「マキシマム・ビューティー」

7. スケアリーの高級アパートメント

 スケアリーの高級アパートメントから数ブロック離れた路地から夕闇にまぎれてそのアパートメントを覗き見る怪しい人影がある。その人影は一度アパートメントの方を確認すると小走りに1ブロック進みそこでまた路地に隠れた。そしてもう一度アパートメントの方を覗きこんだ。それから同じようにしてまた1ブロック分アパートメントに近づいた。こんなことをするのはモオルダア以外に考えられない。そしてそれは予想どおりモオルダアだった。

 スケアリーの高級アパートメントの前までやって来たモオルダアは少し安心したように入り口まで進むとインターホンの所でスケアリーの部屋の番号を押した。モオルダアはどうしてここへやって来たのか。それは彼にも良く解らない。例の少女的第六感というやつだろうか?それとも病院で看護士に言われたことに影響されたのだろうか?そのどちらでもないのだ。彼はスケアリーが彼を殺害しようとした時の顔が忘れられないのだ。クビを閉められて意識が無くなりそうなのも気付かせないぐらいに美人になってしまったスケアリーの顔が。モオルダアの心の中の表現では、それはハッとするような美人の顔だったのだ。

 行方不明のスケアリーの部屋からはなんの返事もない。モオルダアはそのままアパートメントの裏に回ると排水パイプに手をかけて登り始めた。もうこれは以前にやってるからモオルダアにとっては慣れている動作だ。また窓からスケアリーの部屋に入ろうというわけだ。なぜそんな面倒なことをするのか?管理人に事情を話して鍵を開けてもらわないのはどうしてか?そんなことを気にしていてはモオルダアの行動は理解できない。彼のしていることは全て(彼の思いこんでいる)優秀な捜査官の行動なのだから。

 モオルダアは排水パイプを登ってスケアリーの部屋のベランダに辿り着いた。以前は大きな窓には全部鍵が掛かっていて、モオルダアは小さな窓から苦労して中に入ったのだが、今回は違っていた。ベランダに出入りするための窓に鍵が掛けられていない。

 美女の行方を追うためにここへ来たモオルダアであったが、ここでようやく「少女的第六感」が働き始めた。彼には嫌な感じがしたのだ。「もしかすると、ボクよりも先にエフ・ビー・エルの別の捜査官達がここへやって来たのかも知れない」そう思いながら、モオルダアは部屋の中へと入っていった。

 そこはモオルダアの知っているスケアリーの部屋とはほど遠い有様だった。以前そこにはきれいな家具がならび、全ての生活用品はきちんと整理されていて床にはホコリ一つ落ちていなかった。しかし、今彼の目にしているのはそんな潔癖性な部屋ではない。何本ものワインのビンが散乱していて、その中の何本かは倒れて僅かに残った中身を床に垂れ流している。それから脱ぎ捨てられたままの衣類がソファの上や、椅子の背もたれにかかっている。このまま一ヶ月もこういう状態が続けば、この部屋はモオルダアの地獄的に汚い部屋と同じになってしまうかも知れない。

 モオルダアはこの状況に戸惑いながらも、何か面白いものはないか辺りを探し始めた。なぜ面白いものを探して、重要な手掛かりを探そうとしないのか?そんなことはモオルダアに出来るはずがない。重要な手掛かりなどモオルダアには見つけられないのだ。でも面白いものならなんでも見つけられる。だからモオルダアは、事件が異常である時に限れば本人も気付かぬところで優秀なのだ。


 モオルダアは部屋を一回りして面白い手掛かりを探したが、それらしいものは見つからなかった。しかし、モオルダアにも気になる面白くないけど重要そうなものを見つけた。皿の上に紙を燃やしたような灰がのっている。これは、異様な感じだったスケアリーがモオルダアに書いた手紙を燃やしたものだ。モオルダアはそんなことを少しも知らない。ただ紙を燃やすという行為はそこに書かれた何かを消したいということを意味しているのかも知れない。となるとモオルダアは興味津々。ポケットから懐中電灯を取り出してそれを照らすと顔を近づけて、そこに何が書かれていたのか読みとれないか確認してみた。灰はまだ紙の形を残していたが、一度何枚にも破かれてから燃やされたようだった。所々に文字が幽かに見えるのだが何が書いてあるかは解らなかった。「なんだ残念」モオルダアがそう思った時だった。

 玄関で鍵を開けるような音が聞こえてきたのである。モオルダアは驚いて顔を上げたが、それと同時に激しい鼻息を吹き出していた。その鼻息で原型をとどめていた灰は粉々になって舞い上がった。モオルダアは一瞬だけ後悔したが、今はそれどころではない。玄関にやって来たのはスケアリーだろうか?もしかして正気に戻ったスケアリーならこの状況でもなんとかなるかも知れない。しかし、そうでなかったら?モオルダアに勝ち目はない。モオルダアは辺りを見回すと、最初に目に入ったクロゼットを開けてみた。そこには大人でも入れそうなスペースがある。モオルダアは慌ててそこに隠れた。怯える子供みたいに。


 モオルダアはクロゼットの中から様子をうかがっていたが、玄関ではまだ鍵を開ける音が続いている。それはただ鍵を開けているのではなくて、こじ開けているという感じだった。しばらくその音が続いていたがやがて鍵のはずれる大きな音がして誰かが中に入ってきた。それはどうやらスケアリーではなさそうだ。二人の男が部屋の中に入ってきた。

「ホントに見たのか?」

「はい、確かに」

「でもいないじゃないか」

二人の男はこんなことを言いながら部屋に入ってきた。

「もしかして何もないということが解って出ていったんじゃないですか?」

一人がベランダへ出入りする空けられたままの窓のところに言ってそう言った。

「確かにここには何もないようだな。あったとしてもあの捜査官に見つけられるはずがない」

「私たちも戻った方がいいようですね」

「そうだなエフ・ビー・エルが来たら厄介だ」

二人はそう言って部屋から出ていった。

 二人の気配が消えるとモオルダアはクロゼットの中で懐中電灯を点けた。いったいあの二人は誰だったんだろう?二人の話から察すると、どうやらエフ・ビー・エルの捜査官ではないようだ。「また変なのが出てきたなあ」モオルダアはここにやって来た謎の二人が誰なのか考えてみたが、そんなことはすぐに解るはずがない。考えるのに飽きたモオルダアはクロゼットの中を見回してみた。するとすぐにまだ新しいスーパーの袋を見つけた。何気なくそれを手にとって中に入っていた薬ビンのようなものを取り出してみた。「ビューティー・アップ・サプリ」という文字が目に入ってきた。まさかこれで?そんなことはあり得ない。サプリメントで美人になれるのなら、世の中美人だらけだということはモオルダアにも解る。だが、面白そうなのでモオルダアはそのビニール袋をこっそり持ち帰ることにした。

 モオルダアが来た時と同じようにベランダから排水パイプをつたって下まで降りたちょうどその時、再びスケアリー部屋のドアが開いた。それは失踪したスケアリーの捜査に来たエフ・ビー・エルの捜査官だった。