屋
ここはさっきの児童公園の近くにあるあの暗い部屋。部屋は相変わらず暗いままだが、そこは夕暮れ時の薄明かりに溶け込んでいき、部屋にある多数のコンピューターのモニタなどの明かりが異様に部屋の中を照らすようになっていた。
この部屋の窓のところに設置されたカメラは相変わらずモニタに外の様子を映していた。しかし、そのモニタの中の一つは現在別の目的のために使われているようだった。先ほどモオルダアとスケアリーが公園で話しているところを映した映像から取り出したスケアリーのアップが画面に映されていた。
この部屋にいる男は今はそれらのモニタの画像にはそれほど興味がないようで、コンピューターから少し離れた場所にあるテレビのところでゲームを始めていた。
彼の名前は倉井 相太(クライ・ソウタ)という。彼がここで何をしているのかというと、特に何もしていない。根暗でひ弱で太ったゲーム好き。そして、公園にやってくる女性をカメラで撮影してコレクションしたりもする、ある種の人からは「キモい」と言われそうな生活をしている。彼にとってはこれが普通なのだが。滅多に外出はしないが、ゲームを買いに行く時や、時々やるバイトの時には外出する。なので自分では引きこもりだなんて思っていないが、立て籠もったネトゲよりは怪しさの点で数段レベルが上とも言える。しかし彼にとってはこれが普通なのである。
倉井はさっき始めたゲームにそろそろ熱中してきたようだった。もう何度もやっているゲームなのだが、しばらくやっているうちに何故か盛り上がってくる。それが良いゲームの証拠だとも倉井は思っていた。
銃声や派手な爆発音が聞こえるたびにテレビの画面が明るく光り、それと同時に部屋全体も明滅していた。そして、絶え間なくプレーヤーに指示を与える女性の声も聞こえてくる。おそらくその指示に従って進めていくゲームなのだろう。「○○を殺せ」「次はそこの△△を殺せ」と指示が出て、しばらくするとまたすぐに爆発音や銃声。どう考えても子供にやらせてはいけないゲームだが、そこは心配しなくても大丈夫である。倉井はすでに年齢だけは十分すぎるほど大人であるのだし。
爆発音がして、悲鳴のような声が聞こえた後、次の指令が出るまえに倉井はゲームを一時停止状態にして、すぐ脇にあったペットボトルに手を伸ばしてフタを開けると中のコーラを一気に半分ほど飲んだ。そしてゲームを再開するとすぐに「次は□□を殺せ」という女性の声が聞こえてきた。彼はほとんど表情を変えずにコントローラを操作し始めた。そしてすぐにまた爆発音と銃声と。その繰り返しだった。