「マキシマム・ビューティー」

19. モオルダアのボロアパート

 モオルダアは帰ってから謎の男に渡されたエグい雑誌を最初から最後までくまなく読んでみた。巻頭の見たこともないアイドルのグラビアからあまりにも根暗な感じの投稿写真、それからホントかどうか怪しい体験談。どこにもモオルダアに必要な情報があるとは思えなかった。しかし、それ以外にこれといってやるべきこともない。モオルダアはもう一度最初から雑誌を読み直してみた。

「こんなものはヤラセだよなあ」

なんだかモオルダアの興味が別のところに移っているようだ。読み直してみてもこの感想以外なにも出てこなかった。もう面倒になったのか、モオルダアは雑誌を放り投げてテレビのスイッチを入れた。

 時刻はもう午前二時を過ぎていた。こんな時間にろくな番組はやっていないし、この状況でテレビを見ようというモオルダアの考えもおかしいのだが、彼にはそれなりの理由があった。もう彼の頭の中は飽和状態でなにも考えられそうになかったのだ。だからテレビが見たくてテレビをつけた訳ではない。ほとんど無意識のうちにテレビをつけた彼は、ただボンヤリとテレビの画面を眺めていたかったのである。そうしているうちに何か閃くかも知れないし、少女的第六感が何かを彼に伝えるかも知れない。それに、もしかすると「凶暴化した美女軍団が人々を襲撃する事件」のニュースとかがやっているかも知れない。

 モオルダアはリモコンをいじって一通りチャンネルを確認したが、やっているのはテレビショッピングばかり。モオルダアはテレビをつけたまま横になった。

 まったくおかしな事件だなあ。それにおかしな一日だ。スケアリーに襲われて、病院では変な看護士に説教されて。それからあの変なカップルはどうなったんだろう?一応あの事件は解決したことになったけど、怒って帰ってしまった双江さんはどうしたんだろう?まあ、あれはあれでいいや、ボクの知ったことじゃない。問題はスケアリーなんだ。美人化したものの凶暴になっていつか殺人を犯すかも知れないスケアリーだ。どこへ行ったかスケアリー。何をするのかスケアリー。優秀なボクならすぐにでも見つけられるはずなのに、なぜか今回は調子が出ない。もしかしてボクの意見にいちいち口出しするスケアリーがいないからなのか?そうだとするとこれは厄介だなあ。ジレンマだなあ。まいったなあ…。

 モオルダアは横になったままダラダラと考えていた。しかし、その後テレビから聞こえてきた言葉に反応して我に返ると、飛び起きてテレビのボリュームを上げた。

「発売以来、爆発的な人気のビューティー・アップ・サプリ。ご好評にお答えして、当番組だけの特別価格でご提供いたします。さて、このビューティー・アップ・サプリの実力はどの程度のものなのか。こちらのVTRをご覧ください」

なんという偶然だろうか。モオルダアは今日何度このビューティー・アップ・サプリを見てきたか。ただし、それによって何かの手掛かりが得られるとは限らないのだが、モオルダアは直感と運と少女的第六感だけでやっている。それに偶然が重なればそれはそれで良いことになるのかも知れない。

 ビューティー・アップ・サプリに関する大げさすぎるVTRが終わって、再びスタジオが映された。

「さて今日はスタジオにこのビューティー・アップ・サプリを開発した、元女優で現在ではビューティー・アップ社の美人女社長でもある一芽実田塗黄子(ヒトメミタ・トキコ)さんをよんでいます。まず始めに聞いてみましょう。一芽実田さんはご自身でもこのビューティー・アップ・サプリを利用してその美貌を保ってらっしゃるんですよね?」

一芽実田はこの後司会者の質問に答えていった。それはビューティー・アップ・サプリの開発に関する話。それから女優時代の苦労話と、そこからビューティー・アップ・サプリを作るきっかけになった出来事の話。ホントかどうかわからない話にはモオルダアも興味はなかった。話の間、カメラは遠くから近くから一芽実田を映してその美貌を視聴者に見せつけていた。美貌といっても、年の割にはという言葉を付けなければそれほど美人というわけではないのだが、アップに耐えられるぐらいの美貌ではある。

 モオルダアはテレビに釘付けになっている。しかし、彼は一芽実田の美しさに見とれているわけではなかった。どこかで見た顔。どこかで聞いた名前。モオルダアがそれが誰だか思い出すまでにそれほど時間はかからなかった。

 モオルダアはそれに気付くと、慌てて床の上に無造作に置かれていたエロ本を拾った。それから巻頭のあまりかわいくないアイドルのページを見た。「ちまたで噂の女子高生アイドル、美田時子(ミタ・トキコ)」と書いてある。そこに写っている美田時子の顔はテレビに出ている一芽実田塗黄子によく似ている。モオルダアの持っている雑誌は十五年前のものだ。十五年もあれば顔つきも変わるだろう。そうでなくても美容整形というのもある。もしかするとエッフェッフェドリンということもあり得る。問題はエッフェッフェドリンの副作用である「美形になる効果」がどれだけ長く持続するのか、ということだ。もしこの一芽実田がエッフェッフェドリンを使っているのなら凶暴化しているはずだが、このテレビで見る限りそんな気配は感じられない。ただし、この美人女社長は今回の事件と関係しているに違いないのだ。それだから謎の男はモオルダアにこの雑誌を渡した。もし関係なかったら、あの男はなんなんだ?ということになってしまう。

 とにかくモオルダアには解決の糸口が見つかった気がした。そこからたどっていけばスケアリーの行方が解るのかどうかは解らないあいまいな糸口ではあるのだが、とにかく朝になったら一芽実田を訪ねないといけないようだ。「それにしても、あの男は雑誌だけ渡しといてなにも言わないなんて、不親切なヤツだなあ。今夜のこのテレビショッピングのことぐらい教えてくれてもいいのに」モオルダアはついでに謎の男のことを愚痴ってみた。

20. 朝

 モオルダアの部屋の小さな窓から入ってくる太陽の光でモオルダアは目を覚ました。テレビは夜からつけっぱなしで、今は主婦向けのドロドロした感じの番組が爽やかに放送されている。モオルダアは日の光に眩しそうにしながら片目で時計を見た。「しまった!」もうすでに九時を過ぎていた。モオルダアは飛び起きてテレビを消すとそのまま外へ出た。

 その頃、エフ・ビー・エルのビルではクライチ君がモオルダアを探してあちこち行き来していたが、彼が来てないことが解るとしばらく何かを考えていた。しばらくして、何かの結論に達したのか、そうでないのか解らないが一人で小さくうなずくとどこかへ向かった。